政策特集好機を逃さない産業立地政策 vol.5

地域の未来を描く産業立地政策とは?識者らが語る裏側

世界経済がコロナ禍からの回復を遂げる中、国内外の企業が設備投資を積極化している。脱炭素やデジタル化といった転換期にあり、新たな拠点を求める動きも活発だ。戦後から形を変えながら日本経済の成長を支えてきた産業立地政策に今、地域経済活性化の鍵として、注目が集まりつつある。

パネリスト(左から) 浜口伸明・神戸大学経済経営研究所教授(産業構造審議会 地域経済産業分科会長) 松原宏・福井県立大学地域経済研究所所長・教授、東京大学名誉教授(産業構造審議会 前・地域経済産業分科会長) 須藤治・経済産業省地域経済産業グループ長(中小企業庁長官)

今回は、産業立地政策や地域経済産業政策について詳しい二人の識者、松原宏・東京大学名誉教授と浜口伸明・神戸大学教授を招き、経済産業省の須藤治・地域経済産業グループ長を交えた鼎談(ていだん)から今後の産業立地政策の在り方を掘り下げる。(以下、敬称略)

潮目の変化にあった政策を

須藤 まず、これまでの産業立地政策について振り返りたいと思います。時代背景に応じて、さまざまな政策を講じてきました。どのように評価されますか。

「グローバル化の中で競争力を高めるために21世紀以降、生産拠点などを集める‘集積政策’に向かった」と松原宏・福井県立大学地域経済研究所所長・教授

松原 これまでの産業立地政策は、20世紀後半と21世紀以降の二つに大きく分けることができます。20世紀後半は3大都市圏から地方圏へと移転を促す「分散政策」、21世紀以降はグローバル化の中で競争力を高めるために生産拠点などを集める「集積政策」でした。

高度経済成長を歩んだ1960年代は鉄鋼や化学といった産業を臨海部に、80年代は半導体といったハイテク産業を地方圏に創る政策が展開されました。いずれも、国が産業や地域を指定して整備する形で、地域によって成否は様々でした。
一方、21世紀以降は、産学官連携を通じて、半導体やバイオといった次世代分野の産業育成に向かいました。熊本の半導体産業をはじめとする九州のシリコン・クラスターなどその成果は今に続いています。

浜口 空間経済学を専門に研究している立場からいうと、かつては、高度経済成長期で公害や混雑、地域間格差など分散を促すようないろいろな問題があって、分散政策を進めることで、一定の成果を上げました。21世紀は、人やモノ、情報の移動コストが下がる中で東京への非常に強い集積力が働いているため、地方に集積を作り出そうとする産業立地政策がうまくいかないという難しさに直面していたと見ています。

須藤 実施した政策にはさまざまな課題があったと思いますが、各地に産業集積が生まれ、次のステージに向かいつつあります。2017年からは地域未来投資促進法(地域未来法)が施行され、ものづくりだけでなく、農林水産業や観光・スポーツといった地域の特性を生かした幅広い事業を支援してきました。歴史を振り返ると、分散から集中に変化してきましたが、今後は、地域の本当の強みを生かした、分散と集中のベストミックスを考えることが重要になってきていると思います。

その中で近年は、株価や国内投資など、日本経済には30年ぶりの潮目の変化が起きています。このチャンスを逃さないためにも、さらなる産業立地政策について考えていかないといけないと思いますが、いかがでしょうか。

経済安全保障・GXなど、増す国の重要性

松原 米国と中国の対立やロシアのウクライナ侵略などで、経済安全保障の観点は欠かせません。GX(脱炭素社会への移行)についても、米欧は産業政策の柱にしようとしています。災害が多い日本ではレジリエンスの観点も重要です。海外でも、産業立地政策において国の果たす役割が大きくなっており、日本もこうした要素を踏まえて力を入れるべき時が来たと思います。

浜口 産業集積の観点からも考えたいと思います。21世紀になって集積力が非常に強まり、日本全体で人口が減少する中で、さらに東京に人が集中するようになりました。しかし、大地震などの大規模災害による潜在的リスクが指摘される中、東京一極集中は見直すべき時期に来ています。出生率が低い東京に若者が集中することは少子化をさらに進めてしまうという問題意識も広まっています。
地政学的なリスクが注目されている中で、グローバル・バリューチェーンの再編が進んでいます。生産拠点の国内回帰の動きがある中で、受け皿となる地方の工業団地の需要は高い。この動きを地域経済につなげていくことが大事です。

松原 産業立地は、業種によって適地が異なります。インターチェンジや空港、港湾にアクセスのよい適地は少なく、産業用地への転換が必要になってきます。地域未来法の重点促進区域では、農地転用を円滑に整えられるようにしてきましたが、より使い勝手をよくするための対応が求められるでしょう。産業基盤の有効活用を促すためにも、国が蓄積してきた産業用地に関する知識・データを生かす時代がきています。
また、国が過去に整備してきた工業用水や産業用地のリニューアルも考える必要があるかもしれません。

