バイオ創薬は世界で勝負。製薬トップと日本の戦略を考える
バイオ医薬の登場により、健康でありたいという誰もが持つ願いに向けた歩みは、大きく前進した。多くの人を悩ますガンやリウマチといった病気から希少疾患に至るまで、画期的な治療法が生まれつつある。
同時に、製薬産業の形は劇的に変わった。新薬開発の担い手としてベンチャー企業が台頭するとともに、研究開発に力を入れる製薬会社と、主に製造工程を担うCMOやCDMOとの間で水平分業が広がった。
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こうした中で、日本の製薬会社は世界的に存在感を低下させた。日本発で世界に普及したバイオ医薬は限られているのが現状だ。
この窮状を打開していくには、日本の総力を結集させていく必要がある。製薬会社はベンチャーや異業種の企業、大学などとの連携を深める一方、政府は資金面も含めた大規模な支援に乗り出した。製薬会社71社が加入する日本製薬工業協会の岡田安史会長(エーザイ代表執行役COO)と、経済産業省商務・サービスグループの茂木正審議官が対談し、日本がとるべき戦略を議論した。
市場縮小の日本から離れゆく新薬。研究開発の空洞化も招く
――― 製薬業界の現状をどう見ていますか。
岡田 世界の医薬品市場は堅調に推移し、2021年は1兆4240億ドル(約200兆円)と、この5年間で約1.3倍、年平均で5.1%伸びました。この間の日本市場の成長率は年マイナス0.5%でした。社会保障費の伸びを抑えるという財政の制約によって、薬価(=薬の値段)を引き下げてきたためです。
国民にとっては、革新的な医薬品の恩恵を受けられない事態になっています。2020年までの直近5年間に欧米で承認された新薬243品目のうち、日本では176品目が未承認となっていて、その比率は上昇傾向にあります。製薬会社からすると、薬価が下がる日本市場に新薬を導入しようというインセンティブが落ちているのです。
日本市場が相対的に小さくなった結果として、国内の大手製薬会社は成長の源泉を海外に求めるようになりました。いわゆる海外ビッグファーマ(世界的な巨大製薬会社)は中国に研究所を構えていますが、ほぼすべての企業が日本から撤退しています。日本での研究開発に空洞化が起きているのです。
茂木 新型コロナウイルスのワクチンや治療薬の開発・生産を国内でほとんどできなかったことは、日本にとって大きなインパクトがある事象でした。国は有事に備えて、必要な機能は国内で構築していくことが安全保障上も非常に重要であることが明確になりました。
日本の医薬品市場は、世界で約2割のシェアを占める時期もありました。ただ、1990年代後半以降、バイオ医薬品へのシフトが遅れたことに加え、社会保障制度によって左右される中で、市場が拡大しなかったことが、製薬産業の競争力に響いていると私も認識しています。
ただ、製薬産業には、技術と知識と資金が必須です。本来、日本のような成熟した国に発展する基盤があるはずです。それが十分に発揮できていません。政府としても、国をあげてグローバルトップに引き上げようという大きな目標を持っています。
産業構造を早急に転換。ベンチャーとの連携が必須
――― 日本企業の創薬力はなぜ落ちたのでしょうか。
岡田 究極的にはイノベーションの評価の問題だと思います。画期的な新薬の実用化までには、10年以上の歳月と何千億円という費用がかかることがあります。新薬を開発しても、日本は特許期間中であっても薬価を引き下げるという他の先進国にない政策をとっている影響は大きいです。
バイオという技術の切り口が広がる中で、医薬品のもととなるシーズに関しては、欧米ではアカデミアや関連するベンチャーから生まれることがトレンドになりました。日本のアカデミアも一定の実力はありますが、ベンチャーが自然発生することもなければ、そのための仕掛け作りもなされませんでした。
茂木 日本には新薬のシーズがあっても、ビジネスとしてお金に変えていく仕組みが相対的に弱く、海外メーカーが持って行ってしまうということも起きています。
岡田 ビジネスモデルとして、研究開発から販売に至るバリューチェーンを一つの企業で行う「垂直統合型」から、複数の企業が各ステージを協働する「水平分業」への移行が進みました。日本の製薬会社は、低分子医薬での成功に引きずられ、こうした変化への対応が十分にできなかったという面があります。
茂木 水平分業は一つのポイントです。つまり、オープンイノベーションです。企業の中に存在していない技術や人材は外部から取り入れながら、スピード感をもって新しいものを生み出していくことがより求められるようになっています。
世界で勝てなければ、生き残れない…創薬ベンチャーエコシステム強化に本腰
――― 政府はどのような対策をとろうとしていますか。
茂木 日本発のイノベーションを生み、大きく育てるため、2021年度補正予算で始めたのが「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」です。2022年度第2次補正予算案には新たに3000億円を計上しました。
国(=日本医療研究開発機構、AMED)が創薬ベンチャーを支援する力のあるベンチャーキャピタル(VC)を認定したうえで、VCが出資する額の最大2倍まで創薬ベンチャーに補助金を出します。国の支援は足りないという批判があり、大きく踏み込みました。
製薬はグローバル市場で勝負しなければいけません。実用化に向けて海外で治験するための費用も支援の対象にしています。今回から、感染症に限定されていた創薬ベンチャーの対象領域も広げます。
岡田 大いに歓迎しています。科学技術は国の発展の礎であり、ライフサイエンス領域はそのど真ん中です。今や米国や欧州、あるいは中国をはじめ、国をあげた開発競争が行われており、日本も産業界だけではとても勝つことができないからです。
薬の実用化には、研究開発の技術者はもちろん、統計や知財の専門家も必要になります。日本でそうした人材をたくさん抱えているのは、私たち製薬会社です。VCとともに、創薬ベンチャーにしっかり伴走していくことにコミットしなければなりません。
茂木 製薬だけに限りませんが、バイオに関する人材や投資を世界から呼び込むための「グローバルバイオコミュニティ」を東京圏と関西圏に設けました。幅広い業種の企業やベンチャー、アカデミアの人材の交流が深まり、オープンイノベーションの役割を果たすことを期待しています。
岡田 国内の製薬会社は、日本市場を守っていれば存続できる環境にはありません。グローバル展開を進めるとともに、DX企業と連携し、予知・予防の領域にもより積極的に関わるなど、従来のビジネスモデルから一歩も二歩も外に踏み出していかなければならない転換期にいます。もう、世界で勝てる製薬企業しか生き残れないと思っています。
国が必要な予算を講じることももちろん大事です。そのうえで、国にお願いしたいのは、製薬産業に国として何を求めているのかという明確なステートメントを出していただきたいというのが正直なところです。
茂木 創薬ベンチャーエコシステム強化事業も活用し、一緒に日本の創薬を復活させていきたいです。製薬業界には夢があることを見せ、若い人たちがどんどん集まってくる環境を作っていかないといけません。創薬のエコシステムが大きく変わっていくきっかけにしていきましょう。
【関連情報】
創薬ベンチャーエコシステム強化事業(日本医療研究開発機構)
※本特集はこれで終わりです。次回は「2023年日本開催G7 3つの経済テーマで先読み」を特集します。