政策特集10年先の会社を考えよう vol.7

サプライチェーンを守れ

M&Aも事業承継の選択肢に


 事業所ベースで日本企業の99.7%が中小企業である。新たに創業する企業があれば、廃業していく企業もあることで、新陳代謝が進んでいく。しかし最近では、業績は悪くないにもかかわらず、後継者がいないがために消えてしまう企業が増えている。自動車業界に代表されるように、わが国のモノづくりは巨大企業から社員数人の零細企業まで多くの企業が機能を分担することで競争力を高めてきた。そんなサプライチェーンが歯抜けになってしまわないよう、事業承継の新たな取り組みが始まっている。

買収企業をグループ化

 「プロ経営者を育て、戦力にすることが我々のノウハウ。従業員や社外の人材といった親族外承継がこの10年で6割を超えている。そうすると、われわれのような事業承継の”器”が必要性だ」と話すのは、セレンディップ・コンサルティング(名古屋市中区)の高村徳康会長だ。同社は後継者不在に陥った中小製造業の株式を取得し、“プロ経営者”を送り込む。株式の長期保有を前提とし、最近では自社グループの傘下に収めることを出口戦略にするという、一般的な投資ファンドとは一線を画す。代表的なところでは自動車用精密部品の佐藤工業(愛知県あま市)や天竜精機(長野県駒ヶ根市)を全額出資子会社として傘下に持つ。今後も年に2~3社ずつ買収する計画で、「共同開発や海外展開、技術者交流などを進め、ティア1(1次下請け)企業に成長させる」と意気込む。

 高村会長によると、経営難に陥りやすい企業は「CEO(最高経営責任者)が役割を果たせていないことが大半」と語る。このため買収先では、前経営者、新社長、会計責任者、幹部候補者などでタッグを組み、経営改革に向けた100日間の行動計画(アクションプラン)を作成。課題を300項目程度洗い出し、派遣した新社長から毎週のように進捗を報告してもらうという。その改革手法に「奇抜なものはない」(高村会長)。基本的に人員削減はしない。むしろ設備投資を増やし、採用、賃金などの計画を作りながら、地道な活動で安定成長に向けた道筋を付ける。

 その経営改革の中心となる新社長の選定、育成が、セレンディップのノウハウだ。社長候補の選定時に重視するのは、営業経験とPL(損益計算書)の責任。新社長を外部から送り込むと、どうしても過去の自らの経験をもとに、最初から「成長戦略ありき」で臨もうとする。同社では1円単位でのコスト削減など、まず社内の意識改革に重点を置き、成長戦略はその後。「1―2年かけてセレンディップが新社長を伴奏支援する」(高村会長)と、息の長い再建を目指す。

系列超えた買収も

 同業が買収することでサプライチェーンを維持する例もある。自動車用のボルトやナットを主力とするメイドー(愛知県豊田市)は2016年春、ホンダを主要取引先とする歯車メーカーの日下歯車製作所(愛知県豊田市)を買収した。メイドーは売上高の約8割をトヨタ自動車グループ向けが占めるため、系列を越えた企業買収となった格好だ。日下歯車は黒字体質だった、後継者候補がいないという事業承継の課題に直面していた。メイドーにとっては、日下歯車の買収で歯車技術の獲得に加え、顧客開拓も狙える。

買収された日下歯車製作所の工場

 変速機部品などを手がける曙工業(愛知県安城市)も2016年6月、工作機械向けの部品加工を担う澤田製作所(岐阜県各務原市)を買収した。澤田製作所は複数の門型マシニングセンター(MC)を保有し、工作機械のフレーム部品などを作っているが、同じく後継者問題を抱えていた。曙工業は主力の自動車向け部品の生産能力の増強に加えて、澤田の強みである大型部品の加工能力も獲得し、事業基盤を強化している。

“街のでんきやさん”に高齢化の波

 欲しいときに、欲しいものを消費者に提供し、売れ残りを抱えないことが製造業の基本。モノづくりや物流改革だけでなく、常日頃から消費者と接している販売店やディーラー、整備工場がサプライチェーン戦略に与える影響も大きい。実は今、“街のでんきやさん”として地元に密着してきた家電販売網にひたひたと高齢化の波が押し寄せている。その対策に本腰を入れているのが、国内最大の販売網を持つパナソニックだ。

 パナソニックと商品取り扱い契約を交わした系列店「パナソニックショップ」。創業者の松下幸之助が自社製品拡販のために組織化した「ナショナルショップ」(通称)を前身とし、パナソニックにとっては現在でも系列店経由の販売額は国内家電部門の2割弱を占める大きな存在だ。パナソニック関係者は祖業のDNAを持つ系列店を「ブランド体現者」と呼ぶ。

 ところが経営者の平均年齢は63歳に達し、今後5~10年で多くの経営者が引退時期に差し掛かる。パナソニックが定常的に取引のある系列店8000~1万店を調べたところ、約3割の2563人の経営者が商圏引き継ぎ意向を示した。

今後も超高齢社会のインフラ

 これまでテレビや冷蔵庫、洗濯機、照明、キッチン、バス、トイレなど家庭内の困りごとを長年解決してきた“街のでんきやさん”。メーカーにとっては消費者ニーズを探るアンテナであり、今後も超高齢社会で買い物難民を助ける社会インフラでもある。

 ただ、幸いなことに、商圏引き継ぎ意向を上回る3497人の経営者が商圏引き受け、つまり事業承継を希望していることも分かった。

 そこでパナソニックは、事業承継コンサルティング(東京都中央区)と組み、他店や従業員、親族など事業承継のタイプ別に「準備」「手順」「実行」までの流れを支援するマニュアルを策定。全国6ブロックで後継者マッチングを実施すると同時に、各店舗の強みに合わせた成長戦略策定を手助けし、5年がかりで円滑な事業承継を実現することにした。

 サプライチェーンの維持、発展に中小・小規模事業者は欠かせない。自動車業界や電機業界に限らず、産業ピラミッドの頂点に立つ親事業者がしっかり目配りしなければ、「鎖」が突然、プッツリ切れてしまうかもしれない。大企業に勤める従業員にとっても他人事ではない。超高齢社会を迎えた今、事業承継を社会課題として捉え、あらゆるステークホルダーが解決に動きだすことが欠かせない。