政策特集拡張する介護領域 vol.1

介護を「個人の課題」から「みんなの話題」へ!「OPEN CARE PROJECT」が目指す未来

育児については職場や友人同士で話ができる雰囲気だけど、介護は……。

超高齢社会に突入し、2025年には国民の6人に1人が75歳以上になると言われる日本で、介護をめぐっては今もそんな声がささやかれる。背景にあるのは「介護は家族や個人の問題」という根強い意識だ。

そこで、介護を「個人の課題」から「みんなの話題」へ転換しようと、経済産業省が展開しているのが「OPEN CARE PROJECT」だ。率直な議論やイベントなどを通じて、介護を取り巻く課題の解決に向けた行動を後押ししている。

2023年度に実施されたプロジェクトの柱、「OPEN CARE PROJECT AWARD 2023」に寄せられたエピソードや取り組み事例、アイデアの中に、介護をよりポジティブでオープンなものにしていくためのヒントを探った。

2023年3月にスタート。イベントを通じて事例、アイデアを共有

「介護を誰かの問題だと片付けるのは、もう終わりにしよう。みんなで介護をアップデートしよう。みんなで現状を知って、みんなで課題解決するためのアイデアを考えよう」

こう宣言して、「OPEN CARE PROJECT」は2023年3月にスタートした。

経済産業省が2022年度に実施した調査で、過去3年間に新聞、テレビ報道で「仕事と介護」、「仕事と育児」それぞれに関連したワードが取り上げられた頻度を検索して調べたところ、新聞では「育児」1893に対して「介護」573。テレビでは「育児」567に対して「介護」117。「育児」に比べて「介護」の報道量は3分の1という結果となった。

2025年には戦後のベビーブームの時期に誕生した「団塊の世代」800万人が後期高齢者となる中、介護を取り巻く環境を、オープンで積極的に議論できる場に変えていこう。課題や課題解決のアイデアをみんなで共有していこうというのが、このプロジェクトだ。

2023年3月にスタートした「OPEN CARE PROJECT」のロゴマーク

2022年度の準備段階から、「OPEN CARE TALKS」と題して、実際に家族の介護を経験した当事者、介護関連の仕事に従事する人のほか、クリエイターや企業の担当者らが参加して、5回にわたってトークイベントを開催。2023年12月には若者の街・渋谷で、いわゆるZ世代を対象に「渋谷109介護ミライ会議」を、2024年1月には丸の内で介護の課題を異業種連携ビジネスの観点から考える「丸の内ミライ会議」を開催した。

こうしたイベントと併せて「OPEN CARE PROJECT」の目玉事業として、2023年度に実施されたのが「OPEN CARE PROJECT AWARD 2023」だ。広く介護のエピソードや事例、アイデアを募り、共有することで介護に携わるプレイヤーの輪をより広げ、課題解決を目指そうという取り組みだ。

2024年3月14日に開催された授賞式では、「OPEN EPISODE部門」「OPEN ACTION部門」「OPEN IDEA部門」の各部門で、部門賞を獲得した個人・団体が表彰された。

2023年12月に開催された「渋谷109介護ミライ会議」

「介護ってこんなに楽しい」。デジタル機器駆使し、新しい介護像目指す

「実際やってみると、介護ってこんなに楽しいものなんだと気づきました」と話したのは、OPEN EPISODE部門で部門賞に輝いた細川愛香さんだ。細川さんは働きながら、2歳の娘を育てている。実家の近くに引っ越したのをきっかけに、パーキンソン病を患う父親の介護に、母親とともに向き合うことになったという。

そこで試みたのが、積極的なデジタル化だ。まずは、音声で様々な家電を操作することができるスマートスピーカー「Alexa」を使い、父親が自分で明かりをつけたり、消したりできるようにした。見守りカメラを設置すると、母親が外出することも可能になった。

「Amazon Fire Stick」を導入すると、父親は好きな音楽を自分で聞けるようになった。フラダンスを習っている看護師さんのために、ハワイアンミュージックをかけるなど、父親が使いこなしている姿に、驚くこともあったという。

細川さんは、こうした介護にまつわる自分や家族の様子をYouTubeやSNSで発信し、「家族で介護を楽しんでいる」という。

「色々なアイテムを導入することで、どんどん毎日が楽しくなっていく。新たな発見があって、家族みんなが笑顔になっていく。そのプロセスが面白くて楽しい。暗い気持ちで向き合うのではなく、新しい時間を過ごせるという楽しみを持って、皆さん介護にあたっていただきたい」と笑顔で訴えた。

「介護は楽しい」と細川愛香さん。OPEN EPISODE部門で部門賞を受賞した

現役大学院生が起業。高齢者と学生のマッチングサービス「まごとも」とは?

OPEN ACTION部門で部門賞を受賞した「(株)Whicker」の山本智一代表取締役は、現役の大学院生。学生が高齢者のもとを訪問し、外出や外食のサポートやスマートフォンやタブレットなどデジタル機器の使い方を指導するなど、介護保険ではカバーされないサービスを展開する「まごとも」を運営している。

高齢者にとっては孫と一緒にいるような楽しい時間を過ごすことができ、家族の負担軽減にもつながる。学生にとっては、高齢者の知識や経験に触れることで、社会と積極的に関わり自らの成長につながる。そんな事業を目指している。

山本さんは、「介護施設でアルバイトやインターンをした経験を通して、『介護ではなく友達として高齢者と関わることはできないか』という発想から生まれました。介護を担っている家族にも目を向けて、ビジネスとして何かお力添えできないか、少しずつ頑張っていきたい」と力強く語った。

そろってポーズをとる「OPEN CARE PROJECT AWARD 2023」の受賞者ら(2024年3月14日、経済産業省で)

介護リテラシーの向上目指す。「若い世代が介護に接する機会増やしたい」

このほか、OPEN EPISODE部門では、「レビー小体型認知症」が原因で日々見える幻視をイラスト集にまとめ、「麒麟模様の馬を見た」を出版した三橋昭さん。OPEN ACTION部門では「介護のねがいを叶(かな)える『ねかいごと』プロジェクト」を展開する「(株)aba」がそれぞれ部門賞を受賞した。

また、OPEN IDEA部門の部門賞には、介護現場の実践事例を集めたプラットフォーム構築を提案した慶応義塾大学大学院の金子智紀さん、仕事をしながら家族らの介護を担うビジネスケアラーの口コミ転職サイトの構想を発表した「パーソルキャリア(株)」が選ばれた。

いずれも、介護される人、介護する人それぞれの人生、日々の生活を豊かにする知恵やアイデアが詰まっている。

介護を巡っては、企業等の積極的な関与、認知症患者への対応、介護関連施設の職場環境の改善など、様々な課題が横たわっている。「OPEN CARE PROJECT」はこうした課題を乗り越えようと努力している人や組織の背中を押すことができるのか――。

プロジェクトに準備段階から携わってきた経済産業省ヘルスケア産業課の水口怜斉(りょうせい)課長補佐は、「まずは、介護に関するリテラシーを社会全体で高めていく必要があると思います。特に若い世代が、環境問題などと同じように、介護の問題に接する機会を増やしていきたい。『OPEN CARE PROJECT』が、その役割の一端を果たしていければ」と、今後の活動に期待を込めた。