政策特集経済産業政策の新機軸 その先にある未来 vol.4

「GXを着実に形に」――。出光興産がカーボンニュートラルに本気な理由とは

「経済産業政策の新機軸」はミッションの一つとして「炭素中立型社会の実現」を掲げ、「2050年カーボンニュートラル※などの国際公約の達成と、我が国の産業競争力・経済成長を同時に実現する」としている。

化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心に転換するグリーントランスフォーメーション(GX)に向けた取り組みの成否は、カーボンニュートラル(CN)の国際公約の達成だけでなく、エネルギーの安定供給や国の産業競争力、経済成長に大きく関わってくる。

GXによる大変革をビッグチャンスと捉え、戦後の日本経済を支えてきたエネルギー関連企業も積極的に動き出している。出光興産もその一つ。石油製品・石油化学製品といった生活に不可欠なエネルギーや素材を安定供給しながら、新たなエネルギーの社会実装にも挑戦している。
※…温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすること

周南コンビナートを国内初のアンモニアサプライチェーンに。自治体、他社とスクラム

瀬戸内海に面した山口県周南市の周南コンビナート。ここでCNの実現を目指して画期的な取り組みが進められている。周南コンビナートは化学原材料や化学製品、鉄鋼、セメント、ファインケミカルなど高付加価値な素材を生産・供給している。今後も競争力を持ち続けるために、避けて通れないのが、生産活動に伴い発生するCO2排出量の削減だ。

コンビナート各社は周南市、化学工学会などと「周南コンビナート脱炭素推進協議会」を発足させ、具体的な議論を開始。出光興産、東ソー、トクヤマ、日本ゼオンの4社は「周南コンビナートアンモニア供給拠点整備基本検討事業」を共同提案し、経済産業省・資源エネルギー庁の補助事業に採択された。

2030年までに周南コンビナートに100万トン/年超のカーボンフリーアンモニアの供給体制確立を目指すもので、出光興産・徳山事業所の貯蔵施設を供給拠点として、コンビナート各社への供給インフラを整備していく方針だ。実現すれば国内初のアンモニアサプライチェーンが構築されることになる。

「周南コンビナートでは年間約1400万トンのCO2が発生しており、その約3分の2が各社の石炭火力による自家発電から出ています。2050年には、完全CNのコンビナートをつくるために何をすればいいのかを議論し、まずは『一丁目一番地』として、石炭からCO2を発生させないクリーンなアンモニアに転換していこうということで進めてきました」

取締役副社長の澤正彦さんは、周南コンビナートでの取り組みを、こう説明する。

出光興産のGX戦略について語る澤正彦・取締役副社長

「独占禁止法上の問題なし」と公取委が判断。他のコンビナートの参考事例に

この取り組みには、アンモニアの共同購入や発電設備の共同設置・利用などが想定されている。各社が懸念したのは、独占禁止法に抵触する可能性があるのではないかということだった。

そのため、出光興産など各社は経済産業省や公正取引委員会など関係機関と相談。結果、公正取引委員会は2024年2月15日付で、「石油コンビナートの構成事業者によるCNの実現に向けた共同行為に係る相談事例について」と題する文書を公表。周南コンビナートの事例は「独占禁止法上問題となるものではない」と明言した。

「公正取引委員会と相談しながら取り組んだことは良かったと思っています。今後、他地域のコンビナートがCNに取り組んでいく際の良い事例になったと思います」と、澤さんはこの間の経緯を振り返る。

出光興産提供

苫小牧では再生可能エネルギーでグリーン水素やeメタノール。CO2の貯留、有効利用も

出光興産は北海道苫小牧市で北海道製油所を操業しており、このエリアでもGXに向けた取り組みを進めている。一つはENEOS、北海道電力と共に北海道内の豊富な再生可能エネルギーを生かしてグリーン水素を製造し、出光興産がそのグリーン水素とCO2を原料に合成メタノール(eメタノール)を製造するというもの。船舶燃料や、ガソリン、SAF(持続可能な航空燃料)といった合成燃料として供給することを目指している。

さらには、石油資源開発、北海道電力と共に、CCUS(CO2の回収・有効利用・貯留)実施にも動き出している。このプロジェクトでは2030年に年間150万トンから200万トンの貯留を目指している。複数の排出源からCO2を回収・貯留・有効利用していく「ハブ&クラスター型CCUS事業」の実現を目指し、地元との調整などを進めている。

「北海道はCNに理解のある地域。道民のみなさんに丁寧に説明し、理解を得ながら進めていきたい」と、澤さんは語る。

出光興産提供

北海道苫小牧市にある「出光興産・北海道製油所」(出光興産提供)

全国の製油所・事業所を「CNXセンター」に。2030年までに約8000億円を投資

出光興産は2050年に向けて、「燃料油」「基礎化学品」「高機能材」「電力・再生可能エネルギー」「資源」の既存5事業を、「一歩先のエネルギー」「多様な省資源・資源循環ソリューション」「スマートよろずや」の3事業領域に転換していくビジョンを掲げている。

ビジョン実現のため進めているのが、「CNX(Carbon Neutral Transformation)センター化構想」だ。化石由来のエネルギーの製造拠点として操業してきた製油所や事業所を、その敷地や設備、これまで培ってきた知見と技術を活用し、新たにCN燃料・製品の供給拠点として生まれ変わらせることを指している。成田空港、羽田空港に近い千葉事業所では2028年度からATJ(Alcohol to Jet)技術によるSAFの実証製造を開始し、航空各社への供給を目指すなど、CNXセンター化によるGXを加速させる方針だ。

並行して、CO2を排出することなく常温・常圧下でのアンモニア製造を実現するための研究を東京大学などと共同で進めるなど、研究開発への投資も地道に続けている。出光興産はCNに向け取り組むべき重点テーマに対し2030年までに約8000億円を投資し、GXを前に進めていく方針だ。

澤さんは強調する。

「今あるものを上手く使いながら、『絵に描いた餅』ではなく、実際に社会実装していくことが重要です。私たちは石油製品、石油化学製品の安定供給を継続しながら、GXを着実に形にしていきたい。地球環境を守っていく責任をしっかりと果たしながら、事業変革を進めていきたいと考えています」

「『絵に描いた餅』ではなく、社会実装していくことが重要」と強調する澤副社長