政策特集拡張する介護領域 vol.2

経営者発信で変えていく!中小企業ならではのビジネスケアラー支援のカタチとは

高齢化が進むに伴い、仕事をしながら家族らの介護にあたる「ビジネスケアラー」が増え続けている。2030年には約318万人に達すると見込まれており、これによる経済損失は約9.1兆円にも上る。介護が理由で離職せざるを得ない人も、毎年約10万人を数えているのが現状だ。

もはや介護は個人や家庭内にとどまらず、企業が真正面から取り組んでいかなければならない問題となっている。

ビジネスケアラーが仕事と介護の両立をはかり、安心して力を発揮できる環境を整えられるか――。経営者、経営陣の意識と行動が大きなカギを握っている。

年齢階層別のビジネスケアラー人数と人口に占める割合(2022年10月時点)※総務省「令和4年就業構造基本調査」より「仕事が主な者」かつ「介護をしている」と回答した方をビジネスケアラーとして定義して算出

先進企業・白川プロ。社長が発した「仕事と介護の両立宣言」

白川プロはテレビのニュースやドキュメンタリー番組の映像編集、音響効果など得意としている制作会社だ。従業員は約300人。平均年齢は38歳と比較的若い会社だ。

テレビ番組の制作といえば、不規則な勤務、長時間労働といったハードな職場のイメージがつきまとう。しかし、白川プロは2021年には経済産業省の「健康経営優良法人2021・ブライト500」に選出され、2024年には「東京ライフ・ワーク・バランス認定企業」の優秀賞を受賞するなど、両立支援の先進企業だ。

そんな白川プロが、社長名で「仕事と介護の両立宣言」を出し、仕事と介護の両立支援に本腰を入れて取り組んでいくことを表明したのは、2015年のことだった。

「ワーク・ライフ・バランス」関係の認定証や感謝状がオフィスの壁を飾る

介護離職報じた記事に「他人事ではない」。アンケート調査で社員の実態を把握。

きっかけは、社外監査役の弁護士から「こんな記事がありますよ」と薦められた雑誌記事だった。そこには、家族らの介護を理由に会社を辞めざるを得ない「介護離職」の実態が紹介されていた。

白川亜弥社長が当時を振り返る。

「最初は『あまり関係ないよね』と思いながらページをめくっていました。しかし、読み進めるうちに、これは他人事じゃないと感じました。何年かしたら、同じような境遇になる社員がどんどん増えてくることに思い至ったのです」

NHKのBS放送開始にあわせて、一気に採用した社員たちの世代が、親の介護に直面する時期が、数年後に迫っていた。白川社長は会社をあげて「仕事と介護の両立」という課題に立ち向かうことを決意する。

まずは実態とニーズを把握するために、全社員を対象にアンケートを実施した。すると、介護経験がある社員は全体の14%、今後介護を担う可能性がある社員は54%となり、介護への不安を感じている社員は94%にもおよんだ。

ビジネスケアラー支援の重要性について語る白川プロの白川亜弥社長。 白川プロの前身は、1960年に東京交響楽団のホルン奏者・白川二三男氏がつくった「白川プロアルテオーケストラ」。演奏活動のかたわら、音楽家のマネジメントを開始し、1962年にはテレビの編集業務も加え、現在の「株式会社白川プロ」を設立した。テレビの草創期から、NHKを中心に地上、BS放送などで数々の情報番組、ドキュメンタリーなどの制作に携わってきた

「会社が一緒に考えてくれる」との意識浸透。介護離職はゼロ

この結果を受けて、全社員に向けて発したのが「仕事と介護の両立宣言」だった。

「『介護はプライベートな問題。自分で解決しなければいけない』と一人で悩んでいたのが、『会社に相談すれば一緒に考えてくれる』と思ってもらえるようになりました。会社を辞めなくていいんだ。工夫次第で働き続けることができるんだと」

白川社長は矢継ぎ早に支援策をうった。まずは、制度に精通した社員を「介護相談員」に任命して相談窓口を創設。仕事と介護の両立を支援する社内制度などを紹介する冊子を作成し、介護保険料の徴収が始まる40歳以上の社員全員に配布した。セミナーや個別相談会も実施した。

併せて社員のニーズに応じた、独自の社内制度も整備。法律で年間5日と定められている介護休暇は2倍の10日とし、介護休暇中の給与については、企業によっては無給も多い中、基本賃金の8割(諸手当は全額)を支給することにした。また、通常2年で失効する有給休暇の未消化分を、40日を上限に積み立てて介護などに利用できる「積立有給休暇制度」を創設した。

白川社長は、「これまでに実際に制度を利用したのは10人前後です。ですがそれ以上に、相談があってシフトを代えたり、部署を異動したりと、介護の実態にあわせて柔軟に働き方を変えるといった対応がしやすくなりました」と語る。宣言以降、介護を理由にした退職はゼロだという。

白川プロが40歳以上の社員全員に配布している冊子「仕事と介護の両立 事前の心構え」より

採用活動にもプラス効果。中小企業だからこそできる取り組みも

効果は社内だけにとどまらない。

「新卒採用の面で『白川プロだったらワーク・ライフ・バランスがしっかりしている』と学生さんに知られるようになり、親御さんにも安心してもらえる。テレビ業界で両立支援に熱心に取り組んでいるということで、珍しがっていただいて、シンポジウムや取材のお声がけもあります」

そして、企業経営者、特に中小企業の立場から、こう強調する。

「介護は先が見えず、予測が難しい。せっかく育てた人材、活躍してくれていた人材が、ある日突然退職してしまうリスクがあります。企業として、社員が仕事と介護を両立できるようどのような手立てをするかは、経営の観点からも非常に重要だと思います。中小企業の場合、社員一人ひとりの状況やニーズを把握してケースバイケースで対応していくことが可能です。大企業に比べて小回りが利くという意味で、これは強みになりえると思います」

経産省は経営者向けガイドラインを作成。積極的コミットメント求める

白川プロのような先進事例を紹介し、仕事と介護の両立可能な職場環境を広げていくため、経済産業省は2024年3月、「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」を作成した。

「介護の問題は、その個人だけでなく、企業活動の継続にも大きなリスクを生じさせる」と指摘。企業が実践すべき事柄として、「経営層のコミットメント」、「実態の把握と対応」、「情報発信」を挙げ、企業の実情やリソースに応じて人事労務制度や個人相談体制の充実、介護経験者同士のコミュニティ形成、施策の効果検証などに取り組むよう求めている。

経済産業省としては、主要経済団体や業界団体などと連携して、ガイドラインの周知を図っていくとしている。

企業が取り組むべき介護両立支援のアクション(「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」より)

【関連情報】

「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」について(METI/経済産業省)