政策特集進化するGX vol.2

トランジション・ファイナンスで着実なCO2削減を後押し! 世界初の「GX経済移行債」に注目集まる

【左から】押田俊輔 マニュライフ・インベストメント・マネジメント クレジット調査部長、鬼塚貴子・経産省環境金融室長

脱炭素社会は一足飛びに実現できるわけではない。まずは、省エネや燃料転換などを進める「移行(トランジション)」段階の技術を導入することで、着実にCO2の排出を削減していく必要がある。こうした技術を導入してCO2排出削減に取り組む企業を支援する新しいファイナンス手法が「トランジション・ファイナンス」だ。

また、政府はGX実現に向けて10年間で20兆円規模の先行投資支援を行う原資として、2024年2月から「GX経済移行債」の発行を開始。「移行」を対象とした国債の発行は世界初の試みとなる。

こうした日本の取り組みを、金融界はどう評価しているのか。機関投資家の立場から経済産業省の検討会の委員等を務めるマニュライフ・インベストメント・マネジメントの押田俊輔クレジット調査部長に、経済産業省の鬼塚貴子・環境金融室長が話を聞いた。

「移行債」が日本GXの実質的な第一歩に

鬼塚 日本のGX政策は、通常の予算や税ではなく、GX経済移行債の発行やトランジション・ファイナンスという金融手法を取り入れており、従来よりも金融業界を巻き込む形での産業政策を進めています。経済産業省としては、製造業などのHard to Abate sectorを「グリーン」に移行していくために、トランジション・ファイナンスの重要性を世界に打ち出し、基本方針やロードマップを作っています。こうした取り組みを、金融業界はどのように受け止めているのでしょうか。

押田俊輔(おしだ・しゅんすけ) マニュライフ・インベストメント・マネジメント株式会社のクレジット調査部長。国内債券運用に関わるクレジット調査・分析・リスク管理を統括。2021年に経済産業省トランジション・ファイナンス環境整備検討会、グリーンファイナンスに関する検討会等の委員を務める。2010年入社、運用業務経験21年。

押田 日本政府の取り組みは、グローバルスタンダードに適合しつつ、日本の金融市場の特性もきちんと踏まえたものであると受け止められていると思います。金融市場の特性について言えば、金融市場には銀行を中心とする間接金融市場と株式・社債投資といった直接金融市場があります。日本銀行の資金循環統計によると、間接金融部門の日本の民間非金融法人企業の借り入れはおよそ500兆円なのに対し、直接金融部門を見ると、社債市場は約100兆円と、銀行貸し出しの約5分の1に留まります。また、上場企業数が約4,000社に対して社債発行企業数は約450社程度です。

そういう意味では、日本において実体的に資金を脱炭素に向けて流していく、フローを作っていくためには間接金融が非常に重要です。つまり銀行の役割が非常に大きいということになります。

現在、国際的なサステナブル・ファイナンスのガイドライン策定はICMA(国際資本市場協会)を中心に行われています。ICMAは世界70カ国以上の国際債券市場で活動する発行体、証券、銀行など620以上のメンバーで構成される団体であり、ICMAが策定するガイドラインは直接金融・社債市場が中心の議論となります。背景として欧米の大企業の負債調達も、間接金融中心の日本とは異なり、直接金融・社債市場が中心となっているということがあります。

そのため、日本で、トランジション・ファイナンスを実効的かつグローバルで発信力のある取り組みとしていくためには、日本の金融市場の特性、サステナブル・ファイナンスの潮流など、非常に複雑な方程式を、それぞれ関係者を巻き込みながら解いていくという作業が必須だと感じています。
※サステナブル・ファイナンス…気候変動や人権問題、貧困などの課題に対応し、持続可能な社会を実現するための金融サービスや投資。環境保全や気候変動対策などの資金を調達するために発行する債券「グリーンボンド」などがある。

その観点で、まずICMAの「トランジションファイナンスハンドブック」に準拠した基本指針を策定したことで、金融関係者を含めたステークホルダーには、トランジション・ファイナンスの考え方がグローバルスタンダードかつ日本の商慣行にも沿った、理解しやすい形で提供されたと感じます。この基本指針には、ローンにおいても同様の考え方を活用することが可能であるとの記載やローンを活用する場合の補足等も記載されており、間接金融の関係者へも配慮がなされています。各産業セクターにおける技術ロードマップを策定し、各ステークホルダーが、それぞれの産業で、実体的に脱炭素化を進めていくにはどのような技術や支援策、インフラ整備が必要なのかが理解しやすくなりました。特に担当者の人的リソースが限定されている地方銀行・中小金融機関などは助かるのではないかと感じます。

最も重要なことは社会が実体的に脱炭素に移行することです。そのためには、トランジション技術の社会実装が最も重要な課題です。そして、それにはイノベーションと、その後の社会実装の2つの段階での投資が必要です。我々、金融ステークホルダーは、政府や企業の取り組みを、リターンを確保しつつ支援をしていくことになるのですが、資金の性格によっては確実なリターンを見通しづらいイノベーションへの投資は難しい場合もあります。イノベーションは革新的であるがゆえに、金融ステークホルダーのような技術専門家ではない人間には成否の見極めが非常に難しいものです。また、投資回収までの時間軸が長くなる可能性もあります。そのため、ハイリスクハイリターン型のビジネスを行っていない銀行等の民間金融機関ではそういったリスクを取れないのが一般的だと感じます。

