サステナビリティ(持続可能性)には多様化が不可欠
ESGなど企業投資も長期的視点へ
企業を評価する軸が、短期間の業績だけでなく、長期的な持続可能性や存在意義を問う方向にも広がりつつある。この数年、注目されているのがESG(環境、社会、企業統治)投資で、日本でもGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が運用の投資基準として重視し始めた。コモンズ投信の渋澤健会長は「企業には財務的な見える価値と非財務的な見えない価値がある。また、過去を引きずったままの組織だと、新しい価値に気づかない。ダイバーシティ経営とは枠の外からの視点を取り組むことであり、持続的な価値創造という成長のタネを気づかせてくれる」と強調する。
2050年を見据える大手各社
リコー、富士通、パナソニック、コニカミノルタ、積水ハウスといった、さまざまな業種の大手企業が、相次いで2050年までの環境ビジョンを発表した。30年以上も先という、極めて長期の目標ということだけでなく、事業活動にともない発生する二酸化炭素(CO2)を実質ゼロに引き下げようという野心的な目標が目立つ。
たとえばNEC。7月7日、50年までに排出ゼロを目指すビジョンを発表し、その会見でNECの大嶽充弘執行役員常務は「50年の社会を議論する場が増えている」と、超長期目標を設定した理由を語った。その「議論の場」とは、企業の外側である社会からもたらされている。代表的なのが、国際社会が2015年末に合意した「パリ協定」だ。今世紀後半に温室効果ガスの排出実質ゼロを目指しており、企業に対しても排出ゼロが望まれる時代がいずれ到来することは容易にイメージできる。
大嶽執行役員常務は「環境問題の解決には時間がかかる。長期で考えないと会社も社会も変えられない」と指摘する。将来、「化石資源を思うように使えない」などの制約が現実になった時に慌てて対応したのでは手遅れ。そもそも3年先の短期目標だと、社員は将来の危機に対してピンと来ないし、備えようとも思いにくい。社員の視線を将来に向けさせ、制約を先取りした変化を今のうちに起こそうと、超長期ビジョンを作ったという。
環境、社会、統治が投資の潮流に
長期的視点で将来を考えなければならないのは、環境問題だけに限らない。国連はSDGs(持続可能な開発目標)で、2030年のあるべき世界像を描いており、金融業界は統合報告書で将来の成長戦略を描くように企業に求めている。
そして今、ESG投資が大きな潮流となってきた。Environment(環境)、Social(社会)、Governance(統治)の頭文字は、企業の活動から見ると、それぞれ環境問題への取り組み、CSR、コーポレートガバナンスが当てはまる。ただし、実際はもっと広く、深い。「E」ならCO2の削減目標、環境規制に違反するリスク、「S」なら人的資源の活用、サプライチェーンの労働環境、「G」なら取締役の構成、役員報酬などさまざまな項目で構成される。環境の長期ビジョンは当然、Eの一つとなる。
ESGが注目される背景には、短期利益を追求した結果、企業が不正を犯し、株価が急落して投資家も損失を被る事例が今も少なくないことがある。ESGがしっかりとした企業は不正を犯す恐れが少ないと期待できるし、将来の環境規制に対応でき、持続的に成長する力を備えていると評価できるというわけだ。そのため決算や有価証券報告書の「財務情報」だけでなく、ESG基準も、投資家が投資判断の基準に位置付けるようになってきた。実際、欧米の年金基金を中心にESG投資は盛んになっている。国連の責任投資原則(PRI)への署名数も年々増加している。
2016年のESG投資残高は22兆ドル
国際団体であるGSIAのレポート「Global Sustainable Investment Review」によると、2016年の世界のESG投資残高は22兆ドル。日本は4740億ドルとまだまだ少ないが、2014年比では67倍と急成長している。世界最大の機関投資家である日本のGPIFが2015年秋、ESG重視を表明したことが大きく影響している。年金基金にとってESG投資は「長期間、安定配当してくれる企業への投資」という位置付け。逆に言えば「企業を長く応援する投資」でもある。企業にとっても長期の応援はありがたい。足元の業績に左右されず、腰を据えた事業戦略を進められるからだ。長期にわたって研究開発を続け、将来の社会課題解決に貢献できる事業を育てることも可能となる。長期投資を提唱するコモンズ投信の渋澤会長も、「長期的な投資と企業は対立しない」と話す。
渋澤氏はESG投資が台頭した理由として、サステナビリティが常に問われる世界になったことを挙げる。そして「ESGは対話のツールになると思っている」とも話す。渋澤氏は投資先と意見交換会をスタートしており、2017年3月に開いた「企業価値研究会」ではSDGsがテーマだった。また、7月には健康経営をテーマにし、人事、IR、CSR、経営企画が同じ場で議論。「企業同士で学び、悩みを共有する場となっている。同じ会社の中でも見えない価値に気づけたのでは」と、ESGの視点が企業経営にもプラスに働いていると評価する。
ダイバーシティそのものも、ESGの重要な要素である。男性中心の意思決定に女性が加わるだけでも、「枠の外」からの視点が生まれる。さらにさまざまな属性や背景を持った多様な人材が加わることで社会課題との接点ができれば、新規事業のヒントがもたされる。GPIFのESGインデックスには、MSCI日本株女性活躍指数が追加され、金融機関も投資の面からダイバーシティを評価する環境が整いつつある。
渋沢栄一の玄孫である渋澤健氏は、『論語と算盤』になぞらえ、「論語」と「算盤」といった「かけ離れたもの」を一致させることが富の永続へとつながると、先祖の言葉を復元する。「ESG」と「財務情報」も、一見すると違うものを並べたようだが、「社会課題の解決が企業の持続可能な成長に深く関わるようになっている。中長期的な財務価値を上げてほしいからESGが大事」(渋澤氏)と、いまや双方は切り離せない関係だ。ESGは経営の中核テーマとなっている。
※キーワード
【GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)】
厚生年金と国民年金の積立金を管理、運用している。収益は国庫に納付し、両年金事業の運営の安定に資することを目的とする。厚生労働省所管の独立行政法人。
【SDGs(持続可能な開発目標)】
2015年9月に国連で開催された国連持続可能な開発サミットでの成果文書「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」で掲げられた目標。17の目標と169のターゲットからなる。
【国連責任投資原則(PRI)】
2006年4月に国連のアナン事務総長(当時)が公表したイニシアティブ。機関投資家に投資への意思決定にESGを考慮することを求めている。
【MSCI日本株女性活躍指数】
世界の機関投資家などに金融情報を提供するMSCI(米国)が性別多様性に優れた企業を対象に構築。性別多様性が推進されている企業は、将来の労働人口減少に適応できるため、長期的に持続的な収益を提供する。
https://www.msci.com/msci-japan-empowering-women-index-jp