
激しさ増すデジタル人材争奪戦 AIトップランナーが語る「勝つ」人材育成とは
企業が生成AIを活用してDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進していくには、生成AIを業務の効率化や新たな価値の創出に活用していく能力を持つ「デジタル人材」が欠かせない。デジタル人材の争奪戦は世界的に激しくなっており、国内の多くの企業も、社員に新たな知識や技術を学ばせる「リスキリング」などによって人材の育成を急いでいる。
空調大手の「ダイキン工業」(本社・大阪)は、デジタル人材育成機関「ダイキン情報技術大学」を社内に設置。新卒社員の多くが2年間、集中的にAIやIoT(Internet of Things)の知識を学んでいる。期間中、社員は通常の業務は行わず、学ぶことに専念するという、大胆な戦略だ。他社と一線を画した人材育成に取り組む理由はどこにあるのか。デジタル人材育成の最前線に迫るべく、テクノロジー・イノベーションセンター技師長の比戸将平氏に話を聞いた。

比戸将平(ひど・しょうへい)ダイキン工業株式会社テクノロジー・イノベーションセンター技師長。学部生時代に情報処理推進機構のIT人材発掘・育成事業「未踏ユース」に採択。修士課程を修了後、IBM東京基礎研究所に入社。2012年からAIスタートアップのプリファードネットワークス(当初 プリファードインフラストラクチャー)に10年在籍し、執行役員として主に製造業を担当。2023年1月から現職
新卒社員、2年間「社内大学」で学習に専念
「ダイキン情報技術大学(以下、情報技術大学)」は2017年12月に開講した。
1年目は、包括連携協定を結んでいる大阪大学の教員らによる座学を中心とした「基礎教育」でAIやIoTに関する知識の体系的な理解と教養を深める。2年目は事業部門に仮配属され、現場の課題に対して、学んだ知識を駆使して解決を図る「応用教育」が行われる。2018年入社の新卒社員351人のうち、技術系の100人が1期生として入学したのを皮切りに、修了生は2023年度末までに約440人に上り、その多くが事業部門に配属されている。
「ダイキンは空調機の専業メーカーで、社員の大半が機械系・化学系ですので、デジタル人材が大幅に不足していました。企業間での人材獲得競争が激化する中、外部からの人材獲得も難しい状況でした。情報技術大学の創設には、社内教育のやり方を抜本的に変えて社内でデジタル人材を育てなければならない、という経営トップの判断がありました」
比戸氏はダイキンが大胆な人材育成策を打ち出した背景を、こう説明する。
一般的に、デジタル人材は社内の「AIセンター」などに集められ、事業部門から仕事を請け負う形が多い。これに対して、ダイキンは修了生の7割以上が事業部門に配属されるのが特徴だ。修了生がどの部門にもいることで、必然的にDXへの流れが生まれていく。
「ITだけに特化するのではなく、空調の仕組みや製造過程、物流などを把握した人材を各部署に置くことが目的です。メインとなる事業部門の知識とデジタルスキルの両方を習得した『π型人材(異なる2つ以上の専門性を極めた人材)』の育成を目指しています」と、比戸氏は強調する。

「ダイキン情報技術大学」で講義を受ける社員たち(2023年3月)
スタートアップから製造業へ転身、「AIで社会へインパクト与えたい」
比戸氏の前職は、著名なAIスタートアップ、「プリファードネットワークス」である。2023年1月にダイキンに移籍した「転職組」だ。
プリファードネットワークス時代は、クライアントの企業に対して、AIを使って社外から支援する仕事を手掛けていた。在籍10年を超えて次に働く場を考えるにあたり「AIで面白いことをやり、社会へインパクトを与えるなら、次もまた外部から手伝うより、自社で製品・サービスを開発・提供する事業会社の中がいい」との思いから、製造業などに絞って転職活動した。
企業からは、引く手あまただった。しかし、多くの企業が比戸氏に期待している業務は、リスキリングでベテラン社員にAIを教えて活用を進める責任者といった内容だった。
ダイキンは違った。既に「情報技術大学」を修了した若手のデジタル人材が社内にたくさんいた。課題は、実際にAIを用いて新しい事業を企画・推進できるレベルの人材が少ないことだった。ダイキンは比戸氏に「より高度なデジタル人材の育成」を期待し、比戸氏はダイキンを選んだ。「AI分野で伸び盛りの若手人材と一緒に実務を手掛けることにやりがいを感じた」からだ。
熟練工の技術を伝えるAI開発、「修了生」が活躍
現在、比戸氏はダイキンの技術開発拠点「テクノロジー・イノベーションセンター」の技師長として、若手人材のレベルアップに携わっている。社内の様々な部門のエンジニアチームに、技術的なリーダーとして入り、情報技術大学の修了生とともにAIを活用しながらプロジェクトを推進する日々を送っている。
比戸氏が手がけるプロジェクトの一つが、空調機器の修理や保守業務に関するAI「熟練工AI」の開発だ。
カメラやマイクがついた首掛けタイプのウェアラブル端末「THINKLET(シンクレット)」の動画から、現場の作業内容をリアルタイムで把握するAIだ。こうしたサービス業務は難易度が高く、これまでは熟練のエンジニアに依存してきた。「熟練工AI」は端末カメラからの映像をAIが分析して、正しい作業手順かどうかをチェックし、異常があれば検知する。今後、熟練のエンジニアの多くが定年退職していくため、実現が急務となっている。

首掛けタイプのウェアラブルデバイス「THINKLET」
このプロジェクトに情報技術大学の1期生の1人が参加し、画像解析を担当している。
業務に役立つAI開発には、現場の経験や知識が欠かせない。実際にサービスマンとして、修理や保守業務を経験したこの1期生が加わることにより「AI開発会議の場で現場経験に基づいた判断が可能になり、開発のスピードアップに貢献している」(比戸氏)という。サービスマンとしての実務経験とAI開発の知識の双方を兼ね備えた、まさにダイキンが目指すデジタル人材として成長している。
比戸氏は「このAI開発を外注すれば、質問のやり取りだけで数週間かかるものです。情報技術大学で彼らのような人材を育ててきたからこそ、スピード感を持った開発ができています」と胸を張る。

サービスマンが「THINKLET」を首に掛けた状態で作業をしている様子。この端末を介して作業中の映像を撮影し、音声を録音する。
DXは内製化の傾向、「ドメイン知識」を持つことが重要
「修了生が事業部のエースとなって、設計・開発プロセスや製造プロセスを『デジタルありき』で考え、DXが進むことに期待しています。今のやり方を否定する場合もあり、全員一致で進めるのが難しい場面もあると思いますが、競争に勝っていくためにはやらなければいけない。それをリードしていく人材に育ってほしいし、彼らをサポートして、DXを推進していくことが我々の務めです」と比戸氏は強調する。そして、「生成AI時代」に求められるスキルやマインドセットについて、こう展望した。
「生成AIの活用にあたって、業務のコア(核)の部分については内製化する動きが続いていくでしょう。これからのデジタル人材はスキルだけでは不十分で、事業、業務の内容や課題について知ること、つまり『ドメイン知識』(業界・業種に特化した知見や情報)を持っているかどうかが重要になっていきます」
※本特集はこれで終わりです。