中小企業こそダイバーシティ!
すでに多様な人材が活躍中
ダイバーシティ経営は決して大企業だけの問題ではない。むしろ中小企業だからこそ、多様な人材を受け入れなければ、今後の成長は覚束ない。それに、現実の変化にいち早く対応するだけの小回りの良さも備えている。実際、先進的な中小企業では、女性や子育て世代、外国人などがすでに第一線で活躍している。
建設業界で女性職人を育成
現在の社員数は34人。今年入社が7人で昨年は5人。男性社会の典型である建設業界にあって、女性社員は10人を数える。その全員が職人だ。来春に向けてさらに10人の採用を計画するが、すでに「6人内定した。毎月のように入社希望者がやってくる」とKMユナイテッド(京都市下京区)の竹延幸雄社長は話す。
KMユナイテッドが手がけるのは塗装業。人手不足に悩む建設業界だが、塗装工事業界とて例外ではない。腕の良い職人がこのまま年齢を重ねていくと、技能が継承できない。大阪の塗装業界の老舗である竹延(大阪市都島区)が2013年にKMユナイテッドを設立したのも、そのような問題意識からだった。
ではKMユナイテッドは何を行ったのか。「特別なことをしたのではなく、女性をそのまま受け入れただけ。現場に女性用のトイレや更衣室がなければ、お願いしてまわった。相手はお客さんだから大変だったけど、社会が解決するのを待っていては駄目。自分から動かないと」と竹延社長は振り返る。塗装業界は典型的な建設土木の世界で、当然ながら男性中心。しかしやる気のある人材は男性とは限らない。ダイバーシティは、生き残るためには必然だった。
「男ばっかりの職場では頭が固まってしまう。昔からこうだったとか、新しい改善が何もできなくなる。そこに女性が入ってくることで触媒になり、われわれも変わることができる」と竹延社長は指摘する。実際、同社では有機溶剤に女性職人が不安を感じたことをきっかけに全面的に水性塗料に転換し、スプレー機械の導入にも踏み切った。「当時は水性塗料を100%使いこなせる会社はほかに無かった」(竹延社長)。女性職人の声をいち早く取り入れたことで、結果的に業界の先頭を走ることになった。
女性を含め若者が多く入社したことで、70歳を超えるベテラン職人の目も輝きだした。もう現場に出るのは体力的に厳しくても、若手の指導はまだまだできる。同社は社外の研修施設も活用し、徹底的に職人の育成に力を入れる。「職人育成がわれわれのビジネスモデル。地域や業種の枠を超えて、ビジネスチャンスが大きい」と竹延社長。現在は永住外国人であるフィリピン人の職人も働き、今後はベトナム人などの採用も検討している。「5年後には海外にもKMユナイテッドを立ち上げたい」と意気込む。
日本茶の需要創造がテーマ
出産退職していた元社員。「専業主婦は自由になるお金もない。スーパーのパートで働こうかしら」。子どもの予防接種のついでに立ち寄った時のそんな一言が、吉村(東京都品川区)のダイバーシティ経営の第一歩となった。ちょうど橋本久美子社長がワークライフバランス経営に興味を抱いていたタイミング。「あなたに合わせて制度を作るから」と説き、企画出身のその女性は復職。10年前のことである。
吉村は日本茶の食品包装資材を手がける。フィルム印刷から、何層もの貼り合わせ、ラミネート加工、スリット加工、製袋、後加工まで一貫して生産し、日本茶のパッケージメーカーとしては最大手だ。ただ茶の消費量は低迷。「1世帯当たりのコーヒー消費量は1万1000円だけど、日本茶は茶葉(リーフ)、ティーバッグ、粉末いろいろ合わせても4000円。需要創造がテーマです」と橋本社長は危機感を募らせる。
「お茶を中心に和食のプラットフォームを目指したい」(橋本社長)と、同社では茶袋のほかにも、さまざまな製品を日本茶業界向けに展開。そのためには業界に先んじ、次々とアイデアを打ち出していかなければならない。だから「せっかく成長しても出産で辞めてしまう」(同)女性社員に、いかに働き続けてもらうかは、経営問題そのものだった。
もっとも同社の女性活用が順風満帆に進んだわけではない。復職した女性の多くが時短勤務で補助的な仕事に従事したが、社内では不満が募り、業績の向上にもつながらない。そんな状況を打破したのが、やはり、ある女性社員の行動だった。
