政策特集標準と経営が恋をする vol.4

「標準化人材」を育成せよ!日本発の国際ルールづくりにアカデミアが動き出す

日本発の国際標準を広げていく。そのカギとなるのが、標準化に向け戦略を立て、国際機関などで議論や審査に参画するといった活動に携わる「標準化人材」の育成だ。

経済産業省の審議会である日本産業標準調査会「基本政策部会」が取りまとめた「日本型標準加速化モデル」では、大きな課題として人材の育成・確保を挙げ、大学や研究機関などアカデミアの役割に期待を寄せている。

そして今、そのアカデミアの側から、グローバルに活躍できる標準化人材を養成しようという取り組みが、動き始めている。

長岡技術科学大は「規格づくり」を講義で体験。「社会実装」で問われる標準化の力

標準化人材の育成に積極的に取り組んでいる大学の一つが、新潟県長岡市の国立大学法人・長岡技術科学大学だ。1976年創立、学生数2000人(大学院含む)、教員数200人。比較的小規模な工科系の単科大学だ。開学当初から、民間企業の社員を教員として受け入れたり、学生の企業でのインターンシップを積極的に実施したりと、産学連携に力を入れてきた。

武田雅敏副学長は、大学のモットーや標準化に携わる人材を育成することの大切さについて、静かにしかし熱っぽく語る。

「単に良い技術を開発するだけではなく、社会実装まで見据えた教育、研究をしていくことをモットーにしています。日本の産業が国際競争力をつけていくためには、どうしても国際規格を日本主導でつくっていくことが必要です。そうでなければ、いくら素晴らしい技術を開発しても、世の中で使われないものになってしまいます」

社会実装を見据えた教育、研究の必要性を強調する長岡技術科学大学の武田雅敏副学長

長岡技術科学大学で標準化教育の現場となっているのが大学院(修士課程)に設置されている、「システム安全工学専攻」だ。「人に頼る安全」から「工学的アプローチによるシステム安全」を目指すもので、2001年に寄付講座「機械安全工学」としてスタートし、翌年には社会人キャリアアップコースに衣替え。2021年に現在のシステム安全工学専攻に改組され、社会人だけでなく一般学生も学べるようになった。2024年4月からは工学専攻内の一分野となり、より多くの学生が履修できるよう改組される予定になっている。

「『安全認証・安全診断特論』『国際規格と安全技術論』といった授業の中で、国際標準化などについて学ぶことができます。『システム安全考究』の授業では実際に自ら規格の作成に取り組みます。これまでは社会人学生が主でしたが、多くの一般学生にも標準化というものについて学べるようにしていきます。本学として社会に輩出する人材が身に着けて欲しい素養の一つと位置づけています」

シラバスを見てみると、「安全認証・安全診断特論」では「安全規格と認証及び安全診断(安全検証)について、国際比較の視点、歴史的視点を踏まえて学習する」とうたっており、「国際規格と安全技術論」の授業項目には、「国際規格に沿った安全設計」「国際標準の安全技術の考え方」等々、標準化に関連した授業が並ぶ。「システム安全考究」では、「安全規格立案及びドキュメント構成の基本を習得すること」が達成目標の一つに挙げられている。

教員が次々と「国際標準」に関与。業績を評価することで後押し

長岡技術科学大学では、約200人の教員のうち、昨年時点で9人が公的機関などで国際標準に関わる仕事に従事しているという。

「業績評価というと一般には論文の数や有名学術雑誌に論文が掲載されること、大きな外部資金を獲得することなどが主な評価の対象になります。国際標準に関わる委員会で委員をしているといったことは、必ずしも大きな評価対象となっていない。本学については、国際標準化に関わっていることが業績として評価され、人事などにも反映される形になっています。そこは教員のインセンティブという点で大事だと思っています」

