ブランド米や水産養殖 衛星データで「育てる」時代
効率化や最適化を実現
宇宙からもたらされるデータという「新たな資源」がさまざまな産業に変革を及ぼしている。
効率的な農業実現
ビジネスにおける衛星データの活用で経済界に衝撃を与えたのは、米スタンフォード大学系のベンチャー「Orbital Insight社」が2016年に開発したサービスだ。
同社が提供するのは、衛星画像から世界中の石油の備蓄量を予測し、原油先物取引に有益な情報として提供する事業。タンクの屋根は原油の上に浮いているため、貯蔵量によってタンクのふたに映し出される影が変化することに着目した。
日本に目を転じると、「衛星データで育てる」取り組みが1次産業に広がる。
粘りと硬さのバランスが良く、ほどよい甘さが特徴の青森県のブランド米「青天の霹靂(へきれき)」。ブランド米として高値で販売するには、生育条件や栽培管理の技量に左右されず、産地全体でばらつきのない一定以上の品質のコメを安定生産することが必須条件だ。そこで、青森県産業技術センターと青森県は2016年、このコメを生産するすべての水田で、衛星画像を活用した生産支援に乗り出した。
収穫時期になると、稲穂は緑色から黄金色に色づく。その様子を衛星で撮影し、地域気象観測システム(アメダス)のデータと組み合わせて収穫の最適日を予測。水田ごとに色分けした地図を作製し、この収穫適期マップをアプリとして提供する仕組みだ。日付に応じて収穫適期の早い水田は赤色、遅い水田は緑色といった形に色分けして表示されるため、いつ、どの水田から刈り取り作業に入るべきかが一目瞭然。現場でもスマートフォンやタブレットで確認できる気軽さから、当初想定していた農協の営農指導員だけでなく、生産者にも好評という。
これまではアメダスの気温データを基に、出穂後の積算気温を算出し、収穫時期の目安にしていた。ただ、この方法では市町村単位のおおまかな状況(△△市 △月△日頃)しか把握できない。実際には、田植え日の違いなどから隣の水田と収穫時期が10日以上異なることも少なくない。衛星データは産地全体にわたり、水田一枚一枚の状況を捉えられる利点がある。これまで平均4日あった誤差も2日に縮まった。
また、衛星画像を基に、イネの色からたんぱく質含有量、土の色から土壌肥沃(ひよく)度もマップ化。コメのたんぱく質含有量を把握できれば、翌年から肥料の量を調節して生産を最適化でき、土壌の肥沃(ひよく)度はおいしいコメの生産に向いた水田の選定に役立つ。
衛星データの活用によって効率的な精密農業を実現する同センターの境谷栄二農林総合研究所生産環境部部長によると、今後は田植えから収穫まで生育期間全体を衛星画像でモニタリングし、栽培管理に役立てることも検討する。
餌やりを最適化
水産養殖の世界でも宇宙の技術を生かした革新的な取り組みが進む。大学時代、ともに衛星開発に携わっていた藤原謙氏と山田雅彦氏らが立ち上げたベンチャー「ウミトロン」は、養殖事業者が直面する生産価格の変動や餌代の高騰、人手不足といった構造的な課題解決に、宇宙と海の両面から挑んでいる。
同社が開発したシステム「ウミガーデン」は、いけす内に設置したセンサーで魚群行動のデータを取得。これに人工衛星の画像データなどで取得できる環境データを組み合わせることで、給餌の量やタイミングを最適化する仕組み。システムの先端部にはカメラが取り付けられており、海中の映像を撮影し、リアルタイムで動画ストリーミングができる。これまでの海面養殖では、数十台のいけすを生産者が回り、餌ぐいを目視で確認する必要があった。さらに一日に洋上に出て餌やりできる回数が船のオペレーション上、制限されていた。これをスマートフォンやパソコンを通じて、離れた場所でも魚の状態を観察でき給餌のリモート化をすることで生産性も向上。真鯛の生産高日本一である愛媛県の愛南町などで実証試験を進め、すでに餌の食いつきと環境条件の評価の定量化を実現しているという。
衛星データ活用の意義において、山田氏が繰り返し口にしたのは「衛星による広域観測と海との親和性」。陸上と異なり、水の入れ替わりが多い海では、潮流や海流条件によって海洋環境が急激に変化する」(同)。そのため、現場のデータだけでなく、湾全体やより広域での海洋変化を衛星データによって広く観測することが有用であるからだ。
養殖事業者とヒアリングを重ねる中で印象的だったのは「投資対効果に対する意識や技術を活用した経営改善に対する意欲の高さ」(山田氏)という。少子高齢化による労働力不足やノウハウ伝承への不安を一様に抱える中、テクノロジーに対する潜在的なニーズが浮き彫りになり、具体的な開発ニーズが次々と生まれている。持続可能な養殖モデルの構築に挑む同社。いよいよ量産体制を整え、ビジネスは本格離陸のステージに入る。