政策特集激戦バイオ~新たな産業革命~ vol.4

「製薬大国」復活へ。日本はバイオで逆襲する

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CDMOビジネスが急拡大している富士フイルムのデンマークにある製造拠点

国内で新型コロナウイルスのワクチン接種が始まったのは、2021年2月のこと。

従来、ワクチン開発には早くても10年近くかかるとされてきたが、今回は1年以下に短縮された。バイオテクノロジーの急速な進歩で、mRNAワクチンやウイルスベクターワクチン(※)といった新しいタイプのワクチンを開発し、生産することが可能になったことが背景にある。

ただし、日本はワクチンの大部分を海外からの輸入に頼った。製薬大国と言われたのは、今や昔。バイオ医薬品の開発競争で遅れを取っていることが、国民の目にも明らかになった。

一方で、日本企業による巻き返しの動きも始まっている。要となるのが、持ち前のモノづくりの技術と、企業同士の連携だ。

(※)mRNAワクチンとウイルスベクターワクチン・・・前者は、細胞に特定のたんぱく質を作らせる物質mRNA(メッセンジャーRNA)を体外で人工的に合成し、投与する。後者は、弱毒化したウイルスを運び屋(ベクター)として活用し、特定のウイルスの遺伝情報を体内に送る。新型コロナのワクチンでは、米ファイザーや米モデルナはmRNA、英アストラゼネカがウイルスベクターだった。

製薬会社のパートナー「CDMO」が急拡大。日本企業が狙える一大市場

バイオ医薬品は、製薬会社にとってはすでに競争の主戦場となっている。高付加価値品が多く、開発に成功すれば、大きな利益が期待できる。英調査会社エバリュエートによると、医薬品市場でバイオ医薬品が占める割合は、2014年の24%から2021年には38%になり、今後も上昇が見込まれている 。

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バイオ医薬品の比率は年々高まっている

医薬品市場では、バイオ医薬の存在感が高まっている。ただ、製品の実用化までの難しさは増している。創薬の成功確率はこれまでの主流の低分子医薬品でも3万分の1とも言われるが、それすら下回る。化学合成による低分子医薬品とは異なり、バイオ医薬品の製造には、細胞培養や遺伝子組換えといった高度なバイオテクノロジーや、それらに対応した設備が求められる。研究開発に資源を集中する製薬会社や創薬ベンチャーと「水平分業」する形で、医薬品の製造工程を幅広く担うCDMO (Contract Development and Manufacturing Organization、医薬品開発製造受託機関)の存在感が高まっている。

CDMOは、すでに承認された医薬品の製造を受託するだけではない。有効成分となる原薬を効率的に生産するためのプロセスを開発したり、投与に適した薬の形に加工する製剤化を行ったり、あるいは治験薬の製造を引き受けることもある。製薬会社にとってなくてはならないパートナーと言える。

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バイオ医薬品業界では水平分業が進み、CDMOビジネスと呼ばれる業態が伸びている

日本企業でCDMOビジネスにいち早く目を付けたのが富士フイルムだ。2011年に米メルクの子会社を買収して参入して以降、欧米で積極的なM&Aや設備投資を展開。CDMO事業の売上高は、2020年度に1000億円を突破し、「2024年度の売上高2000億円超、その後も年率20%成長」という目標を掲げる。今年6月には約2000億円の大型投資を決め、製造能力ではスイス・ロンザなどの世界トップ企業に匹敵する規模となる。

富士フイルムの強みは、高い生産性にある。それを支えているのが、遺伝子解析技術やエンジニアリング技術、AIなどの知見に加えて、日本企業ならではの細かなすり合わせのノウハウだという。石川隆利副社長は「私たちが相手にしているのは細胞という生き物。昨日と今日とで活性度が違うことはよくあるし、どのような培地(生育に必要な栄養分)を好むかなど、理屈では分からないことがまだまだ多く、経験の積み重ねが重要になる」と語る。

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「CDMOビジネスでは日本企業の強みを発揮できる」と語る富士フイルムの石川隆利副社長

開発と製造を分離する水平分業で先行した半導体業界では、CDMOビジネスに似たファウンドリー(受託製造)業態が広がり、世界的な寡占が進む中で、日本勢は劣勢に追い込まれた。半導体は性能の評価がしやすく、大型の設備投資によって安いコストを実現できるかどうかが勝負の決め手になった。これに対し、バイオ医薬は製造工程が複雑なうえ、治療薬の種類が多く、一つの企業で全てに対応するのは難しい。事業規模が比較的小さくても、技術力を生かせば活躍できる余地があるとみて、日本企業の参入が近年、相次いでいる。