5年前、出産から復帰したばかりの企画部の社員が「補助的な仕事は嫌」と3カ月でフルタイムに戻った。ちょうど企画のトップに就いた男性が打ち出した、「企画は時間給でやるものではない。良い商品を開発できたかどうかで評価すればいい」という方針にも合致。この女性社員が和風トッピングのチョコレート「粋町しょこら」を商品化するなど活躍したこともあって、子育て中でも多くの女性がフルタイム勤務を希望するようになった。
ただ橋本社長はダイバーシティは女性だけではないと強調する。同社は定年した社員を対象とした派遣会社を設立。本人が希望する勤務形態で、もとの職場で長く働けるようにしている。また特別支援学校と交流を深め、障害者雇用にも力を入れる。適性にあった仕事であれば、健常者より力を発揮することもあるという。「経営は変化の中で成果を出すこと。違う価値観や流儀の人が集まった方が、世の中の当たり前とは違うアイデアが生まれ、会社の次の一歩を踏み出す力になる」と橋本社長は言い切る。
グローバル人材に難民受け入れ
東京・高尾山の緑に囲まれた栄鋳造所(東京都八王子市)は、砂型を使った鋳造で半導体関係や医療機器関係向けに受注生産を行っている。「Vプロセス」という、硬化剤を使わず砂型を真空にする工法で、コスト削減や製品精度を高めることに成功している。
同社は2012年より難民の雇用を開始した。その背景には2008年のリーマンショックを機に海外進出を迫られたこと、社内の高齢化により多様な人材が不足していたことへの危機感があった。
先代が急逝し、若くして家業を継いだ鈴木隆史社長は状況を打開するためにASEAN、欧米の視察を重ねた。そんな時に訪れたシリコンバレーで、中国や韓国の企業が2年先まで仕事が埋まっていると知り愕然とした。これからグローバルで勝ち残っていくためには「言葉の壁」「社内のマインドを変えること」が必要だと痛感したのだった。
社内を変えるためにグローバル人材の採用をめざしていた中で、人事担当の専務が探してきたのが「高度人材の難民」。難民支援協会との連携により日本語、中国語ができるミャンマー人を初めて採用。さらに中東、シリアなどからの難民を受け入れた。
就労支援プログラムでNPOと協力
しかし、社内の反発は大きかった。鈴木社長は「社内の『膿』を出すためにも必要だった」と話すが、ついには当時の工場長が外国人雇用を推進する専務と対立。どちらかが辞めざるをえない状況になってしまう。「悩みましたが、自分の方向性は間違っていないと信じ、専務に残ってもらうことを決断しました」。この出来事を契機に社長の本気が伝わり、社内が少しずつ変わっていった。掲示物を英語にするなどのボトムアップの活動も見られるようになった。
一方、外国人社員も文化の違いになじめず定着しないことが続き、教育が必要だと実感。NPO法人難民支援協会とともに就労支援プログラムを作成した。あいさつ、5Sなどとともに「電車遅延の際は遅延証明書をもらう」などといったルールについてもフォロー。このプログラムを修了後、同社に入社した外国人は現在も勤続している。修了生の同社以外の中小企業への入社実績も生まれている。
さらに海外人材雇用を横展開すべく、海外大学からの学生インターンシップの受け入れを進めている。フィリピン、韓国、フランスから学生を受け入れ、2カ月~半年就労してもらう。このインターンを通して2013年に入社したのが、韓国の大学出身のシム・テボさんだ。現在は主に韓国との取引を担当している。「入社当時は両国の言葉のニュアンスの違いや商習慣の違いに戸惑うことが多かった」というが、経験を重ね、ゆくゆくは韓国支店を統括する責任者になりたいと話す。同社に入社した決め手は「グローバル人材を生かす考え方に共感したから」。
鈴木社長は「外国人をワーカーとして雇うのではない」と強調する。採用時には必ず「何をやりたいか」を聞くとともに同社のビジョンに共感できる人材を受け入れる。戦略的に外国人を採用できるようになった結果、アメリカや韓国に支社を置き、フィリピンでは他の中小企業とともに共同出資会社を立ち上げR&Dを行うまでに拡大。現在の売上げの80%が海外だ。人脈の広がりとともに事業の拡大や投資プログラムへの参加も増えている。鈴木社長は「今後は海外人材採用の取組みを地域の中小企業へも横展開していきたい」と話す。