政策特集不公正貿易とニッポンが戦う vol.2

レアアース紛争、立役者2人が語る「日本勝訴」の舞台裏

電気自動車やスマートフォンなどで欠かせない原材料であるレアアースを巡り、日本国内の産業界は2010年に騒然となった。調達先の約9割を占めていた中国が大幅な輸出の削減を発表したからだ。

日本政府は中国に改善を申し入れたが、聞き入れられない。頼ったのが、WTO(世界貿易機関)の紛争解決システムである。米国、EU(欧州連合)とともに2012年、輸出規制がWTOの協定違反にあたると提訴した。日本が中国を訴えたのは初めてだった。審理を経て、2014年に日本側の勝訴が確定し、中国は規制を撤廃した。

不公正貿易をやめさせるには、どうすればよいのか。レアアース問題の対応の中心にいた風木淳・政策研究大学院大学政策研究院参与(前・経済産業省貿易管理部長)と、米谷三以・経済産業省通商法務官が当時の経緯、そして教訓を語った。

<左>
風木淳・政策研究大学院大学政策研究院参与

(かぜき・じゅん)1990年通商産業省(現・経済産業省)入省。在ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、内閣官房日本経済再生総合事務局次長、経産省貿易管理部長などを経て、2022年7月から現職。米ニューヨーク州弁護士

<右>
米谷三以・経済産業省通商法務官

(こめたに・かずもち)1989年弁護士登録(現在非登録)。通商分野を専門に国内外の法律事務所で活躍し、WTOの法律部法務官も務めた。経産省の勤務は現在が4回目。通商紛争での法律面での司令塔として2017年に新設された初代・通商法務官に就いた

「正当な論理構築」が最も大切。日米欧スクラムで対応

レアアースを巡る争いは、中国の世界経済での存在感が高まる中での出来事だった。沖縄・尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船と中国漁船が衝突する事件も起き、日中関係は一時緊張の度合いを高めた。

風木 レアアースの問題は、中国がWTOに加盟した2001年から考えなければいけません。中国は加盟時に、関税の引き下げや輸出規制の透明化などを約束しました。日本も米欧も、当初は「ハネムーンピリオド」であり、協定違反であるとしても、提訴するというより、約束を守るようにとお願いしている感じでした。

それが徐々に変わります。2006年には自動車部品の関税に関し、米国、EU、カナダが提訴しました。2009年には、レアメタルの輸出規制を巡り、米国、EU、メキシコが提訴しました。日本もそれぞれ提訴を検討しましたが、このときは、諸般の情勢を踏まえ、第三国参加(※)にとどまっていました。

※第三国参加・・・紛争の当事国にはならないが、協議やパネルに参加して意見を述べたりする。

そうした中で発表されたのが、中国のレアアース輸出枠の大幅削減でした。しかも、尖閣の事件後には、レアアース輸出が停滞するという事態が生じました。レアアースは中国への依存度が高く、国内産業へのインパクトがこれまでと大きく違います。日本が当事者にならないのはありえないという認識を抱くようになりました。

米谷 提訴の準備には、中国政府が取った措置の特定が一番重要でした。WTOの紛争処理での議論に備え、背景となる中国政府の考え方も知る必要があります。このため、関係者の方々に、市場や産業の状況などを聞いたり、統計資料や研究資料を取り寄せたりしました。

尖閣の事件後の輸出停滞は、WTOでの紛争処理になじまないと思われました。一方で、米国やEUとも連携することで、輸出枠に関しては十分な情報が集まり、こちらこそ本命であると分かってきました。

風木 中国側にはあらゆる形で懸念を何度も伝えましたが、資源保護の目的であると反論してきます。ただ、レアメタル紛争で中国が敗訴したことで、レアアースでも十分勝つ見込みがあると思えました。日米欧が連携を固めたので、中国が報復措置をとるのは簡単ではありません。政府内外で提訴に踏み切るべきだという雰囲気が醸成されていきました。

米谷 もっとも、法理論としては課題がありました。WTOルールは、資源保存のために国内で生産制限している場合は、例外として輸出制限を認めています。レアメタルの紛争では、中国は生産制限をしていなかったので、輸出制限の違反性は明らかでした。ところが、レアアースは生産制限があると認識されていたので、同じ議論は通用しません。
そこで、国内に回すか輸出に回すかは、資源保存とは無関係であり、かつ各企業が判断するべきことであって、政府が輸出枠を設けてその比率を決めるのはおかしいという法解釈を組み立てました。この解釈を最初に提唱したのが日本でした。

議論では外交面にも目配り。一方で「形を変えた是正措置」には要注意

日本は米国、EUとともに中国を提訴。パネル、上級委の審理では、双方の主張は平行線に終始したが、日本側の勝訴に終わった。

米谷 一般の裁判では、勝つために相手の揚げ足を取ることもしますが、WTOの紛争処理ではそういったやり方はあまりしません。外交交渉という面もあるのです。

さらに、「中国はけしからん」「中国特有の問題である」などの言い方は、相手を刺激するだけで、仮に勝ったとしても、政治的に履行を難しくしかねません。また、「中国だけでなくてどの加盟国も自国需要のために留保することは許されず、中国も受益するはず」というように、中国だけが不利益を被るわけでないことを強調していました。

風木 中国は速やかに、レアアースの輸出枠を撤廃しました。中国はWTOルールを重視しており、これまでも是正措置をよく履行しているのです。ただ、米国がよく指摘していますが、別の形で措置を取ることがあり、慎重に見極めなければいけません。

レアアース紛争の対応で中心的な役割を果たした政策研究大学院大学の風木淳氏(左)と、経済産業省の米谷三以氏

多くのツールを持つ日本政府。だからこそ大胆な解決ができる

レアアース紛争から10年が経過したが、不公正貿易との戦いは依然として続いている。今に生きる教訓があるという。

風木 企業の活動にとっては、法の支配が確立されていることが大切です。ですから、いざルールが破られているというときは、国が前面に出て対処しなければなりません。その際も、WTO加盟国全体が同じ方向でまとまることがもちろん理想ですが、そうでない場合も、日本単独ではなく、米国や欧州など有志国で連携すべきです。単に、日本や日本企業の利益のためではなく、貿易秩序を安定させることが、世界の経済成長につながるからです。

国内政策との協調も大切です。WTOで勝てばすべて解決するわけではありません。レアアースに関しても、リサイクルの推進や代替技術開発、鉱山開発などの国内政策とセットで進め、対中輸入依存度は2018年には約6割に下がっています。

米谷 他国が当事者の紛争でも、あるいはルールづくりに関する交渉でも積極的に参加して、日本にとって望ましい解釈の足掛かりとなる先例を創る不断の努力をするべきです。レアアースの紛争に先立つレアメタルの紛争に第三国参加し、共通する解釈上の争点について意見書を提出していました。

企業の皆さんが外国政府と交渉をすることもあるでしょうが、輸出枠撤廃といった大胆な解決は、自国の政府にしかできません。政府にはWTO以外も含め、様々なツールがあること、ツールを使いこなせるように人材の育成にも取り組んでいることを知っていただきたいです。

その上で、うまく政府を使っていただきたいです。不公正と思われる措置に直面したときも、自社だけでなく、業界共通の問題、さらには他国にとっても問題であるとして盛り上がると、政府としても動かざるを得なくなります。