SFの世界が現実になる日
月や火星の探査計画から宇宙旅行、人工流れ星まで
これまで宇宙開発に取り組んできた「エスタブリッシュドスペース」に加え、「ニュースペース」と呼ばれる宇宙開発の新たなプレーヤーの動きが活発化している。小型衛星・ロケットの開発で利用コストが下がり、ベンチャーや個人までもが宇宙にアクセスできる時代が間もなく到来する。月や火星などの探査計画からエンターテインメントなど宇宙を使う目的はさまざま。宇宙関連産業の成長は私たちの生活を豊かにしてくれるかもしれない。
最も近い宇宙
地球に最も近い宇宙環境は国際宇宙ステーション(ISS)だ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は5月、ISSの日本実験棟「きぼう」から超小型衛星を放出する事業の民間事業者として、三井物産とSpaceBD(スペースBD、東京都中央区)を選定したと発表。きぼうの利用事業を民間に開放し、拡大する超小型衛星市場に対応する。JAXAが行ってきた市場調査や利用者への営業活動などを両社が担う。両者が持つネットワークを生かし、国内外の大学や企業からの衛星放出案件を受注する。永崎将利スペースBD社長は「既存の需要だけでなく、潜在需要を掘り起こしたい」としている。
さらにISSの高さの宇宙空間を利用し、夏の風物詩である花火に匹敵するイベントが開催されるかもしれない。宇宙ベンチャーのALE(エール、東京都港区)は世界初となる人工流れ星の実現を目指し、超小型衛星を開発している。18年度中に打ち上げ予定のJAXAの小型固体燃料ロケット「イプシロン」に同社の衛星の初号機を搭載する。
上空400キロメートルの軌道上の衛星から直径1センチメートルの球状の粒を放出し、大気圏に粒が突入し燃え尽きる際に発光する光が流れ星として見える。20年春に広島・瀬戸内地域を中心に直径200キロメートルの範囲で人工流れ星を見られる。
19年夏にも打ち上げる2号機も開発中で、2機のうち準備可能な衛星を先に使い流れ星を作る。開発費用は2機で20億円程度。岡島礼奈社長は「人工流れ星を作ってみせるビジネスを世界に展開したい」と笑顔で語る。
さらにISSよりも遠い月を目標とするベンチャーも現れている。ispace(アイスペース、東京都港区)は17年12月、無人の月着陸船を20年末までに2回打ち上げ、月を目指す計画を発表。19年末ごろまでに月着陸船を月の周回軌道に投入し軌道上からの月探査を実施し、20年末ごろに着陸させてローバー(探査車)で月面を探査する。
同社の袴田武史最高経営責任者(CEO)が狙うのは60億トン存在すると言われる月の水。水は電気分解し水素と酸素に変えることでローバーやロケットの燃料に使える。水を探査し、月面で人が住める環境の整備を目指す。袴田CEOは「月面の資源探査を高頻度で行えるように、必要な輸送システムを構築したい」と将来の展望を語っている。
有人用宇宙旅行計画、競い合う
9月中旬、ひとつのニュースが国内外の関心を集めた。
米宇宙開発ベンチャーのSpaceX(スペースX)は同社のロケットを使用する民間初の月周回旅行を2023年に実施すると発表。初の乗客として契約したのが、通販サイト「ゾゾタウン」を運営するスタートトゥデイの前澤友作社長というのだ。「月に行くことに決めました。ここにいられてとても嬉しいです」。カリフォルニア州にあるスペースX本社で行われた記者会見の場で同氏は興奮気味にこう語った。
宇宙旅行ビジネスには、日本でも複数の企業が名乗りを上げている。スペースウォーカー(東京都港区)は8月、有人宇宙飛行を目指すプロジェクトを始めると発表。IHIや川崎重工業、九州工業大学、JAXAなどと連携し、宇宙旅行用ロケット「スペースプレーン」を開発、27年の有人飛行を目指す。九州工大が開発した機体を基に、飛行機のように翼を持つロケットを製作する。離陸し4分後には高度120キロメートルに到達。乗客は数分間の無重力を体感し、宇宙から地球を眺められる。全長15・9メートル、重さ18・7トン。乗客6人、乗員2人の機体を想定する。開発費は1000億円程度となる見込みだ。
24年を目標に有人宇宙旅行の事業化を目指すのは、ANAホールディングスやエイチ・アイ・エス(H.I.S.)などが出資するPDエアロスペース(名古屋市緑区)。高度100キロメートルの宇宙空間に到達、再び帰還し地上に着陸させるためのエンジンおよび機体開発に挑んでいる。今春、既存株主からの追加出資に加え、新たな3社も含め総額5億2000万円の資金調達を実現した際に、緖川修治社長はこんなコメントを発表し世界的に広がる宇宙のビジネス化への期待と意欲を示した。「日本でも複数の宇宙ベンチャーが立ち上がり、官民合わせて約1000億円の支援策も打ち出されている。新たな時代に向け、一日も早く宇宙輸送の一翼を担えるよう全力で取り組む」。
衛星で宇宙ゴミ回収
宇宙空間には使用済みのロケットや衛星の残骸などのスペースデブリ(宇宙ゴミ)が散乱し、宇宙開発の妨げになっている。宇宙ゴミの除去サービスを手がけるのが、日本発宇宙ベンチャーでシンガポールを本社とするアストロスケール。宇宙ゴミ除去衛星「ELSA―d」(エルサディー)を19年末から20年初頭に打ち上げる。
7月には人工衛星データ送受信用の地上局(横浜市戸塚区)を開設し、運用を開始。エルサディーの運用だけでなく、人工衛星ミッションを行う事業者向けに日本上空での高性能なデータ送受信サービスを提供する。地上局設置に1億円弱を投資した。岡田光信最高経営責任者(CEO)は「人工衛星ミッションで自社の通信手段を持つことは重要。衛星運用のノウハウを蓄積したい」と強調した。
月の移住や宇宙旅行などSF小説の世界だった宇宙開発がいま、一大ビジネスとして動き始めている。それは人類初の月面着陸から50年を経て再び刻まれようとしている新たな「一歩」かもしれない。