政策特集新社会人必見 経済政策5つのキーワード vol.4

WTO、EPA、FTA… 「通商」を巡る今

平和の鍵の一つは自由貿易が握っている。世界貿易機関(WTO)や経済連携協定(EPA)は自由貿易の推進役を担っている。今回は自由貿易の重要性やWTOやEPAの違い、貿易をめぐる課題や日本政府の取り組みなどについて解説する。

Q 貿易と平和は関係があるの?
A 自由な貿易が阻害されると、国際関係が不安定化しやすくなります

2022年2月のロシアによるウクライナ侵略を機に、世界の貿易に大きな支障が生じた。新型コロナウイルス感染症拡大で打撃を受けた供給網のさらなる混乱や、生産の縮小が生じ、両国の主要輸出品である小麦や原油、天然ガスの価格の急騰により、貧しい国々は飢餓の危機に直面した。日本も含めて先進国の多くは第2次石油ショック当時以来約40年ぶりの消費者物価上昇率を記録した。

急激なインフレによる経済の混乱や実質所得の減少は経済成長を阻害する。経済協力開発機構(OECD)はロシアのウクライナ侵略を受けて、実質経済成長率の予想を2022年、2023年ともに従来から大幅に下方修正した。

貿易の阻害が戦争につながった例も多い。第2次世界大戦の背景には保護貿易気運の高まりがあった。1929年以降の大恐慌では、小さくなった需要を自国産業に吸収させるため、多くの国が自国製品と競合する輸入品の関税を引き上げた。特に主要国は植民地や影響力の及びやすい国・地域を囲い込んで「経済ブロック」を形成し、ブロック内貿易の関税を低くする一方、ブロック外からの輸入には高率関税を設定した。

その結果、イギリスやフランスなど多くの植民地や旧植民地を持つ国はブロック内で自国製品の販路を確保する一方、小さなブロックしか築けない国は輸出の減少で窮状を深めた。これが、ドイツやイタリア、日本などを対外拡張へ向かわせる誘因となった。

そして起こった第2次大戦は、平和の維持には多角的な自由貿易体制が欠かせないとの教訓を生んだ。自由な貿易が広がれば、経済は繁栄しやすく、戦争も起きにくくなる。その認識から終戦後の1947年、貿易ルールなどを定めた「関税及び貿易に関する一般協定」(GATT)に23か国が署名した。この協定は翌年から適用され、GATT体制が発足した。

Q 通商関係のニュースでよく聞くWTOとは?
A 自由貿易を維持、拡大するための国際機関です

GATTを継承、拡充する形で1995年に設立されたのが世界貿易機関(WTO)だ。関税引き下げなどの貿易障壁の削減・撤廃や貿易ルールの策定、貿易紛争の解決、不公正な措置を防ぐための監視という三つの役割を担う。交渉分野は鉱工業製品から、農業やサービス、知的財産権、環境など多岐にわたっている。

加盟国・地域は164に増え、世界貿易の大部分をカバーする。加盟のメリットは2大原則ともいえる最恵国待遇と内国民待遇にある。最恵国待遇は、最も有利な貿易条件を提供することをいい、すべての加盟国に適用される。例えばA国がB国の要請に応じてある品目に対する輸入関税を10%から5%に下げたとすれば、B国だけでなくWTOの全加盟国に新たな関税率5%が適用される。一方、内国民待遇とは輸入品を(関税の賦課を除いて)国産品と平等に扱う原則を指す。

Q EPAはWTOとどう違うの?
A EPAはWTOよりも高度な自由化を進めます

WTO加盟国の増加と交渉分野の拡大とは、全会一致を原則とするWTOでの合意形成を難しくしている。例えば、サービスや知的財産権など多くの分野が交渉に加えられたウルグアイ・ラウンドは合意まで足かけ9年を要し、2001年に開始されたドーハ・ラウンドは暗礁に乗り上げた。こうした中で、限られた国や地域の間でWTOよりも高度な貿易障壁の削減を進めようとする自由貿易協定(FTA)や、貿易だけでなく投資や人的交流など幅広い分野でルールを作り、経済関係の強化を図ろうとするEPAが急速に拡大してきた。

