量子コンピュータ、その凄さをイチから知っておこう
次世代を担うとされる技術の中でも、世界中でひときわ関心が高まっているのが、量子コンピュータだ。従来のコンピュータと比べて文字通り桁違いの計算能力を持ち、新材料の開発、AI(人工知能)での利用、物流の抜本的な改善、エネルギーの最適化、金融への応用など幅広い場面での活用が見込まれ、社会・経済を抜本的に変えるポテンシャルが高いとみられている。
1980年代から量子コンピュータの構想は提唱されてきたが、実現までの道のりは遠いと考えられてきた。しかし、ここに来て、名だたる大手企業からスタートアップ企業、あるいは大学や政府機関などによる研究が大きな進展を見せている。性能の向上に伴い、量子コンピュータを社会問題の解決に実際に使おうという動きも勢いづいている。
日本では、政府が4月、量子コンピュータを含む量子技術により目指すべき未来社会像とその実現に向けた戦略「量子未来社会ビジョン」をまとめた。普及に向けた課題は山積しているが、だからこそ、その克服は大きな価値を生むとともに、ビジネスチャンスにもなる。意外と身近なところまでやってきた量子コンピュータの実像をお届けする。
まずは、量子コンピュータの基礎知識を押さえておきたい。
フツーの物理法則は通用しない、量子の不思議な世界
モノをどんどん細かく分解していくと、原子、さらには、それを形作る電子や中性子、陽子などの要素になる。このような物理量の最小単位である「量子」と呼ばれるナノサイズ(1mの10億分の1、つまり0.000000001m)以下の世界では、一般的な物理法則とは異なる法則が働いている。
例えば、量子はモノである粒子として直進・反射すると同時に、波のように干渉するという二重性をもつ。量子の存在は確率論的であり、1つの状態ではなく、複数の状態の「重ね合わせ」として表現される。また、空間的に離れた量子同士が互いに影響を及ぼし合うことも知られている。
こうした量子力学の原理を使った「量子技術」の応用が期待されているのは、量子コンピュータだけではない。情報を量子に乗せて送受信する「量子通信」や、解読が不可能とされる「量子暗号」、超精密な加工ができる「量子ビーム」、さまざまな物理量を高精度で測る「量子計測・センシング」などの研究が進められている。
量子コンピュータは2方式 スタートアップ企業も活躍
さて、量子コンピュータの仕組みはどうなっているのだろうか。
従来のコンピュータでは、ビットと呼ばれる計算の最小単位では、2進法に基づき、「0」か「1」のいずれかを表現する。これに対し、量子コンピュータでは、「重ね合わせ」の原理を用いることで、1ビットで「0」と「1」の両方を表現できる。
仮に3ビットを用いた場合、従来型では「000」から「111」までの8通りの情報を示すが、このうち一度に扱えるのは1通りしかない。これに対し、量子コンピュータでは8通りの情報を同時に扱える。50ビットともなれば、扱う情報は1000兆個以上になる。これが圧倒的な速度の計算処理の源泉となる。
量子コンピュータは大きく2つの方式に区分される。
アニーリング方式は、膨大な選択肢の中から最適な答えを探す「組み合わせ最適化問題」に用途を特化している。D-Wave Systemというカナダの新興企業が2011年に世界初の商用機を発表し、現行機は5000量子ビットを搭載するなど、開発は先行している。都市での渋滞解消や宿泊予約サイトでの表示精度向上など、実用に向けた動きが広がっている。
東京工業大学の西森秀稔特任教授の理論を基に開発が進められたこともあり、日本企業でも量子コンピュータ研究の中心に据えられることが多かった。
もう1つがゲート方式だ。従来のコンピュータと同じようにあらゆる計算が実行可能になるとされている。ただ、現在最大とされる米IBMの最新機のビット数でも127であり、実際に社会で役立つようになるには、多くの技術上のブレイクスルーが必要とされている。
ただ、研究の成果は着実にあがりつつあり、超電導量子ゲート方式で、米IBMは2025年までに4000量子ビット、米Rigettiも2027年以降に4000量子ビット、米グーグルは2029年に100万量子ビットの量子コンピュータを開発する目標を発表している。量子コンピュータの「本命」との見方は強い。
両方式では用いるアルゴリズムは違うが、稼働するには超低温環境が必要である可能性が高いなど、共通の要素もある。コンピュータとしての完成度を高めていくためには、今後さまざまな技術が求められるが、未成熟な分野も多く、参入の余地は大きい。国内でもソフトウェアやアプリケーションの開発を中心に、海外の主要企業と連携して、サービスを展開するスタートアップ企業も出始めている。^
100兆円超の価値を創出 世界中がしのぎを削る時代
米ボストンコンサルタントグループは2021年、量子コンピュータが15~30年以内に最大8,500億ドル(約110兆円)の価値を生むとの予測を発表した。そのうち量子コンピュータ産業が約2割、量子コンピュータを利用したユーザーサービス産業が8割を占めるようになると見通している。
量子コンピュータの開発は、国の経済力に直結するだけではない。防衛やセキュリティなどにも密接に関わるだけに、国の安全保障にも大きな影響を与えうる。米国や欧州、中国なども重要分野に位置づけて、集中的に予算を配分する姿勢を示している。日本は独自の技術力を磨く一方で、国際的な連携をどのように構築していくかも問われる。
次回以降、日本の現状や、将来の市場開拓に向けた動きなどを紹介していく。