政策特集標準と経営が恋をする vol.1

ルールテイカーからルールメイカーへ!「標準化」が拓く新しい市場

「標準化」って何?――。そう問われたら、みなさんならどう答えるだろう。代表的な国語辞典の一つ「広辞苑」を引くと、①標準に合わせること。②工業製品などの品質・形状・寸法を標準に従って統一すること。これによって互換性を高める。――と記されている。

いずれも、既にあるルールや決まりに合わせるといった説明になっている。経済、ビジネスの世界で考えてみると、実際、戦後の日本は、主に欧米によって決められた「標準」に則って、安く、高品質な製品をつくることで、経済成長を遂げていった。しかし今、この「安くて良い物をつくれば売れる」という方程式が、必ずしも通用しなくなっている。

近年、標準づくりに、国、企業が積極的に関与しようという動きが活発化している。ルールづくりをリードすることで、自国の通商政策や自社の経営戦略にとって優位な状況をつくり出し、市場で主導権を握ろうという動きだ。この戦いは今も、静かに激しく展開されている。

こうした情勢の中、経済産業省の審議会の一つ、日本産業標準調査会基本政策部会は2023年6月、「日本型標準加速化モデル」を取りまとめた。日本の標準化活動にとって課題とは何か。あるべき姿とはどのようなものか。この機会に、日常あまり意識することのない標準化について、様々な角度から考えてみたい。

第1回は、経済産業省国際標準課の西川奈緒課長に「なぜ今、『標準化』が重要なのか」を聞いた。

標準化とは?安心、安全、品質を確保し、消費者の生活を支える

―――そもそも「標準化」「標準化活動」とはどういったものですか。

標準化とは、製品やサービスについて互換性を高め、品質、性能、安全性を確保するため、統一化、共有化する取り決めをつくり、合意することを指します。その取り決めをつくり、普及していく一連の活動が標準化活動です。

例えば、1904年に米国のボルチモアで大きな火災があり、米国各地から消防団がボルチモアに駆けつけました。しかし、実際には持ち寄ったホースがボルチモアの消火栓と合わず、せっかく集まったのに消火活動ができないといったことが起きました。この教訓から、どんなホースでも消火栓と結合できるようにするため、形や寸法を統一しました。こういったことが標準化です。

標準化の役割などについて語る経済産業省国際標準課の西川奈緒課長

―――身の回りにある標準化の例、消費者や企業にとってのメリットを教えてください。

ご家庭にコンセントがあると思います。国内であればどこでも、コンセントもそこに差し込むプラグも形が同じ。標準化しているからです。非常口の緑色のマークは言葉や文字ではなく記号で表すことによって、視力の弱い方や外国人にも一目で非常口だと分かります。これも標準化と言えます。

コンセントの例で言えば、特別なものを用意しなくても、日本全国どこでも使うことができ、消費者にとって便利なものになっています。また、ライターには、お子さんが触っても簡単に火がつかないように、回しづらくなっていたり、ロックスイッチがついていたりします。安全性の基準を設け、それに沿った製品であることを求めることで、消費者の安心、安全に役立っているのです。一方で企業にとっては、製品やサービスが品質や機能面で求められる水準を満たしていることを、客観的に説明する手段になっています。

戦略的ツールとして脚光。欧州、米国、中国がしのぎを削る

―――標準の役割にどのような変化が起きているのですか。

昨今、経済がグローバルに拡大する中で、安心、安全、品質だけではない新しい価値軸が、消費者の選択基準として注目されています。グリーン、デジタル、人権あるいは持続可能な開発目標(SDGs)といったものです。こうした変化の中で、戦略的に標準を使って、製品やサービスを市場に展開していく活動が必要になってきています。従来の基盤的な活動に加えて、戦略的な活動が求められているのです。

―――世界の動きはどうなっていますか。

標準にはいくつか種類があります。日本の日本産業規格(JIS)や国際標準化機構(ISO)のように国や国際機関など公的機関がお墨付きを与える「デジュール標準」。Apple、Googleといった一つの企業が、市場を事実上支配することで自然と広まる「デファクト標準」。中間的なものとして、業界、コンソーシアムの中で共通化されるものもあり、「フォーラム標準」と呼ばれています。

