PHRサービス進化中。食事、運動、睡眠…スマホ記録で健康管理
おいしい食事を思いっきり楽しみたい。でも、健康には気をつけたい――。多くの現代人のこんな願いを手助けしてくれるPHRサービスへの注目が高まっている。
PHRとは個人の健康に関する記録を意味する「Personal Health Record」の略称。スマートフォンやウェアラブル端末で集めたデータをもとに、その人に合った食事メニューや運動方法の助言などをする健康管理アプリはその代表格である。
政府もPHRサービスの普及を後押ししている。健康寿命を延ばすだけでなく、新たな産業を生む機会になるとみるからである。公的機関がもつ医療や介護に関するデータなどをPHRサービスで活用できるようにするための検討が進んでいる。
PHRサービスは誰でも簡単に使える。とはいえ、面倒になっていつの間にかやめてしまう人が少なくない。自然と続けられるようになるための進化が始まっている。
スマホの中の”栄養士“。AIの助言は2億通り以上
「鉄分をしっかりとってほしいから、こちらの食材をおすすめ」「体幹を意識して運動してみましょう」
リンクアンドコミュニケーション(東京)が提供する「カロママ プラス」は、なかなか世話焼きなアプリである。利用者の食事の状況や運動データなどをもとに、管理栄養士が監修した2億通り以上のパターンの中から、食事メニューや運動法、睡眠方法などをAIが選んでアドバイスしてくれる。
健康診断記録を登録したり、目標の体重や体形を設定したりすることもできる。その分、アドバイスの精度は高まる。スマホの中にパーソナル栄養士やパーソナルトレーナーがいる状態に感じるかもしれない。
効果も確認されている。リンクアンドコミュニケーションと筑波大学の中田由夫准教授との共同研究では、3か月間のダイエットに挑んだケースで、カロママプラスを使った人は使わなかった人より体重を平均1.6kg多く減少できた。
カロママプラスの利用者は累計140万人。誰でも無料で使える。一方で、従業員の福利厚生や健康管理に使う企業や健康保険組合、あるいは自治体向けに提供することで、収益を得ている。
医師の栄養指導サポートで実績。アプリ化で利用者に直接働きかける
リンクアンドコミュニケーションは2002年創業した。当初は、診療所の医師向けに患者の栄養指導を支援するサービスを手掛けていた。
糖尿病など生活習慣病の患者が医師に提出した食事記録をファクスで回収。管理栄養士に分析・アドバイスさせた結果を診療所に届け、医師の栄養指導に反映させてきた。カロママプラスのAIには、こうした20年以上のデータの蓄積が反映されている。
それでも、利用者を増やすには課題があった。診療所に来るのは、病気にかかった人に限られる。健康管理は本来、病気になる前からやるべきである。また、診療所の医師たちの間では、栄養指導への力の入れ方に幅があり、持続しなくなることもあった。リンクアンドコミュニケーションの渡辺敏成社長は「利用者に直接働きかけるサービスにしたかった」と振り返る。
それを可能にしたのが、スマートフォンの普及である。健康記録をもとにその人に適したアドバイスをするというサービスをそのままアプリに移行することで、カロママプラスでは利用者と直接つながるようになった。
スーパーやコンビニ、スポーツクラブと提携。アドバイスはより具体的に
IT企業や通信会社にとっては今や、ヘルスケアは競争の主戦場になっている。スマートフォンやウェアラブル端末には、運動量や心拍数、睡眠状態、血中酸素濃度など多様なデータを取り込むための仕掛けがちりばめられている。新しい健康管理アプリも続々登場している。
ただ、肝心の利用者がやる気を出さなければ、宝の持ち腐れでしかない。健康管理アプリでは利用開始1か月後に使われている比率は1割程度とも言われる。健康に高い意識を持つ人以外はそれほど続けられていないという実態がある。
カロママプラスはスマホの中にとどまるのではなく、現実のリアル空間での使い勝手を高めることで、この弱点を補おうとしている。コンビニエンスストアのローソンや、スーパーマーケットの東急ストア、阪急オアシス、スポーツクラブのルネサンスなどと提携。利用者は、カロママプラス内で「健康サポーター」と呼ばれるこれらの企業のアカウントをフォローすると、各店舗での製品やサービスのおすすめを受けられる。
筆者もやってみた。食物繊維たっぷりな夕食をとるべきだとして、野菜と豆のカレー、果実とナッツのヨーグルトが提案された。暑い夏が続いて、食欲不振と判断されたのかもしれない。
利用者はAIのアドバイスがより具体的になると受け入れやすい。実際にカロママプラスは利用開始1か月後も約7割が継続して使っているという。提携した企業には、カロママプラスで推奨された商品の販売が伸びるというメリットが生まれている。
ショッピングモールで実証。クーポンやポイント付与の効果は?
PHRサービスを発展させていくには、「健康サポーター」のような異業種の企業の連携がカギになるとみられている。利用者を飽きさせない多彩なアイデアを実現するには、1社単独の力では難しいからである。経済産業省も異業種連携によってPHRサービスの新たなビジネスを生むための実証事業を予定していて、カロママプラスはそこでも採用が決まっている。
舞台は、千葉県柏市の大型ショッピングモール「ららぽーと柏の葉」。ショッピングモールを運営する三井不動産に加え、食品メーカーのカゴメ、スポーツ用品メーカーのアシックスなどが参加する。モールを訪れた人に対し野菜摂取量や歩行姿勢の測定を受けてもらい、データをカロママプラスに入力する。その結果に基づき、モール内のテナントで使えるクーポンやポイントなどを付与して、野菜をたくさん消費したり積極的に運動したりするなど、健康になるための消費行動を促す。
今年10月から約3か月間続け、利用者の健康意識がどのように変わるのか、商品の売り上げにどの程度効果があるかなどを検証する。
リンクアンドコミュニケーションの渡辺敏成社長は「個人の健康情報は、本人の身体だけでなく、職場や医療機関、買い物する店、通うスポーツクラブなど様々な場所にある。PHRサービスで利用するには、本人の同意が必要になる。高い効果のあるPHRサービスをつくることで、個人に必要性を感じられるようにしていくことが大切になる」と話した。
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▶この記事で触れた実証事業:
令和5年度「ヘルスケア産業基盤高度化推進事業(PHR利活用推進等に向けたモデル実証事業)」(経済産業省サイト)
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