政策特集国際経済の流れを捉える 通商白書2023 vol.2

「企業の海外進出は国内経済にダメージ」!? 通商白書が徹底検証

企業が海外に工場を設けると、国内の雇用や税収の落ち込みを招き、経済全体の活力を失わせる――。経済のグローバル化が進むにつれ、こうした産業空洞化への懸念は、日本だけでなく世界各地で繰り返し叫ばれてきた。

通商白書2023年版は統計的手法を用いて、企業にとって海外展開がその後の活動にどのような影響を及ぼすかを分析している。結論としては、海外展開は企業に成長の機会となり、国内経済にもプラスになると考えられるという。

国内市場は少子高齢化により拡大を見込みにくい。政府が企業の海外展開を支援する必要性はますます高まっていると言える。

海外展開が企業の成長につながると実証。国内だけではジリ貧傾向

通商白書は、企業が海外展開(輸出と海外直接投資)を始めた効果を正確に検証するため、統計的手法に一工夫を加えている。ある時期に海外展開を始めた企業と始めなかった企業を単純に比べて、売上高の伸び率に差があったとしても、その時点で経営状況が異なっていたことが原因である可能性がある。海外展開の開始そのもので、差が生じたとは言い切れない。

そこで、雇用者数や売上高、全要素生産性※などから企業が海外展開を始める確率を算出。同一業種内でその確率が近い「似た者」同士でありながら、海外展開を始めた企業と始めなかった企業を比べることで、海外展開の効果だけを切り取っている。

※全要素生産性…企業の活動での付加価値が高まったときに、使用した資本や労働の増加以外でもたらされた部分。技術進歩や効率化の度合いを示す。

(1)従業員50人以上99人以下の企業が輸出を始めるかどうか(2)製造業で海外直接投資を始めるかどうか――で、5年後にどのような差が出るかをそれぞれ示したのが、下図である。

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(1)では、輸出を始めた企業は始めなかった企業と比べて、売上高と全要素生産性を大幅に伸ばしている。(2)では、海外直接投資を始めた企業は始めなかった企業と比べ、売上高、雇用者数、資本ストック額を著しく拡大している。海外直接投資を始めなかった企業では、雇用と資本ストック額が減っていることも注目に値する。海外に直接投資をしなかったからといって、その分が国内に回るわけではないことが分かる。

通商白書は「輸出の開始のみならず、海外直接投資の開始によっても、国内企業の成長が促され、その結果、我が国経済に対してプラスの影響をもたらしており、企業の海外展開の推進を支援していくことが重要であることが再確認された」と強調している。

グローバル企業の海外生産シフトは、日本の周辺地域にも恩恵

それでも、次のような疑問が聞こえるかもしれない。「大企業は海外に展開すればいいかもしれないが、周辺の小規模事業者は取り残されてしまう」

そこで、通商白書は、企業の海外展開が周辺にある他の企業への影響を推計している。資本金10億円以上のグローバル企業で2012~2019年に生じた海外生産比率の上昇は、その企業の国内事業所が立地する周辺5km以内の地域からの輸出額を約3%増加させているという。

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通商白書は「グローバル企業の海外生産比率の上昇は、グローバル企業の海外現地法人が国内事業所の周辺地域に立地する事業所からの調達の増加を通じて、国内の地域の輸出を増加させている可能性があることを示唆している」と説明している。

海外展開で蓄積する6つの資本。国内の活動にも還元

企業の海外展開が重要になるのは、新たな市場獲得になるからだけではない。通商白書は6つの資本を得る機会になると整理している。

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市場を獲得すれば、もちろん財務資本が増えることになる。それ以外でも、国内人材がグローバルで活躍できるようになれば「人的資本」が高まり、新しいビジネスモデルで市場を開拓する経験は「知的資本」として蓄積される。現地での資源や生産設備が入手できれば「自然資本」や「製造資本」が増えることになり、海外スタートアップとの人脈を得れば「社会的関係資本」になる。

いずれもが企業の国内での活動に生かされうる要素となる。海外展開で成功した企業は、国内でも強みを発揮することになりそうだ。

統計分析に「効果検証」を採用。政策形成でのエビデンスを増やしたい

藤岡新氏
経済産業省通商政策局企画調査室
総括係長

 通商白書 藤岡新  経済産業省通商政策局企画調査室 総括係長

私は大学で経済学を専攻し、統計を使って特定の施策の影響を測定する「効果検証」を学びました。通商白書の担当になり、その経験を生かすことができました。

企業の海外展開が与える国内への影響についてはこれまでも、高い関心が持たれていました。ただ、従来の分析手法では結果にゆがみがあることも知られていました。効果検証の手法を取り入れることには、新規性があったと考えます。

経済産業省の「企業活動基本調査」や「海外事業活動基本調査」にある何十万というデータを利用しました。それを分析可能な形に加工するのが一番大変な作業でした。

白書では強調していませんが、輸出開始で生産性が上昇する効果はあるのですが、海外直接投資ではそうした関係は見られないなど、企業に与える影響が輸出と海外直接投資で異なるというのは、興味深い結果でした。また、輸出も海外直接投資も開始しなかった企業は、従業員数が減っているというのは、驚きでした。

経済のグローバル化の影響については、印象論で語られることがあるように見えます。実際に検証することの重要性を改めて感じました。分析ツールは進化していますし、データは豊富にあります。統計的手法を活用し、政策形成に役立つエビデンスを潤沢にしていく必要があると考えていますし、私も実践していきたいです。

【関連情報】

・通商白書2023年版(経済産業省)