須藤 工業用水も産業用地も、財政に限りのある中で、安定した質の高い供給のためには、経営的な思考を持って、整備や維持管理に取り組む必要があると思っています。
設備投資や工場建設に関しては、地域未来投資促進税制をはじめ、成長投資補助金や事業再構築補助金サプライチェーン強靱化枠などで支援しているところです。
しかし、国内投資の支援をする中で、「土地がない」という声はよく聞きます。自治体では、バブル崩壊後、産業用地が売れなかった冬の時代も経験してきましたが、国内投資の流れの中で、自治体の産業用地整備の動きも強まっており、最近は民間事業者が参入する動きもみられます。
産業立地において重要インフラの一つである工業用水の新規整備も8年ぶりにようやく再開しました。また、既存の産業用地の情報や地域の魅力を発信する「METI土地ナビ」をリニューアルしました。
今年から、日本立地センターと連携した産業用地整備の伴走支援を開始するとともに、自治体向けの産業用地整備ガイドブックも公表します。国と自治体がより連携して、産業基盤整備を進めていきたいと思います。

「人」の確保・定着に向けた地域の中堅・中小企業の育成

浜口 土地とともに、「人」をどう地方に定着させるかという観点も必要です。

「人をどう地方に定着させるか。地域に多様な事業や雇用を残していくことも大事」と浜口伸明・神戸大学経済経営研究所教授

産業育成には人が欠かせません。しかし、特に若者は、進学・就職で東京に行く人が非常に多い。給与だけでなく、自己の成長を感じられる雇用の受け皿が大事です。地方はどうしても首都圏と比較すると給与水準も低く、職種の選択の幅も少ない。ただ、ニッチ(限られた分野)でもグローバルで競争力のある中堅・中小企業が地方にはあります。こうした企業の成長を後押ししながら地域に多様な事業や雇用を残していくことも大事だと考えています。

須藤 地方には自己実現できる魅力的な企業があります。経済産業省は、地域経済の中心的な担い手となりうる企業を「地域未来牽引企業」として選定してきました。特に働き方改革などに熱心な企業が、地域での雇用の受け皿となるよう、国としても、地域の魅力的な企業の認知度やブランド力の向上に努めていきたいと考えています。また、そういった企業群が一体となって人材の獲得・育成などを行う取り組みを、「地域の人事部」として支援していきます。

松原 地域内で多様な人材を活用するという考え方もありますが、地域間で包摂的な成長を目指すという視点を持つことで新たなイノベーションが生まれることもあるのではないでしょうか。四国4県の産学官が広域で連携した、次世代素材であるセルロースナノファイバーの関連産業集積などがいい例だと思います。

須藤 地域の枠を超えるという発想も大事です。産業集積の発展に向けた県をまたぐ連携については、まさに、各地域の経済産業局の出番だと考えています。

新たなイノベーションを生み出すために自治体の枠を超えた地域間の連携の必要性、各地域の経済産業局の役割についても議論が交わされた。

「椅子取りゲームではいけない」

浜口 自治体間で人の取り合いをする椅子取りゲームのような狭い範囲の競争にはせず、広域連携を大事にすることで、人や立地など地域の資源を産業育成に結び付けるべきです。広域連携は、一次産業や観光業等の非製造業においても、地域公共財の共同利用や地域のブランド化においても有効です。

松原 企業は、政策の動向も踏まえて、さまざまな条件を考えたうえで立地していくでしょう。経済産業省から産業立地政策について企業にわかりやすいメッセージを発信していくことが必要だと思います。

須藤 産業立地政策は、本来、地域の活力を引き出すもので、ゼロサムゲームになるようではいけない。「競争」と「共創」が大事になってきます。もっとも大切な資源は「人」です。地域の企業が、人口減少に対応して省力化に取り組むのと並行して、人が活躍できる産業を作っていくことが必要です。本日の議論を通じ、これまでのノウハウを活用しながら、企業の皆さんが新しいチャレンジができるように、産業立地政策を、時代の変化にあわせてより良い形に変えていかなければいけないと改めて考えています。

【関連情報】

産業立地(産業用地整備ガイドブック、伴走支援事業ほか)(METI/経済産業省)

地域未来投資促進法(METI/経済産業省)

中堅・中小企業の賃上げに向けた省力化などの大規模成長投資補助金

事業再構築補助金(サプライチェーン強靱化枠)

METI 土地ナビ(METI/経済産業省)

地域の人事部(METI/経済産業省)

地域未来牽引企業(METI/経済産業省)

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