社会人中心から一般学生に門戸を広げようとしているが、標準化についての一般学生の認識がどの程度なのだろうか。

「多くは『聞いたことはある』という程度だと思います。工学系の学生であれば機械工学などで設計の授業があれば、規格に則った設計だったり、図面の書き方だったりを習っています。ただ、それが産業全体とどう関係しているのか、どのようにつくられているのかについては知らない学生がほとんどだと思います。今後は標準をどうやってつくっていくかと言う視点の方が大事になってくると思います」

社会人にこそ必要な「標準化」。気軽に学べるコンテンツを提供

「社会人が必要な時に気軽に学べるコンテンツを充実させる」。長岡技術科学大学ではオンラインの科目・コースの充実を図るという

一般学生への教育と同時に、社会人が標準化について、より気軽に学べるコンテンツを充実させることにも力を入れている。

「社会人のリカレント・リスキリング教育は重要になってきます。社会人が仕事をする中で標準化について学びたいとなった時に、いきなり大学院というのはハードルが高いと思います。まずはオンラインの科目やコースを増やし、使ってもらう。その上でもっと学びたいとなったときに、本学のシステム安全工学で更に勉強してもらうということを考えています」

「大学にはリアルなキャンパスがあり、多くの専門家がいます。業務で課題が出てきた時に教員に尋ねたり、共同研究したりもできます。大学は、その後の学びの流れを意識し、オンラインコンテンツを充実させる必要があると考えています」

日本の「標準化人材」で進む高齢化。若手育成は急務に

「国際標準化機構(ISO)や国際電気標準会議(IEC)に委員などとして参加している日本人は、50歳未満が3割以下、ほとんどが50歳以上です。国際標準が、ますます重要となるのに、これから先が心配です。若い人を意識して育てていかないと、日本の産業の未来にボディーブローのように効いてくるのではないかと心配です」

危機感を持って人材育成を急ぐ必要性を指摘し、アカデミアの役割について強調した。

「標準化に関する国際機関のトップには中立性を考慮して大学の教員が座る場合が多いと聞いています。産業界に進む学生だけではなく、アカデミアに進む学生にとっても、標準化についての知識は大切です。特に工学系の大学であれば、標準化に関する知識ももったうえで、教員や研究者の道に進むことが長い目で見て重要になってくると思います」

「日本型標準加速化モデル 図15」参照

広がる標準化教育。東京・多摩地区5大学なども乗り出す

東京・多摩地区にある東京外国語大学、東京農工大学、電気通信大学、東京学芸大学、一橋大学の5大学は2017年度から標準化に関する講義を共同で実施している。100人前後の学生が履修しており、2023年は東京外国語大学で15回にわたって授業が行われた。

講師は参加大学や民間から招請。通信会社大手の幹部社員が「通信の標準化」について、スタートアップ投資などを行っているベンチャーキャピタルの代表が「ルールメイキング戦略」について講義するなど、単独の大学では実現が難しい、多角的かつ深い内容となっている。2023年度には、「産業標準化事業表彰」※で経済産業大臣表彰が贈られた。

多摩地区の5大学の他にも、東京工業大学や金沢工業大学、豊田工業大学などが、標準化教育を実施しており、標準化人材の育成を目指す取り組みは着実に広がっている。
※産業標準化事業表彰・・・ISOやIECでの国際標準策定や国内規格(JIS)策定、適合性評価活動といった標準化活動に優れた業績のあった個人、組織を表彰するもの。

2023年度の産業標準化事業表彰式(経済産業大臣表彰)。左から石井拓経済産業大臣政務官、篠原琢東京外国語大学副学長、阿部浩二電気通信大学理事

武田雅敏(たけだ・まさとし)
国立大学法人 長岡技術科学大学副学長
1992年東京大学工学部卒業。1997年同大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。長岡技術科学大学助手、講師、準教授などを経て、2013年に教授に。2021年4月より現職。工学部長、工学研究科長兼務

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令和5年度産業標準化事業表彰の受賞者を発表します(経済産業省ニュースリリース)