政策特集国際経済の流れを捉える 通商白書2023 vol.3

サプライチェーン途絶に備え。日本企業の防衛策を通商白書が分析

自然災害や新型コロナウイルスの感染拡大、さらには米中対立など地政学上の問題が原因となり、企業の生産活動の継続に大きな支障が出るケースが目立っている。グローバルに広がっているサプライチェーンの強靱化は、日本企業にとって最重要課題の1つである。

通商白書は、日本企業のサプライチェーンの実態を明らかにするとともに、サプライチェーンが途絶えるリスクに備え、どのような対応をとっているかを調べている。取引相手として中国への依存度を下げ、ASEAN諸国やインドを重視する傾向が浮き彫りになっている。

「供給する」or「供給を受ける」…中国との関わりで各国に違い

日本の製造業は、長らくアジアでのサプライチェーン構築に投資を続けてきた。中でも、中国への直接投資残高はほぼ一貫して増えている。ただ、アジアの国・地域別で見たときの中国のシェアは2012年をピークに縮小・横ばいに転じている。タイやインドネシア、ベトナムなどのASEAN10か国のシェアは、伸びが継続している。

通商白書 サプライチェーン 経済産業省 アジア 主要国 直接投資残高 製造業部門

世界各国は現在、貿易を通じて、グローバルな分業体制を敷いている。次図は、世界の工場と称される中国を中心にして分業体制を見たときに、関わり方によって各国がいくつかのグループに分類できることを示している。

通商白書 サプライチェーン 経済産業省 中国との前方連関・後方連関 OECD

他国に最終財を作るための中間財を供給する立場を「前方」と呼び、他国から中間財の供給を受けて最終財を作る立場を「後方」と呼ぶ。豪州やサウジアラビアのような資源国は当然、中国に対して前方連関が強い。そして、韓国や台湾も同様に前方連関が強い。中国側からすると、生産活動を維持していくうえでの重要なパートナーであることを意味する。

逆に、後方連関が強いのは、ベトナムやタイである。中国からの中間財の供給が停止すると、自国での生産に悪影響が出る可能性が高い。

日本はそれらの中間に位置している。前方連関の方がやや強いが、後方にも一定の関係を有する。近年は、後方連関が徐々に強まっている。このことは、以下で分析する日本のサプライチェーンが抱えるリスクにつながってくる。

サプライチェーン途絶は約4割が経験。現実的脅威に

日本企業は自社のサプライチェーンについてどう認識しているのか。通商白書は、2023年2~3月に実施した海外に関係会社をもつ企業(金融、保険を除く)に対するアンケート(有効回答621社)に基づいて解説している。

新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年以降、サプライチェーンの途絶があったかという問いに対して、35.6%の企業が「経験あり」と回答している。製造業が41.6%と、非製造業の27.3%を上回っている。通商白書 サプライチェーン 経済産業省 途絶経験の有無 海外展開
サプライチェーンの途絶が生じた国・地域では、中国が多い。日本、ASEAN6(タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポール、フィリピン、ベトナム)と続く。

通商白書 サプライチェーン 経済産業省 途絶が生じた国・地域

途絶した期間は、「全部または一部が1か月以内の期間停止」が2割前後に及ぶ。ただ、停止期間が1か月以上という回答も少なくない。サプライチェーンの途絶が企業にとって現実的な脅威になっていることが分かる。

通商白書 サプライチェーン 経済産業省 生産 販売 影響

取引先としての中国に陰り。ASEAN6やインドが台頭

直近10年間と今後5年間で、サプライチェーン上のリスクが高まった国・地域についての設問では、中国という回答が突出している。理由としては、地政学的リスクや経済安全保障上のリスクへの懸念が多い。

通商白書 サプライチェーン 経済産業省 リスク

企業活動でどこの国・地域を重視するかについては、一定の条件で順位付けしている。直近10年間での販売先、調達先、直接投資先としてはいずれも中国が首位だが、今後5年間での販売先、直接投資先に関してはASEAN6が中国を上回っている。販売先・直接投資先ではインドを重視する傾向も強まっている。