その観点では、GX推進機構等を通じてより専門家にアクセスしやすく、かつより長期の時間軸を持った投資を行うことのできる政府が、GX経済移行債の発行によって資金を供給し、イノベーションへ向けた実際の資金フローができたこと自体が、とても意義あることだと感じています。GX経済移行債によって日本のGXの実体的な第一歩が踏み出せたと理解しています。

「グリーン」一辺倒では解決策は見いだせない

鬼塚 国内市場において、トランジション・ファイナンスは一定程度浸透してきたと考えています。また、日本がGX経済移行債という世界初のトランジション国債を出したことで、国際的な認知度も以前よりも高まってきていると感じています。英国でも最近トランジション・ファイナンスのマーケットレビューが出されましたし、ASEANではトランジション・ファイナンスのガイダンスが策定されているなど、世界でも様々な動きが起きています。他方で、世界における状況は引き続き多様です。米国では政権交代の影響でESG(環境・社会・ガバナンス)市場が縮小していく懸念があり、EUでは「グリーンエネルギー」を比較的厳格にとらえる観点から、トランジションをどこまで認めるか、について厳しい見方もあります。こういった中で日本の考えるトランジション・ファイナンスの重要性を世界に発信していくために、これからどういうことが必要なのか、お伺いします。

鬼塚貴子(おにつか・たかこ) 経済産業省環境金融室長 GX経済移行債、GX推進機構をはじめ、GXに向けた金融支援を担当。2005年に入省以降、COP交渉やIAEAとの連携といった環境・エネルギー政策や、RCEP交渉やWTO電子商取引交渉といった通商政策に従事。2024年7月より現職。

押田 トランジション・ファイナンスの必要性については欧州・アジアを中心に理解が浸透してきているのではないでしょうか。私は従来からトランジション・ファイナンスとTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の親和性の高さに注目をしてきましたが、TCFDで喫緊のテーマとなっているのが「移行計画」です。移行計画の議論が盛り上がる背景には、脱炭素に取り組もうとする企業が野心的な目標は掲げてみたものの、実効的な解決策を提示しきれていないという投資家の認識があると感じています。もちろん、トランジションの方法論に対する認識については色々な立場がありますが、国や地域、産業の置かれた制約、また将来に向けた技術の可能性などについて丁寧に事実関係をもって説明していくことが重要なのではないでしょうか。

脱炭素先進国とみられている欧州ですら2030年以降の取り組みについては不透明感があり、アジア地域ではさらに難しい状況です。そういう観点から現在の日本のトランジションへの取り組みは非常に注目されています。日本の立場、地理的・地政学的な制約をしっかり説明したうえで、それを乗り越えるための技術が着実に進展して、商業化されていることを明示的かつ定量的に発信していくことで、多くの国や地域、産業セクターの企業からの共感や共創の機会を得られるのではないでしょうか。

国内外の認証取得で海外投資家の納得感を獲得

鬼塚 日本が初めてトランジションの国債を発行したのは、良い発信の機会だと思っています。これまで5回入札を実施していますが、GX経済移行債については今後10年で20兆円分を発行する見込みです。GX経済移行債の現状と今後についてどのように見ていますか。

押田 多くの海外投資家が、GX経済移行債の意義を高く評価しています。トランジション関連のイノベーションへの着手資金を政府の資金で投入したのは、非常にユニークな事例です。「移行」に関する国債の発行で日本はまさに先行者であり、「先行メリットを得られる」「市場をリードしていける」と期待する海外投資家も多いと感じています。そのような評価を得ている背景として、フレームワークが国際的な基準に合致する旨の認証を国内外の評価機関から取得したことがあると感じています。日本の事情に精通したJCR(日本格付研究所)とグローバルな視点を持つDNV(欧州の認証機関)の両方の認証を取得することで、海外の投資家に納得感を持って受け止められました。

第1回のGX経済移行債の発行では、さらに厳しいCBI(Climate Bond Initiative:気候ボンドイニシアチブ)の認証を取得していました。トランジション・ファイナンスを国が行って、従来の日本国債と全く遜色(そんしょく)ないレベルで取引されていることは悪い状況ではありません。

日本企業の技術や強みの発信により注力を!

GX経済移行債の国内外の評価について語り合う、押田氏と鬼塚・経済産業省環境金融室長。

押田 日本の構造的な課題である金利の低さから、依然として投資に対してやや保守的なスタンスを取る投資家もいることは認識しています。ただ、2023年中頃からの金利上昇や日本銀行によるマイナス金利政策解除によって、日本の債券市場への関心度はかなり高まっています。短期的には、金利上昇によるリターンの改善が、より多くの海外投資家の日本国債を含む日本の債券市場全体への関心を高めるのではないかと感じます。その中で、トランジションの概念や先進性に注目して、投資する人も増えてくるでしょう。

今後、GX経済移行債の海外IR(Investor Relations)なども継続的に実施されるでしょう。そういった機会で、資金充当や資金使途におけるインパクトのみならず、日本の脱炭素戦略の進展や、今年度予定される新しいエネルギー基本計画、地球温暖化対策における日本の貢献といった海外投資家の関心が高い事項と、日本企業が強みを持つ技術や好事例を広報していくことで、海外投資家のすそ野を大きく広げていくことができると感じています。

鬼塚 2024年7月にはGX推進機構が運営を開始し、イノベーション投資の最初のリスクを取り、民間資金の債務保証も含めて、金融支援を行っていく新しい動きも始まっています。これらを含めて金融面から企業の投資を後押ししていきますので、引き続き、金融機関や投資家の皆さまにご協力いただきたいと思います。