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データがひらくヘルスケアの未来 -国民・患者が主役のデジタル医療へ

日本医師会・長島公之常任理事インタビュー


 
 デジタル技術によって医療や健康づくりはどう変わっていくのか。パーソナル・ヘルス・レコード(Personal Health Record、以下PHR)※1や、人工知能(AI)を活用し医療を効率化する「AIホスピタル」など、私たちの生活や医療に新たな可能性をもたらす技術・サービスの社会実装が期待される。一方で、健康・医療に関わるデータは機微情報であり、適切に活用するための体制づくりが必要だ。医師から見たデジタルの可能性や課題について、日本医師会で情報分野などを担当する長島公之常任理事に聞いた。

※1 一般的には、生涯にわたる個人の保健医療情報(健診(検診)情報、予防接種歴、薬剤情報、検査結果等診療関連情報及び個人が自ら日々測定するバイタル等)である。電子記録として本人等が正確に把握し、自身の健康増進等に活用することが期待される。

デジタルで変わる「3つの予防」

 ―新型コロナウイルス感染拡大や、デジタル技術の進展など社会環境は大きく変化しています。医療や健康づくりはどのように変わっていくのでしょうか。

 「新型コロナウイルス禍のような非常事態は今後も起こり得ることであり、医療・健康づくりのパラダイムシフトが必要だと感じています。その根本は、医療・健康づくりの〝主役〟が、国民・患者自身になるということです。それを実現するためのツールとして、デジタル技術は大いに役立ちます。さらに、医療界や国民・患者にこうした意識が広がるためのきっかけになると思います」

 「なぜ国民・患者が主役になるのかと言うと、今後は「3つの予防」の必要性が高まるためです。一つ目の予防が健康増進や疾病の予防、二つ目が重症化や再発予防や早期治療、三つ目が社会復帰やリハビリテーションなどの包括ケアが当てはまります。この「防ぐ」「治す」「支える」という3つの予防においてデジタル技術は重要で、とりわけPHRは有効活用できると考えています」


※感染症対策のためマスクを着用しています
 

 ―なぜ、PHRが予防に有効なのでしょうか。

 「健康づくりや疾病予防では、必要に応じて食事や運動などの生活習慣を改善しますが、その前に自らの健康状態を把握する必要があります。今までは、それを感覚的に捉えることしかできませんでした。現在は、スマートフォンやウェアラブルデバイスなどで、歩数や消費カロリーなど毎日の生活状態を把握できます。それらを把握するだけなく、よく理解することが重要です。情報を整理して、それに基づき自身の行動を変えた成果がどうだったか、正確に把握することが大切です」

 ―有効性や安全性を担保するために、医療関係者はどのように関与していきますか。

 「そもそも、患者が自宅でどうしているか、医療機関では把握しづらい。PHRで得られるデータは、生活改善だけでなく治療やリハビリにも役立ちます。また、エビデンスに基づき、患者の生活に寄り添った適切なアドバイスを行っていくことが重要です。そこで、地域のかかりつけ医等と連携することにより、一般論ではなく、個別化したより深いアドバイスが有効です。かかりつけ医は患者と同じ地域で活動し、どんな環境にいるかを把握しています。過去の病気などに加え、PHRでより正確な状態を知ることができます。患者とデータを一緒に見ることで、生活に関する相談に応じたり、より効果的で安全な健康づくりの手段を提供することにつながります」

 「さらに、かかりつけ医と、訪問看護師、薬剤師、ケアマネージャー、行政などが情報共有することで、より適切なアプローチが可能になります。これまで、安全性と効率性はトレードオフの関係にありましたが、デジタル技術により、高いレベルでの両立が可能になってくると思います」

業界を超えた連携に期待

 ―サービスを開発・提供する民間企業とはどう連携していきますか。

 「民間には医療界にないアイデアを提示してほしいと思います。そして、医療現場のニーズをしっかり捉えてほしい。こういう困っていることがある、こういうのがあれば助かる、といったニーズをすくい上げて、それを技術やサービスに反映していただきたい。双方向で提案し合う形が理想です。そのためには、業界の垣根を超えてニーズを収集・整理する場が必要です」

 「今後、PHRやデジタル医療について、適切なサービスが提供されるように、ルールを整備していくことが重要です。国(総務省・厚生労働省・経済産業省)において策定した「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」を遵守し、適切な事業活動を行っていただく必要があります。そのため、民間企業などが業界団体を作り、国の指針を踏まえた自主的なガイドラインなどを策定していただきたい。こうした取り組みを医療界は支援していきたいと考えています。国・民間・医療界がしっかりと連携することで、デジタル医療で最も重要な『有効性・安全性・効率性』の実現につながります」


 
 ―医療のデジタル化を促進するために、医師会はどんなことに取り組んでいますか。

 「医療や健康に関する情報にアクセスする際、発信者が適切か照会する必要がありますが、その際に役立つ保健医療福祉分野の公開鍵基盤(HPKI)というインフラを運用しています。医師やその他国家資格を認証する仕組みで、今後5年間で全医師会員の利用を目指します。本格運用が議論される電子処方箋※2にも活用されるため、デジタル化を進める上での重要な基盤となります。さらに、AIホスピタルの実装に向け、医師会に『AIホスピタル推進センター』を設置しました。医療AIサービスを提供する事業者と、サービスを利用する医師や医療機関が参加し、社会実装に向けた取り組みを進めます。民間企業が参画しやすい環境を整えつつ、国民・患者にとって安全かつ有効なデジタル化に貢献していきます」

※2 紙の処方箋を電子化したもの。医師がサーバーに処方箋の情報を登録し、薬剤師が本人確認をした上で、調剤や服薬指導を行う。
 
 ―医療や健康づくりにおいてデジタルが普及するには、今後どんなことが求められますか。

 「デジタル化にどんなメリットがあり、どう安全が確保されるか。こうした情報が医療関係者だけでなく、一般の方にも広く知られる環境を作ることが重要だと思います。そのためには、国や団体がガイドラインを作り、それに基づき、情報が適切に活用される仕組みが必要です。民間事業者による団体も増え、私たちはこういう取り組みをしているので安心ですよ、ということを知ってもらえる環境が整えば、新しい技術やサービスは自然と普及していきます。さらには、PHRや電子処方箋などの普及が本格化するにあたり、国や団体が主体となって標準化を進めていただきたい。そこでは、APIで様々なシステムがつながることを前提とした仕様づくりをお願いしたいと思います」
 

【関連情報】

「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」及び「民間利活用作業班報告書」を取りまとめました