通商白書 サプライチェーン 経済産業省 調達先 販売先 直接投資先 重視する国・地域

企業がサプライチェーンの途絶リスクに備えるには、直接の取引先ではなく、取引先の取引先、すなわち、2次取引先、3次取引先以下も含めたサプライチェーンの実態を把握しておく必要がある。通商白書は「アジア地域で企業間のデータ連携を促す基盤の整備を進め、データ連携を通じてサプライチェーンを強化していくことが重要な課題になっている」と強調している。

通商白書は毎年異なる個性がある。協力いただいた企業に感謝

大関裕倫氏
経済産業省通商政策局企画調査室 研究官

石毛史恵氏
経済産業省産業技術環境局国際標準課 係長
(2023年6月まで通商政策局企画調査室 係長)

通商白書 経済産業省 サプライチェーンの実態を分析した大関裕倫氏(左)と日本企業のサプライチェーンに対する意識調査を担当した石毛史恵氏

サプライチェーンの実態を分析した大関裕倫氏(左)と日本企業のサプライチェーンに対する意識調査を担当した石毛史恵氏

大関 私は、経済産業省で通商白書を担当する企画調査室に通算十数年在籍しています。

中国は特に製造業での国際貿易で、プレゼンスを高めています。しかし、各国・地域で中国に対する立ち位置が異なるのです。今回の分析では、それを一目で分かるようにすることを意図しています。通商政策を考えるうえでも、国際的な議論に臨むうえでも、現状を正確に認識することが大切だからです。

数字自体は、OECD(経済協力開発機構)が付加価値貿易(Trade in Value Added、TiVA)として作成しています。「主要国・地域の中国との前方連関・後方連関」として示したように、グラフで一覧できるようにしたのは、通商白書では初めてでしょう。

例えば、ヨーロッパではドイツが中国と関係が強いとよく言われますが、フランスやイギリスなどと比べて際立って大きいわけではありません。欧州各国は、中国よりも欧州域内の国同士の方が強い関係を持っているからです。

アジアの大半の国や地域が中国と強く結びついていることが改めて示されました。とりわけ、韓国や台湾は、中国との関係が特に強くなっています。サプライチェーンのリスクのほか、中国の地場企業が今後実力をつけて競合が強まっていったときに、どのような変化が起きるかは注目しなければなりません。

通商白書は、経済産業省が刊行する他の白書と比べても、年ごとに内容がかなり変わり、個性があります。2023年版は、日本の貿易構造の分析に焦点を絞ったのが特徴で、とても面白い内容になっていると思います。

石毛 日本企業の意識調査で、投資先として魅力的な国を聞いたものはあっても、サプライチェーンに関するリスクを尋ねたものは、あまり見当たりません。それならば、ということで、独自のアンケートを行うことになりました。

通商白書ではアンケートをしばらく実施していませんでした。私自身も経験がなく、委託する事業者さん探しや送付先企業のリスト作成などから、はじめから苦労しました。年度末の3月いっぱいで調査結果をまとめねばならないのに、アンケートを配ったのが2月になってからで、慌ただしい作業となりました。

不安だったのが、どれだけ回答が集まるかです。少しでも答えやすいように、省内にいる民間企業からの転職者にもアドバイスをもらって、質問の文言を工夫しました。本当はもっと質問したいこともあったのですが、回答する負担を増やさないように、質問数を絞り込みました。

中国に関して、地政学的なリスクや経済安全保障上のリスクなどについて企業がどのような意識を抱いているかを、数字で感じることができました。インドやASEANの重要性についても、生の声を聞けたのは、貴重な機会でした。

白書が出版できたのは、アンケートに協力いただいた企業の方々のおかげです。この場をお借りして、お礼を申し上げます。

 

【関連情報】
・通商白書2023年版(経済産業省)