ワクチン国産化へ国が強化策。創薬ベンチャーへの集中投資も

成長著しいCDMOビジネスでも悩ましい分野が、ワクチンである。
新型コロナでも見られたように、ワクチンの開発あるいは供給は、国の政策と一体になりがちだ。需要の変動も激しく、抗体医薬品などの他のバイオ医薬品と比べて、市場の先行きを見通しにくい。

富士フイルムは今年10月、国内初のCDMO拠点を富山市に新設することを決定し、2026年度に稼働させる予定だ。普段は抗体医薬品などを製造し、いざパンデミックとなれば感染症ワクチンの生産に切り替える「デュアルユース」の設備を導入する。ワクチン国産化という高い公共性に加え、経済産業省が推進する「ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業」に採択されたことが後押しとなった。

この事業では、富士フイルムを含め17件、約2265億円が選ばれている。海外でも政府が建設したワクチン製造施設を民間に払い下げるなどの事例はあり、「日本が遅れを取り戻すには国の関与が不可欠だった」(石川副社長)という。

CDMO拠点が増えることで、新たなバイオ医薬品の実用化に向け、国内の製薬会社などとの協業が深まることが期待される。特に重みを増すのが、創薬を手がけるベンチャーとの関係強化だ。

現在、世界で創薬に成功した品目の約8割がベンチャーによって生み出されているといわれる。新型コロナのワクチンを開発した米モデルナも2010年に創業した若い企業だが、米政府による大規模な製品購入や資金支援によって、急成長した。石川副社長は「ベンチャー支援も従来のように広く薄くではなく、有望な技術を持っているところに集中投資させることが大切になっている」と指摘する。

再生医療の産業化へ、世界に打ち勝つ「異業種がスクラム」

もっとも、バイオ医薬で成功するには、製薬会社や創薬ベンチャー、あるいはCDMOだけが頑張ればいいというわけでもない。

医薬品・医療機器産業を活性化するための国際戦略総合特区に指定されている川崎市殿町地区。ここに拠点を構える企業と神奈川県、そして、研究開発型ベンチャーをサポートするため官民で設立したケイエスピーが中心となり、「かながわ再生・細胞医療産業化ネットワーク」(Regenerative medicine & cell therapy Industrialization Network of Kanagawa、RINK)が2016年に発足し、再生医療の産業化を目指して、幅広い企業・団体が連携を深めている。

再生医療では、人体から取り出した細胞を増やし、皮膚や血管といった組織や臓器にして、体に移植することなどが行われる。iPS細胞(人工多能性幹細胞)を利用する方法では、日本の研究レベルは高いものの、一般医療として広く利用されるには至っていない。これ以外にも様々な方法が提唱されていて、グローバルな展開では日本企業は後手に回っている。

現在、RINKの会員は、150者あまり。製薬会社やCDMOは当然のことながら、細胞を培養する培地や装置を提供する企業、細胞の運搬を担う輸送会社、様々な物質の性能を評価・分析する研究機関、データを解析するIT企業、ベンチャーキャピタルや銀行、特許事務所、大学、自治体もいる。

RINKの主な会員 製薬 武田薬品工業、ロート製薬、キリンホールディングス(協和キリン) 製造・加工 タカラバイオ、大阪サニタリー、リプロセル、セルソース ベンチャー メトセラ、サイフューズ、遺伝子治療研究所、セルファイバ 培地・試薬 富士フイルム和光純薬、味の素、コージンバイオ 輸送・保管 ヤマト運輸、岩谷産業、セルート、柴又運輸、椿本チエイン 評価・分析 実験動物中央研究所、東レリサーチセンター 商社 池田理化、バイオテック・ラボ、関東化学、KISCO 機器・装置 ソニー、リコー、島津製作所、住友ベークライト、日本精工 金融機関 三井住友銀行、第一生命ホールディングス、横浜キャピタル 大学 慶応大学 行政 神奈川県

RINKでは、会員の関心に沿ってサロンと称した勉強会が開かれている。細胞の評価方法や輸送・製造について異業種の企業が集まり、問題点などを話し合っている。年1回のフェスティバルでは、専門家を集めた多数のトークセッションを行うとともに、会員同士が交流を深めている。

RINK バイオ 医薬 再生医療 ワクチントークセッション

RINKのフェスティバルで開かれたトークセッション

成果は実りつつある。RINKがきっかけとなって、複数の企業による共同開発が始まったり、事業会社とベンチャー企業が資本提携を結んだりするケースが出ている。

RINK事務局の原田憲一氏は「イノベーションが生まれやすいように、会社の規模や業種にかかわらず、参加する人たちがフラットな関係を結べるようにすることを大切にしている。再生医療は日本が世界で勝てる分野であり、細胞の加工・培養・保管・輸送というプロセスのバリューチェーンをここで構築していきたい」と話している。

バイオ 再生医療 ワクチン 実用化 RINK事務局 原田憲一氏

「再生医療の実用化に資することは何でもやるのです」と語るRINK事務局の原田憲一氏