政策特集伝統的工芸品の灯を絶やさない vol.5

伝統的工芸品はアートでありプロダクト!「日本の宝」を守るためにできることとは

日々生活の中で使われながら、美術的価値も高い「伝統的工芸品」――。日本のものづくりの原点でもある。ただ、売り上げ・生産量の減少、後継者難と、取り巻く課題は少なくない。加えて、2024年1月1日に発生した能登半島地震では輪島塗をはじめ産地が大きな被害を受けた。

伝統的工芸品の魅力とは何か。その灯をともし続けるためには、どうすればいいのか。一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会の原田元(げん)代表理事と経済産業省の伊吹英明製造産業局長に語ってもらった。

能登半島地震で被害の輪島塗。政策総動員で復興目指す

――能登半島地震で伝統的工芸品の産地も大きな被害を受けました。産地復興に向けた支援をどのように進めていきますか。

伊吹 2月24日に石川県輪島市を訪問しました。富山県から車で入りましたが、道路の損傷が激しく、行く先々で山が崩れ、多くの建物が潰れている。倒壊しているビルもある。ものすごい被害だと実感しました。その日は岸田総理も被災地を視察され、輪島塗の若手職人や業界の幹部の方々から、実情を伺いました。大変だと感じたのは、輪島塗は分業で制作されており、一人が戻ってきてもだめ、みんなが戻ってこないと作れないということです。

政府としては、三つのことを進める必要があると思っています。職人の方々の自宅・工房が再建され、産地に戻って来られるようにするため、中小企業特定施設等災害復旧費補助金 (なりわい再建支援事業)※を使ってしっかり応援していくのが一つ。もう一つは、早く仕事を始めたいが、工房の再建には時間が掛かるという職人さんのために、中小企業基盤整備機構のスキームを活用して仮設工房を建設し、そこで仕事を再開できるようにしていきます。三つ目は、再開に必要な道具、原材料の準備を補助金で進めていきます。

中小の事業者にとっては、補助金の申請手続きは煩雑で大変なので、申請作業のサポートも積極的に行っています。

※なりわい再建支援事業…中小企業、小規模事業者などを対象に、地震で被害を受けた工場・店舗などの施設、生産機械などの設備の復旧費用を補助する。

経済産業省の伊吹英明製造産業局長。1991年、通商産業省(元経済産業省)入省。在英国大使館参事官、経済産業省生活文化創造産業課長、同自動車課長、内閣審議官、近畿経済産業局長などを経て、2023年7月から現職

原田 政府には迅速な対応をとっていただいた。工房ももちろんですが、道具、原材料の確保について、補助金で手厚く支援いただき、ありがたいと思っています。産地から短期間で補助金を申請するのが大変だという声があったので、協会事業として、中小企業診断士に現地に入ってもらうなど、申請支援にあたっています。

作り手の技術、物語を感じ、使うことで心豊かに。日常と非日常の両方を演出

――そもそも伝統的工芸品の魅力とはどういったところでしょう。

伊吹 生活文化創造産業課長時代から伝統的工芸品に関わってきました。魅力は大きく二つあると思っています。一つは生活の中で使うということです。職人さんの手仕事を感じ、できるまでのストーリーに思いをはせながら、使っていくことで心を豊かにしてくれます。もう一つはアートとしての魅力です。誰もが買えるものではない高価な品々を、例えばホテルなどで鑑賞したり使ったりする楽しさです。

私自身、関西で勤務していたとき、信楽焼のギャラリーを訪ねて、日常使いの一品を買ったりしていました。アートの側面でいうと、昨年、加賀友禅をガラスに投影してインテリアとして使うという新規事業に取り組んでいる事業者の話をうかがう機会がありました。これも一つのあり方だと感じました。

原田 私自身はアートというよりはものづくりの側の人間です。日常づかいの食器も高級料亭や星付きのレストランに卸す食器も、同じ窯で焼くのですが、同じ素材でつくっても、色のつけ方や手をどう加えるかで、アートにもなるしプロダクトにもなる。日常と非日常を両方演出することができる。これはつくる側にとっても本当に大きな魅力です。

伝統的工芸品産業振興協会の原田元(げん)代表理事。有限会社「宝泉窯」社長。2007年、肥前陶磁器商工協同組合理事。2014年、佐賀県陶磁器工業協同組合代表理事。2021年より現職

売り上げ20年で3分の1に。産地、事業者ごとに課題それぞれ

――伝統的工芸品については、生産量の減少、後継者難など様々な課題が横たわっています。

伊吹 和服をあまり着なくなり、おせち料理をつくる人も減ったと言われています。冠婚葬祭もシンプルになった。伝統的工芸品のマーケット自体がかなり縮小しているのは確かです。売り上げはこの20年で3分の1に減ったと言われ、そうなると後継者もなかなか見つからない。ただ、産地や事業者によって状況は様々です。産地や事業者それぞれが、新たな需要がどこにあるのか探っていく必要があります。

