政策特集健康大国ニッポン vol.7
イノベーションは現場から生まれる
改革の旗手が語る医療・介護の未来
2019年1月末。医療や介護分野での活躍が期待される新進気鋭の経営者らが一堂に会した。経済産業省主催の「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト」。4回目となる今回、ビジネスコンテスト部門でグランプリを獲得したのは、調剤薬局の薬剤師向け服薬指導支援ツールを提供する「KAKEHASHI(カケハシ)」。大手製薬メーカーでMR(医療情報担当者)として活躍していた中尾豊さんが抱いた「患者さんに寄り添った医療サービスを実現できないか」との問題意識が起業の原点にある。
長い待ち時間の末に診察や服薬指導はたったの数分。医療現場でよくある光景だ。
薬を受け取るだけでない新たな価値
着目したのは、患者との対面機会が年間8億回にも上る薬局だ。「かかりつけ薬剤師」の推奨など薬局との接点を生かす動きがあるものの、薬剤師は業務時間の多くを処方履歴の記録に費やされ、患者と接する余裕がなく、コミュニケーションの材料も持ち合わせていないのが実情だ。そこで開発したのが服薬指導と薬歴記録を同時に行えるツール「Musubi」。薬局側は業務効率化による働き方改革や経営改善につながる利点がある一方、患者側は年齢や疾患、薬歴情報などを基に生活面にまで踏み込んだ助言を薬剤師から受けることができる。薬を受け取るだけではない付加価値を提供することで、生活習慣病の重症化や残薬の削減につなげ、ひいては医療費の適正化につながる効果が期待される。
サービス開始から1年半あまり。1万店から問い合わせがあり、全国的に導入が広がっているという。「将来は医療機関同士の情報連携にもつなげていきたい」。代表取締役CEO(最高経営責任者)の中尾豊さんはこう語る。ITを駆使することで、効率的かつ、よりよい医療を実現する「架け橋」に-。社名にはそんな思いが込められている。
排泄ケアを起点に生活の質向上
2017年の同コンテストで、グランプリを獲得したトリプル・ダブリュー・ジャパン。排泄(はいせつ)に悩みを抱える人や介護に携わる人に朗報をもたらした世界初の機器開発から2年あまり。社会的なニーズの大きさを裏付けるかのように、めざましい事業成長を遂げている。
下腹部に装着した超音波センサーで膀胱の変化を捉えることで、尿の溜まり具合を検知し排泄のタイミングを予測。スマートフォンなどに通知する機能を備えたウェアラブルデバイス「DFree(ディー・フリー)」を手がける同社。まずは介護現場におけるQOL(クオリティーオブライフ、生活の質)の向上、ケア業務の効率化につながる法人向けサービスとして提供を始め、これまでに国内約200カ所の介護施設に導入されているほか、欧米をはじめ海外展開にも乗り出している。
自立した日常生活を送る上で、排泄は大きな問題だ。尿失禁のある高齢者は転倒リスクが高まるといったデータもある。ディー・フリーは、徘徊に伴う転倒の減少や排泄の自立度改善にも役立っているという。2018年7月には、日常生活における個人利用を想定した一般販売も開始。同年3月には家電量販店にも販路を広げた。「排泄ケアを起点にQOL向上に貢献したい」(中西敦士代表取締役)との思いが具現化しつつある。
起業当初は、排便予測を目指していたが、製品化のスピードを重視し、まずは排尿で悩む人向けの技術開発を優先させた。2020年には満を持して、排便予測の新製品発売を目指している。
社会保障費の増大、生活習慣病や認知症患者の増加、介護施設や人材の不足といったさまざまな課題に直面する日本。一方で「課題先進国」は大きな可能性を秘めている。医療や介護分野に豊富なデータやノウハウが蓄積され、イノベーションのチャンスが生まれるからだ。変革の担い手たちは一様にこう語る。
「だからこそ、国内でしか通用しない形ではなく、ヘルスケアを国際競争力のある産業に育てていく施策を期待します。僕らの技術やサービスが合理的なルールの下で適正に評価され、ニーズのあるところにいち早く社会実装できるー。そんな未来を待ち望みます」。