政策特集飛躍する新興国ビジネス~社会課題、デジタル、イノベーション、そしてその先へ vol.1

ASEANにおけるイノベーションの現状

医療ICTベンチャーのアルム社。医療関係者間コミュニケーションアプリを開発し、ASEANで事業展開する。

 コロナ禍での出張・駐在制限や、情勢不安の発生などがあるものの、新興国市場・企業の存在感は以前にも増して大きくなっている。新興国・途上国の社会課題は、日本企業の技術や経験が生きるビジネスチャンスであり、イノベーションの源泉でもある。

 今月は「新興国における日本企業のビジネスの現在地」と題して、全5回にわたって重要政策のポイントを紹介する。初回はASEAN地域にフォーカスし、現地のイノベーションの現状と、それを捉えた政策について経済産業省の通商政策局 アジア大洋州課 蓮優作係長、産業政策局 アジア新産業共創政策室(ADX室) 北角理麻室長補佐、医療ICTベンチャーのアルム社のチームプラットフォーム部 中谷シニアディレクターが語る。

アジアは「生産拠点」から「イノベーション発祥地」へ

アジア大洋州課 蓮優作係長(以下、蓮)
 ASEANは、生産拠点から、世界の成長センター・国際競争の主戦場へと変わっていく中で、その重要性がますます増加しています。

 経済産業省では、貿易協定のような「通商ルールの形成と履行確保」と日ASEAN協力のような「協力・対話」を両輪に、海外市場の拡大やカーボンニュートラル実現など新たな価値観への対応について、各国と連携・調整を進めています。アジア各国の実態・ニーズによりそった「共創」関係をいかに築いていくかが、通商政策の重要なポイントです。

 当課では、日本企業がアジア企業と協業し、デジタル技術を活用した新産業を創造するための実証事業予算を、ジェトロを通じて支援しています。本日、当事業をご活用いただいているアルム社中谷さんに色々お話を伺うことを楽しみにしております。

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通商政策局 アジア大洋州課 蓮優作係長

アジア新産業共創政策室(ADX室) 北角理麻室長補佐(以下、北角)
 「デジタル技術を活用した新産業創造」ということですが、アジアのデジタルテックは、その国に根付く社会課題をデジタル技術で解決するビジネスを展開しています。アジアが「生産拠点」から「イノベーション発祥地」へと変貌する中で、日本企業は、現地企業との“協業”で、マーケットに食い込むアプローチが求められています。経済産業省は、実証事業の予算支援のほかにも幅広く支援しています。詳しくは以下リンク先をご参照ください。

60秒早わかり解説アジアを舞台にしたDXに挑む!

産業政策局 アジア新産業共創政策室(ADX室) 北角理麻室長補佐

ASEANの社会課題を捉えたビジネス事例

 北角 実際に、ASEANの社会課題をどのように肌で感じられ、現地で事業を立ち上げられたのでしょうか。

アルム社チームプラットフォーム部 中谷シニアディレクター(以下、中谷)
 ASEANは経済成長に伴い、がん、糖尿病、循環器疾患等の非感染性疾患(NCDs)の割合が増加していますが、医師の都市への偏在や専門医不足が問題視されています。これらの社会課題の解決に資するソリューションとして、医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」を開発し、ASEANで展開するため、マレーシア現地法人を設立しました。

 「Join」は、日本やアメリカなどでは医療機器として認証されていますが、ASEANでは非該当となる国が多く、医療ICTという概念は発展途上です。そのため、現場でニーズがあっても、保健省が首を縦に振るまで導入ができないケースが少なくありません。保健省から承認を得るプロセスも体系化されていません。個人情報保護やセキュリティなど、解決しなければならない問題も多くあります。

アルム社チームプラットフォーム部 中谷シニアディレクター

  御社は「日・ASEANにおけるアジアDX促進事業」に2年連続で採択となりましたが、当事業をどのように活用されたかについて、改めて詳細をお聞かせいただけますか。

 中谷 はい、弊社のような新しい製品、サービスを展開する企業にとっては、個人情報保護の取り扱いに関する法規制などを現地政府に確認しながら、一緒に市場を創っていくことが重要になります。しかし、弊社のような中小企業が彼らの協力を得ることは容易ではありませんでした。本事業への参加によって、保健省をはじめ当地の政府機関との関係構築ができたことは最大のメリットでした。

  現地機関との連携促進に本事業が役立っていること、大変うれしく思います。相手国とのバイ対談やASEANとのマルチ会合の場でもこうした成果を発信していきたいです。

 北角 現地の法規制関連の情報収集や当局との調整に課題をお持ちの企業が多いことを、様々な企業様との対話の中で感じています。アルム社のような現地政府も巻き込んだ市場創造の経験なども他の日本企業へ共有していくことが必要だと思いました。

アジアと日本の企業との協業等を通じて「共創」を目指す

 中谷 東南アジアに進出する企業は、特にアッパーミドルを、ターゲティングすることが定石と言われています。弊社もまずは大病院に導入していますが、一方でBOP(Bottom of the Pyramid)層への展開も、東南アジア進出の意義やビジネスの拡張性を考えた場合に必須です。現在ベトナムではターゲットをBOP層であるクリニックに定め、モデル実証を行っています。成功モデルを構築した後は、他国に横展開する予定です。

 また、専門医が不足している疾患領域に対するソリューションの追加も検討しています。例えば、ポータブル眼底カメラ、電子カルテなどの医療機器と「Join」等の弊社製品を組み合わせることで、これまでの急性期疾患、循環器疾患のみならず、眼科、妊産婦や慢性疾患領域へのサービスを拡張したいと考えています。

 慢性疾患は、日本においても今後深刻化していくと考えられるため、ASEAN事業で得られた知見を日本国内の製品開発に活かすこともありえるかもしれません。

アルム社はマレーシアに現地法人を設立し、東南アジア地域でソリューションを提供している。

  アルム社の事業領域の拡大や他国展開は、スピード感がありますね。経産相が1月初旬にアジアへ外遊した際に、「アジア未来投資イニシアティブ」を打ち出しました。各国の実状と向き合い、民間のイノベーションを活用した持続的な経済社会の基盤創りのために、アジアと日本の企業との協業等を通じて「共創」を目指す新しいイニシアティブです。アルム社の事業をはじめ、「アジア未来投資イニシアティブ」を体現するような事業を引き続き支援します。

 北角 中谷さんのおっしゃったような、ASEANで得た知見や経験を日本に逆輸入する、所謂「リバースイノベーション」をADX政策の長期目標に据えています。ASEANで共創した事業の先に、国内需要を喚起し国内で新しい市場が創造される、そういった未来を一緒に目指していきたいですね。

  現地企業と協業関係を構築していく上で、「日本ブランドへの信頼の高さ」が有利になっているという話もよく耳にしますが、今後どのような支援を政府に期待されますか。

 中谷 現地病院が日本企業と協業し製品を導入するかを見極める際に、外資系企業は信頼に値するか、国益は損なわないかなどの観点で評価されるため、地場の企業に比べて協業のハードルがそもそも高いのが事実です。現在も現地政府との交渉に多大なるご支援を頂いておりますが、更に一歩踏み込んだご支援を頂ければ、ビジネスが益々加速するのではと考えております。

 北角 日頃の企業様とのコミュニケーションの中で、「経済産業省に相談してみることに対するハードルがとても低いことに驚いた」といったお声をいただきます。アジアを舞台に、“協業“、“共創”に取り組みたい!という企業の方がいらしたら、ぜひADXの同志としてコミュニケーションさせていただきたいです。
 
 
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