政策特集飛躍する新興国ビジネス~社会課題、デジタル、イノベーション、そしてその先へ vol.2

インドにおけるイノベーションの現状

インドの社会課題は日本企業の技術や経験が生きるビジネスチャンスでもある

 コロナ禍での出張・駐在制限や、情勢不安の発生などがあるものの、新興国市場・企業の存在感は以前にも増して大きくなっている。新興国・途上国の社会課題は、日本企業の技術や経験が生きるビジネスチャンスであり、イノベーションの源泉でもある。

 前回とりあげたASEANに続き、今回はインドに焦点をあてる。経済産業省 通商政策局南西アジア室(南ア室)の栗原浩介係長、産業政策局 アジア新産業共創政策(ADX室)の北角理麻室長補佐、衛星データで農業課題の解決に取り組むサグリ社のインド法人Sagri Bengaluru Pvt. Ltd.社の最高戦略責任者永田賢氏がイノベーションの現状とそれを捉えた政策について語った。

インドの市場環境と通商政策

イノベーションの現状とそれを捉えた政策について語った。サグリ社・永田賢氏(左)、ADX室・北角理麻室長補佐(右上)、南ア室・栗原浩介係長(右下)。

 ADX室・北角理麻室長補佐(以下、北角) インドでも、ASEANと同じくデジタルテック系スタートアップの勢いが止まりません。インド政府も『デジタル・インディア』政策によるデジタルを活用した社会インフラ整備に取り組んでいます。

 インドのデジタル旋風を日本企業がどのように取り込みイノベーションを創造しているか、本日はインドのベンガルールでインドの農家向けのマイクロファイナンス事業とデータ基盤ビジネスを推進する永田さんにオンラインでお話を伺います。

 南ア室・栗原浩介係長(以下、栗原) 当室では、日本企業がインド企業と協業し、デジタル技術を活用した新産業を創造するためのADX実証事業を支援しており、サグリ社さんにもご活用いただいています。『ソフトに強いインドとハードに強い日本は良い補完関係にある』と言われています。まさに経産省が進めるADX政策は、インドのようなデジタルのソフトパワーを拝借して日本のDXを抜本的に進め、更には日本企業の国際的なプレゼンスの維持・向上まで視野に入れた必要不可欠な政策になっていると思います。

インドの社会課題を捉えたビジネス事例

 栗原 巨大な社会課題の存在が御社のインドの進出のきっかけとお聞きしています。現地の社会課題をどのように肌で感じられたのですか。

 サグリ社・永田賢氏(以下、永田) 弊社代表の坪井(俊輔)が1社目の起業(株式会社うちゅう)の際にルワンダで味わった強烈な原体験が根っこにあります。ルワンダでは子供たちがどんなに夢があっても、貧困故に結局は農業に従事せざるをえない。だったら、先端技術で農業を効率化することで貧困をなくせないかと感じたのがサグリの原点です。

 農業従事者が大多数を占めるインドでは、ローンなどお金を借りるために必要な『信用創造』ができないために、農家の貧困が根深い社会課題です。必要な肥料を買うために、やむなく高利貸しから年利30%から50%のローンを借りるのですが、返済できずに命を絶つケースもあります。こうした背景から、インド法人はマイクロファイナンス事業を主として立ち上げました。農家や関係者に衛星技術を用いて農地の収穫高の予測データを算出、それを元に与信スキームを構築し、低金利でのローン提供実証事業をご案内するというビジネスモデルです。

 ジェトロ「日印インドスタートアップハブ」の支援案件第1号として2019年9月にインド法人を設立したことも注目され、マイクロファイナンスの実証を始めた2019年末までに、インドの農家から約2,000件のサービスの利用申請があり、好感触を得ました。

 北角 御社の当事業は、ジェトロ『アジアDX等新規事業創造推進支援事業費補助金(日印経済産業協力事業)』に採択されています。この事業への採択が貴社の『救世主』になったとお聞きしました。

 永田 はい、COVID19の流行やインド政府の「モラトリアム政策(ローン返済猶予延長)」の発動によって当社ビジネスの資金回収が困難になるなど、サグリのインドビジネスは撤退寸前でした。ちょうどそのときに実証予算に採択され、弊社が得意とする『データ基盤ビジネス』をインドで立ち上げることができました。

 また、本事業に採択された実績が後ろ盾になってインド各社からの信頼が増したことで、現地大手企業のLEAF社との提携にも至り、感謝してもしきれないです。

 現地で感じるのは、インドの農業分野には課題が多く、その裏返しとしてビジネスチャンスも多いということです。現地で『アグリテック』と呼称されるスタートアップ群は、「テック」といいつつも野菜を右から左に流しておしまいといった会社が多い。彼らに対して、衛星技術を用いたデータ基盤の生成、協業を通じた営農指導の実現といった付加価値を提供するなど、新たなビジネスの展開もできるのではないかと考えています。

サグリ社は、インドで農業従事者向けに衛星データを使ったマイクロファイナンス事業を展開する


 北角 現地の政策転換といった予測不可能な出来事がビジネスに打撃を与えるがおこるというのは、新興国ビジネスならではのリスクだなとお話をお伺いして感じました。

 栗原 永田さんがインドの農業に大きな使命感を持って臨んでいる話は以前から耳にしておりました。『技術があっても人脈がなければビジネスにならない』、『商習慣が通用しない』といった声もよく聞かれますよね。そのような中、実証支援が、現地企業との提携にお役立ちできたこと、我々としても大変うれしい成果の一つです。

インドからASEANへ、社会課題解決型ビジネスの今後の展望

 永田 引き続きインドでの事業拡大を続けるとともに、ASEAN方面でも現在タイで採択いただいているADX実証事業をフックとして更なる事業展開ができるように尽力します。ASEAN圏内では、衛星データを用いたスマート農業は未開拓エリアですので、インドで培った知見や経験をフィードバックするなど、横展開のアプローチをしたいですね。

 上段にも触れましたが、新興国においては、日本政府の後援によるトップセールスやVIPアプローチがかなり有効だという印象です。ビジネスマッチングの機会を政府主導で頂くなど、今後の政策に期待しています。御省におかれましては、今後どのような政策を検討されていますか。

 栗原 今後の当室の政策について、引き続きADX実証補助金の支援に加えて、サプライチェーン強靱化政策を進めていきます。COVID19をはじめとした事業環境の急変など、企業が直面しているサプライチェーン断絶のリスクが多様化しており、その環境整備が必要です。令和3年度の補正予算がつき、現在公募に向けて準備しております。デジタル技術を活用したリスクの可視化やデータ連携など、企業様の画期的な事業アイデアの実証にご活用いただきたいです。

 北角 ADX政策の目標として、ある企業の事例が別の企業に影響を与え、意識や行動が変わっていくという『ピアエフェクト(Peer Effect:同僚効果)』を目指しています。ADX政策は企業変革、つまりCX(コーポレートトランスフォーメーション)につながるものだと考えていて、日本企業の変革や経営者の意識改革といったテーマにも寄与したいと考えています。

 引き続き、企業様の個別の取組に伴走する「お悩み相談室」、「万事屋」のような存在を目指しつつ、同時に様々な政策との連携を大局的に捉えながらADX政策を推進していきたいと思います。
 
 
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