三陸発!最先端の冷凍技術やAI活用で水産業の常識を覆す取り組みとは
東日本大震災から立ち上がった漁師たちが、新しい水産業を世界に発信している。最先端の冷凍技術やAIを活用した注文予測まで。職人気質の水産業において、生の鮮度を競ってきたかつての常識を覆す。その取り組みを進めるのが、2014年に宮城県石巻市で設立された「一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン」。水産業に変化を、もたらしている。
人気メニュー「ふぃっしゃーまん丼」に秘められた最先端技術
閖上(宮城県名取市)の釜揚げシラス、気仙沼(宮城県気仙沼市)の本マグロ(中トロ・赤身)、女川(宮城県女川町)の銀鮭、塩釜(宮城県塩釜市)の藁焼きカツオ、そして同じ塩釜の藁焼きビンチョウマグロ――。仙台空港(宮城県名取市)のターミナルビル2階にある「牡蠣と海鮮丼 ふぃっしゃーまん亭」で「ふぃっしゃーまん丼」を注文した。税込み2400円。1日20食限定の人気メニューで、宮城の多彩な海の幸を一度に味わえる。
シラスはフワフワで、藁焼きのカツオは香ばしく、中トロの滑らかな舌触りも心地いい。いわゆる海鮮丼だが、海辺の観光地などで見かけるゴテゴテと魚介を盛りつけたものとは違い、淡いピンクから深紅へネタの赤いグラデーションが鮮やかで、味わいも繊細だ。おいしい! 他に石巻産の金華サバ漬け丼や三陸の蒸し牡蠣やホタテなどもあり、旅行の前後に宮城の食材の豊かさを手軽に堪能できる。
カウンター6席のこぢんまりとした店構えだが、白木を基調にしたしゃれた内装で一日を通して客足の途絶えることがない。平日夜の閉店間際に訪れると、スタッフはカウンターに1人だけ。それで盛りつけから配膳、会計までをてきぱきとこなしていた。「満席になると、大変なのでは?」と会計時に尋ねると、「もちろん忙しくなるとスタッフの数は増えますが、刺し身はあらかじめ加工場で切りそろえてあり、それを最新設備で冷凍してあるので、店で魚をさばく必要がないんです」と教えてくれた。そのため、調理専門の職人が不要で、冷凍の食材は1食ずつ使えるため、食品ロスも少なくなるという。
しかし、「冷凍」と聞くと、ネタが新鮮なのか客として疑問も感じるのだが……。「そのイメージを変えようと始めたのがこの店なんです」と、同店を運営する「株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング」(石巻市)社長の津田祐樹さんは話す。「最先端の高性能冷凍技術を応用している。冷凍の過程で電磁波などを加え、食材が凍結する際の「氷の粒」をできるだけ小さくすることで、細胞の破壊を防ぎ、うま味成分を含むドリップなどの流出を減らすことができる。そうすることで、刺し身の風味や食感を損なわずに提供することができる。確かに、丼のネタはいずれもプリプリと新鮮で、うま味も十分感じられる。言われなければ「冷凍」だとは気がつかない。
「生の魚介の鮮度は時間との戦い。ところが、最新の冷凍技術を使えば、その時間を止められる。水揚げされた直後の新鮮な魚の品質をそのまま維持して、お客さんに提供できるというメリットがあるんです」と津田さんは話す。さらにこの店ではDXにも取り組んでいるという。店の前に小型カメラを設置して、客の年代や注文したメニューの情報を人工知能(AI)で分析。その情報と天気や気温などの情報と組み合わせて客足の予測やスタッフの配置などに役立てているという。「データが蓄積されていけば、売れ行きの予想などの精度も上がり、結果として食品ロスの削減にもつながるはず」
職人気質が苦手な2代目が取り組む水産業のイノベーション
津田さんは、石巻魚市場で仲買を行う「魚屋」の2代目。もっとも、家業を継いだことは本意ではなかったという。実際、大学を卒業して、水産業とは無縁の起業も経験している。「いい魚を見分ける『目利き』といった職人気質が苦手だったんです」と津田さん。そこに東日本大震災が起き、「これを潮時に」廃業も真剣に検討した。ところが、小中学校時代の同級生の訃報が届き、廃業を思い直したという。「無念のうちに亡くなった同級生のことを思うと、震災を理由に魚屋をやめようとしていた自分が情けなくなり、家業を通して地元の復興に役立てることもあるはずと考えるようになりました」
そうした想いを胸に2014年、やはり地元のワカメ漁師の阿部勝太さんやヤフー株式会社(現LINEヤフー株式会社)の長谷川琢也さんら有志と「一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン」を設立。漁師にとどまらず、水産業に関わる人を「フィッシャーマン」と位置づけ、その担い手を育て、水産業のイノベーションを目指して活動している。16年には一般社団法人の販売部門として、民間企業と連携した新商品の開発やブランディングといった水産業の魅力を発信する「株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング」を設立し、津田さんが社長を務めている。
「水産業の常識を根本から疑ってみることから、活動を始めてみました」と津田さんは話す。ふぃっしゃーまん亭での冷凍食材の使用もその一つだ。様々な鮮魚を扱えることが地元の強みだと思っていたが、本当にそうなのか? 新型コロナウイルスの感染拡大で、生の魚にしがみつくことのリスクを思い知ったという。鮮魚を買ってくれる外食産業が不振になる一方、家庭でも「生魚は調理の手間がかかる」と需要が伸び悩んだ。それでも「生」にこだわる必要があるのか。そこで最新の技術を応用した冷凍に舵を切った。ふぃっしゃーまん亭はそのショーケースでもあるわけだ。
近年は海外販路の開拓にも力を入れている。フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング海外事業部の村上日奈子さんはアメリカを中心とした市場開拓ために度々渡米。大使館主催のイベントや現地の量販店、日系レストランなどで三陸の海産物の魅力を積極的にアピールしている。2月には米国にあるスーパーのバイヤーを石巻に招いて、地元で生産される水産加工品の生産現場を案内して商談を進めた。視察先の一つで、活タコの加工品の製造販売などを手がけるマルカ高橋水産の取締役営業部長・高橋力さんも「村上さんたちが間に入ってくれることで、海外の販路も広がった」とその活動を高く評価する。
東日本大震災から13年になり、フィッシャーマン・ジャパンの活動は広がってきた。近年は海洋環境の課題解決を目指す投資ファンドも設立。「水産業を変えると言っても、実は海というプラットフォームがしっかりと保たれていないと実現は難しい。その一歩がファンドの設立です。自分たちだけではできない活動を、ファンドを通して拡げていく試み」と津田さんは話す。ふぃっしゃーまん亭の試みも水産加工業者や感応検査の研究機関などの協力があって、はじめて実現することができたという。これまでの取り組みを能登半島地震で影響を受けた地域でも役立てられるかもしれない。「自分たちの強みは、地道に築き上げてきた水産業に関わる人たちのネットワーク。その輪を石巻から全国、そして海外へも拡げていくことが仕事だと思っています」