欧州は元々、標準という考え方が根付いていて、欧州として一つにまとまっている。デジュール標準に強い。一方、米国は市場をおさえることで、標準化を志向する傾向が強い。ただ、近年は国際機関にも積極的に関与する動きを見せており、特に量子、人工知能(AI)といった先端技術についてはルールづくりに積極的です。中国も巨大な市場、人口といったリソースを活用し、自分たちが支援している国を巻き込んで、中国主導のルールづくりを進めようと活発に活動しています。

日本型標準加速化モデルを策定。人材育成、経営戦略など課題

―――そんな中、経済産業省の日本産業標準調査会 基本政策部会は2023年6月、「日本型標準加速化モデル」を取りまとめました。その狙いとポイントを教えてください。

基盤的活動と言われる従来型の標準化活動は引き続き重要です。ただ、そこに注目しすぎると、市場の拡大、創出に使いうるツールだという認識が弱くなってしまう。基盤的活動を基礎としつつ、市場獲得ツールとして戦略的活動を加速していくのが標準化のあるべき姿だと考えました。それを「日本型標準加速化モデル」と位置づけています。

「日本型標準加速化モデル」では「基盤的活動」を基礎としつつ「戦略的活動」を加速していくよう提言した

―――課題は何ですか。

大きく三つの課題を挙げています。

まずは標準化活動に関わる人材の確保・育成です。従来型の基盤的活動に、企業で携わっていた方々の高齢化が進んでいます。若手の人材を育成していかなければなりません。ストラテジストのような役割を担う戦略的人材も不可欠です。標準をつくった後、それを普及・広報していく人材も必要です。開発人材、戦略人材、普及人材を育成していかなければなりません。

二つ目は、欧州、米国、中国などに比べ、日本の企業は戦略的な標準化活動についての認識が十分ではないという点です。標準はマーケットを獲得するためのツールにもなるという認識を広める必要があります。関連して三つ目は、研究開発の早い段階から、製品をどのように市場に出していくか、標準化を意識して、戦略を立てていくというところです。これも十分とは言えないと考えています。

人材データベースを構築。「CSO」の設置など企業の体制強化促す

―――課題克服のため政府はどのような施策を進めているのですか。

企業の標準化人材育成を支援するため、新たな研修を準備しています。また、外部の人材を活用できるようにするため、標準化人材のデータベースづくりを進めています。企業などが、必要な能力、知識を持った人材にアプローチできるような仕組みを構築しているところです。

経営戦略の中に標準化を位置づけるという点については、例えばCSO(最高標準化責任者)といった役員クラスのポジションを設け、その指揮命令系統下で、標準化を経営戦略の中にどのように位置づけ、市場獲得を目指すのか考えていく体制を構築してほしいと、企業にお願いしています。研究開発を支援する国の補助金交付の際、その企業が標準化をどのように位置づけているかなどを確認し、不十分な場合は政府として働きかけを行っています。

「自らルールをつくることで創出できる市場がある」

―――企業の意識改革が重要になりそうですね。

企業の方とお話していると、「標準は既にあるもの。従うものだと思っていた。自分たちでつくれるものだとは思っていなかった」といった声を聞きます。したがって、近年の産業標準化推進月間では「ルールテイカーから、世界を動かす未来のルールメイカーへ。」というキャッチフレーズを発信していました。

また、今こそ経営と標準化の距離を縮め、様々な事業活動の側面と標準というツールを組み合わせて、経営戦略と一体的に検討していくことが必要です。そういう我々の思いを受けて、広報室が考えてくれたのが、今回の特集のキャッチフレーズになります。

「受け止めるだけではなく、自分たちでつくっていこうよ」と私たちもアピールしています。自らルールをつくることで、創出できる市場がある。そうした認識をもっと広めていきたいと思っています。

【関連情報】
日本産業標準調査会基本政策部会「取りまとめ」(日本型標準加速化モデル)を公表しました(METI/経済産業省)