広がる空の世界~新市場を切り拓け
空飛ぶクルマや航空機の電動シフト、ビジネスジェット機まで
人やモノの長距離移動・輸送に利用される航空機。空の世界をもっと身近で手軽な移動手段として利用できないか-。こうした新たな可能性に着目した次世代モビリティー(移動手段)が「空飛ぶクルマ」である。欧米では新たな移動手段として小型航空機の開発やこれらを利用した「エアタクシー」や「空のライドシェア」といった取り組みが広がるが、日本も実現に向けた大きな一歩を踏み出した。
世界に先駆けて
「今日は歴史的な日。こんなイノベーティブな発表の場があるなんて」「世界に先駆けて東京をエアモビリティー都市にしたい」-。経済産業省と国土交通省が8月末に開催した官民協議会の初会合。開発構想を進める民間企業などからは期待の声が相次いだ。
「空飛ぶクルマ」に明確な定義はないが、電動、自動で垂直離着陸する移動手段とされている。「クルマ」と表すると一般的な乗用車をイメージするが、経済産業省は「空飛ぶクルマ」を「電動垂直離着陸型無操縦者航空機」と称し、あくまで航空機の位置付けだ。
これらは、わずかな駐機スペースを使って垂直に離着陸し、ヘリコプターとドローンの間の空域(高度150メートル前後)を時速100キロメートルから200キロメートル前後で飛行する。従来の航空機による移動の概念を覆し”好きな時”に、どこにでも素早く”点から点”へと移動できるのが特徴だ。渋滞が激しい都市部での移動時間の短縮や交通が不便な離島や山間部での移動の利便性向上、さらには災害時の救急搬送や物資輸送の迅速化が期待されている。
海外では仏エアバスが自動で飛行する搭乗型ドローンの開発を進めているほか、米ウーバー・テクノロジーズが「空飛ぶタクシー」の構想を推進するなど、盛り上がりを見せている。だが日本勢も負けてはいない。有志団体「CARTIVATOR」(カーティベーター)は道路走行と飛行の両方が可能な電動飛行機を開発しており、5月には実験機を横浜市の展示会場で初公開した。20年の東京五輪・パラリンピックで聖火点灯に使うことを目指し、今秋に試験飛行を披露する予定だ。
カーティベーターの機体は2人乗りで、四方に配した八つのローターで飛び、地上では後輪のインホイールモーターで走行する。同団体は12年に活動を始め、現在は100人程度が参加するほか、トヨタ自動車やNECなど30社強が資金拠出や部品の供給などで支援する。団体の福澤知浩共同代表は「世界最小サイズの空飛ぶクルマを目指す。安全を最優先に東京五輪での飛行を目指して開発を進める」と意気込む。
官民協議会の初会合では、ほかにも地上走行はできないものの都市内や都市間を結ぶ小型の垂直離発着機(VTOL)といったさまざまな形態の開発に取り組む民間企業が独自の開発構想を披露した。
こうしたサービスの実現には、技術開発はもとより規制当局など行政によるルール整備が不可欠となる。そこで協議会では、今後、日本として取り組んでいくべき技術開発や制度整備について議論を重ね、2020年代の実用化を目指し年内にもロードマップを策定する予定だ。海老原史明総括課長補佐(経済産業省航空機武器宇宙産業課)は「空の世界が自由になると、第2のモータリゼーションが起き、生き方や働き方ががらりと変わる。”空飛ぶクルマ”という新たなモビリティーの登場にとどまらない大きな産業政策として見ている」と力説する。
広がる電動シフトの動き
ガソリン車が電気自動車(EV)に替わる「電動シフト」は空飛ぶクルマより大きな航空機にも広がる新たな潮流である。
2018年7月-。宇宙航空研究開発機構(JAXA)やIHI、川崎重工業など6社と共同で、電動航空機を実現するコンソーシアムを発足した。技術開発を”実用化”までつなげるべく、経済産業省もステアリングメンバーとして参画している。近年、航空機の二酸化炭素(CO2)排出削減は世界的に重要な環境課題となっている。他方、ハイブリッドやEV自動車用としてバッテリーやインバーター、モーターの性能は飛躍的に向上。これら技術は小型の電動航空機に適用可能なレベルになっており、海外ではすでに電動航空機の実用化へ向けた開発が進んでいるという。
コンソーシアムには日立製作所、三菱電機など電機業界も参加。航空機の電動化に向けた研究開発計画の策定や飛行実証などを実施し、12月をめどに将来ビジョンを策定する計画だ。JAXA航空技術部門次世代航空イノベーションハブの渡辺重哉ハブ長は「航空機の電動化への期待は高い。産官学連携のもと、『エミッションフリー航空機』の実現と新規産業の創出に取り組みたい」と話す。
離陸するビジネスジェット市場
一方、既存の空の世界でも、市場拡大の可能性がみえてきた。世界を飛び回るビジネスマンなどが移動手段に利用するビジネスジェット機。国土の広い米国に比べるとまだまだ普及していない日本だが、ここへきてビジネスジェット機市場も「離陸」しつつある。
2018年6月、ホンダは小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」の日本での受注を始めた。空港の発着枠の問題やビジネスジェット専用ターミナルの整備といった課題はあるものの、ホンダジェットの売れ行き次第では、日本の空が大きく変わるかもしれない。
主翼上面に配置したエンジンをはじめ「航空機の常識にとらわれない発想と技術を投入した」(ホンダの八郷隆弘社長)ホンダジェット。同機が小型ビジネスジェット機納入機数で世界首位となったのは2017年。米国で型式証明を取得後わずか2年での快挙だ。2018年も上期実績でトップを維持し、満を持して日本での受注を開始した。
現在、日本が保有しているビジネスジェットは90機ほど。多くは政府関係機関の保有機で、民間所有は30機程度にとどまっている。生みの親である米ホンダエアクラフトカンパニーの藤野道格社長は、日本における民間のビジネスジェット機市場を「4、5年で倍にしたい」と意気込む。「購買意欲などは欧米諸国といい勝負」と語る藤野氏。日本では販売しないのかといった声も以前からあったという。生活に密着した二輪車「スーパーカブ」といった商品で新たな市場を切り拓いてきたホンダが、いま空という新市場の開拓に挑もうとしている。
※ 米ウーバー・テクノロジーズの航空部門トップであるエリック・アリソン氏のインタビューを近く掲載予定です。