EPAやFTAはWTOが最恵国待遇原則の例外として認めており、当事国同士で合意した関税の引き下げや撤廃といった措置は他のWTO加盟国に適用されない。EPA、FTAは自由貿易の拡大につながり、他の加盟国に障壁削減を促す効果ももたらすとの判断による。日本貿易振興機構(JETRO)によれば、世界中で約380ものFTA、EPAがすでに発効している。

日本も2023年2月時点では21の経済連携協定に署名/発効しており、その相手国は50に上る。その中には東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国や中国、韓国などが参加する「地域的な包括的連携協定」(RCEP)や、太平洋の両岸の11か国が参加する「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(CPTPP)のような広域EPAもある。2023年3月、CPTPPへのイギリス加入について実質的合意に至った。日本の貿易額に占めるEPA相手国の割合は約8割に達する。日本やASEAN諸国から素材や部品をタイに輸出して自動車を組み立てるといった国際的なサプライチェーン(供給網)の構築にもEPAは大きく貢献している。

Q 貿易環境に問題はないの?
A 米中対立などで、世界経済や貿易の分断が懸念されています

近年、世界の貿易環境には大国間の対立が影を落としている。
WTOの紛争解決システムは、以前の政策特集「不公正貿易とニッポンが戦うvol.3」「2023年日本開催G7 3つの経済テーマで先読み vol.4」で示したように機能不全に陥っている。

その中で、米中対立も激化している。トランプ政権は2018年、対中貿易赤字を理由に中国からの輸入品に幅広く25%の追加関税を設定し、中国との報復合戦へと発展した。トランプ政権は安全保障上のリスクを理由に、中国製通信機器や中国系SNSをアメリカ市場から締め出そうとする動きをみせ、後継のバイデン政権も最先端半導体やその製造装置などの対中輸出規制を強化した。

中国は2025年までに次世代情報技術などの国産化率や世界シェアを大幅に高め、世界の製造強国となる目標を掲げる。多くの先進国は、中国が不透明な産業補助金や外国企業への技術移転の強制によって先端分野を強化するとともに、技術の軍事転用を進めようとしているのではないか、との不信感を抱いている。中国が融資付きで行っている途上国のインフラ整備も、時に借金が返済できなくなる「債務の罠」をもたらしている。

ロシアによるウクライナ侵略も世界貿易に溝を生じさせつつある。ロシアとの貿易は、制裁に参加した欧米や日本では激減しているのに対し、参加していない中国などでは増加し、偏りが顕著になっている。「グローバルサウス」と呼ばれる途上国の多くは、このいずれの国とも貿易・経済関係を維持することを望み、国連総会におけるロシア非難決議に賛成していない。こうした中で、貿易環境の安定・発展を担うWTOの機能不全が続けば、世界経済の分断をもたらしかねない。

Q 日本政府はどんな対応をしているの?
A WTOの機能回復や開かれた貿易圏の形成に取り組んでいます

日本はWTOで、電子商取引やサービスに関する国内規制などの分野で有志国によるルール作りに参加するとともに、上級委員会の機能を暫定的に代替する仲裁手続を定めた有志国間の枠組みにも加わった。こうした取り組みがWTOの再活性化につながることを日本政府は期待している。

日本はまた、「自由で開かれたインド太平洋」を外交方針の柱の一つに掲げ、EPAも含めて、貿易の開放性や公平な貿易ルール作りと透明性のある順守を重視することを打ち出している。2023年にG7の議長国を務める日本は、4月の貿易大臣会合に続き5月のG7広島サミットや10月の貿易大臣会合(大阪・堺)で、自由貿易の維持、拡大に賛同する国の結束をはかり、世界中に強いメッセージを送る役割が求められる。