政策特集伝統的工芸品の灯を絶やさない vol.1

伝統的工芸品の今。日本の宝を味わうために知っておきたい「用の美」

囲炉裏に掛けられた南部鉄器からただよう暖かな湯気、夏の暑さを一時忘れさせてくれる房州うちわの優しい風、茶屋街を彩る加賀友禅の優美さ……。日本には、その土地の歴史にはぐくまれ、使われてきた、たくさんの工芸品が存在する。

暮らしの変化による需要減、後継者不足など、伝統的工芸品を取り巻く環境は厳しい。一方で、海外での日本の食や文化に対する関心の高まりとともに、海外の人たちの目を通して伝統的工芸品が再評価される動きもある。

今年は、日常生活を潤してきた美しく、実用的な品々とその産地を守り育てることを目的とした「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」(伝産法)の施行50周年となる。これを期に、伝統的工芸品の現在と未来について考えた。

MOA美術館 内田館長に聞く「伝統的工芸品の魅力」とは

経済産業省の産業構造審議会製造産業分科会の委員で、伝統的工芸品指定小委員会の委員長を務めたMOA美術館の内田篤呉(とくご)館長は、伝統的工芸品の魅力について、「実用品であること。使うということに日本文化が凝縮されている」と語る。

「人間国宝の先生方は皆、『使う人の幸せを願ってつくっている』とおっしゃる。モノを通して、つくる人と使う人の心の交流、美的交歓がある。これこそ工芸品の魅力です。使う人の幸せを祈ってモノをつくる。そこに日本人独特のマインドが流れていると思います」

ただ、国が近代化する過程で不遇の時代も長かった。

「日本の文化において工芸品は中心的な役割を担っていました。しかし、明治時代に西洋文明が入ってくると、西洋に追いつけ、追い越せという時代の中で、美術の世界でも西洋美術の概念、枠組みで日本の美術史が編まれました。工芸品は実用品であるが故に一段低く見られてきたのです」

内田篤呉(うちだ・とくご) MOA美術館・箱根美術館館長、美学博士。1952年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。専門は日本漆工史。縄文時代から現代までの漆工芸を幅広く研究し、展覧会、評論、講演など幅広く活動している。著書に『塗物茶器の研究』(淡交社)など

歌舞伎、能など日本文化に不可欠。大きい産地の役割

内田氏によると、不遇の時代が続いた工芸品に対する評価の潮目が変わったのは2000年頃。ただ単に美術品として額縁の中にあるだけでなく、衣食住を通して表現される「用の美」が再評価され、伝統的工芸品の数々こそ、日本文化を根底で支えていると再認識され始めた。

「例えば歌舞伎や能で使われる三味線、衣装、これらは全て伝統的工芸品です。これらがなくなったら伝統芸能が再現できるでしょうか。日本文化の基底を支えているのが、実は伝統的工芸品なのです」

そのうえで、産地の重要性を強調する。

「東京や東京近郊に住んでいる人間国宝の先生も材料や道具は産地で調達している。技術もそこで継承されている。日本文化を支えているのは日本各地の産地なのです。東京やその近郊を拠点に活動している人間国宝の先生方も漆の場合であれば、輪島などの産地で道具や材料をそろえている方が多い。世界に誇る日本の文化を支えているのが、実は日本各地の伝統的工芸品とその産地なのです」

和食を彩る伝統的工芸品の数々

使って知る伝統的工芸品の魅力。子どもたちにも伝える努力を

内田氏は、日常生活の中で、工芸品をもっと使って欲しいという。

「私自身、経済的に許される範囲で、できるだけ工芸品を使うようにしています。例えば、私の好きな沖縄の壺屋焼のお皿を買って、料理をいただけば、ずっと楽しい。スーパーで買うよりは割高でしょうが、大事に扱えば生涯使い続けることもできます。限られた資源を大事に使っていく。持続的な開発目標(SDGs)の考えにもつながります」

特に強調したのが、子どもたちに伝統的工芸品の魅力や価値を伝えていくことの大切さだ。

「伝統的工芸品の素晴らしさを子どもたちに伝えていくことが重要です。木のお椀、漆塗りのお箸で食べるご飯のおいしさなどを、子どもたちに是非体験させてあげたい」

人間国宝の器で味わうイベント開催。「美的交歓」を体感

実用品としての工芸品のすばらしさを実際に体験してもらおうと、MOA美術館では人間国宝を含む作家たちの器を使って、和食を楽しむイベントを開催してきた。

2023年11月には、バスツアーなどに応募してきた参加者らが、人間国宝や新進気鋭の若手作家が制作した器で、「花の茶屋」の吉富隆二料理長、宮崎利明副料理長による懐石や鎧塚俊彦シェフによるフレンチに舌鼓をうち、人間国宝の坂東玉三郎氏による舞踊公演や萩焼の13代三輪休雪氏らとの「茶の湯体験」などを楽しんだ。

「やはり人間国宝のつくった器で食事ができることに、参加者の皆さんは大変喜んでいました。もてなす側の私たちにとっても、『どんな器に何を盛ってもらおうか』と考えたり、食事に合う日本酒を選んだりと、楽しい体験です。つくる人と使う人の美的交歓という伝統的工芸品の魅力を、もっと多くの人に日常生活の中でも味わってほしいと思います」

人間国宝や気鋭の若手作家らが制作した器で、食事に舌鼓を打つイベント参加者ら

経済産業大臣が指定。生産量の減少、後継者難など課題も

伝産法が施行された1974年は第一次オイルショックの翌年にあたる。公害問題、都市の過密化と地方の過疎化など高度成長のひずみが表面化し、物質的豊かさをひたすらに求めた戦後の日本人が、ふと立ち止まって自らを顧みる、そんな時期だった。

大量生産・大量消費への反省から、伝統的な手仕事や匠の技に対する再評価の機運が生まれる一方で、後継者難や原材料の枯渇など産地は危機に直面していた。そこで「一定の地域で主として伝統的な技術又は技法等を用いて製造される伝統的工芸品」の振興を図り、地域経済の発展などを目的に施行されたのが伝産法だ。

伝産法に基づいて経済産業大臣が指定するのが伝統的工芸品だ。要件は五つ。①日用品であること②主に手作りであること③伝統的な(100年以上)技術・技法であること④伝統的に使用されてきた原材料であること⑤一定の地域で産地形成がなされていること――。

指定品目となることで「伝統的工芸品」を名乗ることができ、シンボルマークを使用できる。1975年2月に指定された南部鉄器(岩手)、村山大島紬(東京)、久米島紬(沖縄)など11品を皮切りに、2024年3月末現在で47都道府県の241品目が指定されている。

伝統的工芸品に指定されていることを示すシンボルマーク

ただ、伝統的工芸品を取り巻く環境は今も厳しい。1998年度には2,784億円あった生産額は2020年度には870億円にまで減少。関連の工房などで働く従業員の数も11万5000人から5万4000人に半減している。

経済産業省は、伝統的工芸品産業支援補助金(2023年度予算額 3.6億円)、伝統的工芸品産業振興補助金(同 7.2億円)などを通じて支援を続けており、海外での人気、若者や女性の間での関心の高まりといった、前向きな動きもある。

【関連情報】

「東京本染注染(とうきょうほんぞめちゅうせん)」を伝統的工芸品として指定しました(METI/経済産業省)