南部鉄器はサイズを小さくして、カラフルなデザインにし、値段も手頃なものにすることで人気が出ているといいます。徹底的に道具として、たくさんの量を売ることを追求するのか、それともホテルや高級料亭などをターゲットに、ある程度高価でも、美しいものをしつらえたいというニーズを取りに行くのか。あるいは、海外の需要を掘り起こすのか。この3通りくらいの方向性があるのではないかと思います。

原田 インバウンドの効果は確実にあります。協会が運営する伝統的工芸品のギャラリー&ショップ「伝統工芸 青山スクエア」の売り上げの6割以上は外国の方々です。いいものであれば高価なものでも買っていかれます。外国の方のライフスタイルも意識しながら、商品開発をしていかなければなりません。

国内に目を向けると、意外と若い世代で、意識せずに伝統的工芸品を使っている方がたくさんいます。若い世代に、「これは伝統的工芸品と呼ばれるもので、日本の逸品なんだよ」と紹介しながら販売するような、仕組みをつくりたいと思っています。若い世代の伝統的工芸品のファンが増えることで、職人を目指す若者も出てくるでしょう。若者の認知度をもっともっと上げていきたいです。

2024年2月に開催された第2回全国伝統的工芸品祭「銀座名匠市」。能登半島地震の被災地からも輪島塗などの逸品が出品された

「何をしたいのか」が大切。産地と向き合い支援のニーズ探る

――伝統的工芸品に携わる事業者や職人に対して、どんな支援が必要ですか。

原田 支援うんぬんの前に、まずは我々職人が何をしたいかだと思います。支援を求めるには産地にも覚悟がいります。単純に「何とかしてください」ではなく、自分たちが何をしたいのか、そのために何をしてほしいかを、我々自身が明確にしないといけない。漠然と「何かしてくれ」では駄目だと思っています。

――経産省として産地や事業者、職人への支援にどう取り組んでいますか。

伊吹 補助金ということで言えば、伝統的工芸品に特定したものや中小企業を対象にした一般的なものなど、たくさんあります。後継者の育成なのか、商品開発なのか、海外での販路開拓なのか。経産省がまずできることは、みなさんが何にチャレンジしたいのかに向き合うことです。

先日お会いした輪島塗の塗師屋さんは、「観光の目玉として輪島塗を位置づけて、連携していきたい」とおっしゃっていました。お話を聞くことで、観光と連動した工房の見せ方をどうすればいいか、どんなPRをして観光客を誘導したらいいか等々、様々な議論ができるようになります。我々は専属のスタッフを置いていますから、まずは産地や事業者の方々と向き合っていくことが一番の仕事だと思っています。

原田 協会としても、産地の声をもっと拾い上げる必要があると感じています。後継者問題一つとっても、職人だけでなく、道具をつくっている人、材料をとっている人も、だんだんと高齢化で少なくなっているという実態があります。このあたりも、きちんと実態調査して、産地ごとに何ができるか、経産省と相談しながら一緒に支援していけたらと思っています。

我々の業界には、横の連携や話し合いが少ないという問題点があると感じています。材料や産地が違うというだけで、お互い疎遠になっているところがありますが、実は道具の問題など連携できることは多い。情報交換をもっと密にしていかなければなりません。

伊吹氏「まずは産地や事業者の方々と向き合っていく」 原田氏「情報交換をもっと密にしていかなければ」

ターゲットを明確にして販路拡大。経産省「あり方検討会」でも議論開始

――伝統的工芸品を未来につなげていくために、何が必要ですか。

伊吹 二つあると思っています。一つはどういったお客さんに、どのように売っていくのか、いろいろと考えてターゲッティングしていくことです。既存のお客さんだけではどうしても縮小していってしまいます。高級ホテルなのか、海外なのか方向性を定めていく必要があります。

もう一つは、技術、道具、原材料を途絶えさせないということです。例えば、伝統的工芸品としての品質を保ったうえで、「材料を海外から調達できないか」「少し組成を変えることで材料として使えるのではないか」等々、全国241の産地に様々な声や事例があります。これを共有することが大切です。産地に入って活動しているプロデューサーやバイヤーの知見も得ながら、取り組む必要があります。

原田 産地によっていろいろな考え方があり、ターゲットも違います。世代交代して若い元気な人がいっぱいいる産地もあります。

我々はものづくりをしているのですから、ターゲットとなる市場を間違えないよう、きちんと分析しなければいけません。いくら良い物を作っても、最初から売れないところに出してしまったら、売れません。そこは間違えないように、協会もサポートするので、産地もそれぞれ勉強してほしいと思います。

伊吹 今年は「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」(伝産法)が施行されて50周年になります。これを機に経済産業省では「伝統的工芸品産業のあり方検討会」を設置して、様々なマーケットを熟知した人にも議論に入ってもらって、意見交換を進めています。議論を集約し、整理していきますので、その中から支援策についても様々なアイデアが出てくると期待しています。

【関連情報】
・伝統的工芸品 (METI/経済産業省)

・中小企業庁:令和6年能登半島地震「中小企業特定施設等災害復旧費補助金(なりわい再建支援事業)」

・令和6年能登半島地震による災害に関する被災中小企業・小規模事業者対策に係る仮設施設整備支援事業(被災自治体向け)の募集開始について(仮設宿泊施設の要件を追加しました。)(中小機構ホームページ)