健康は「PHR」でラクに楽しく! DXが実現する個別指導サービス
現代人の健康向上に大きなポテンシャルを持っているとして注目を集めているのが、PHR(=Personal Health Record)と呼ばれる個人の健康に関するデータである。
スマートフォンやウェアラブル端末の普及により、1日の歩数や睡眠の状態から心拍数、食事の内容に至るまで、健康と密接な関係のあるデータが簡単に取得できるようになった。それらを基にして、健康になるためのアドバイスを送ったり、習慣や行動の改善を促したりするPHRサービスが次々と登場している。単純に長生きするだけでなく、日常生活が支障なく過ごせる健康寿命を延ばすことにもつながる可能性があるとみて、政府も普及を後押ししている。
社会でより広く受け入れられていくためにはどうすればよいのか。経済産業省の担当者と、PHRサービスに力を入れるSOMPOホールディングス、シミックホールディングス、KDDIの3社の担当者が話し合った。
楽しくて利用しているうちに、いつのまにか健康に――。PHRサービスの理想の将来像が浮かび上がった。
各人に応じた方法で健康づくりをサポート。医療・介護など公的情報の活用もカギ
橋本 人口減少と高齢化という日本社会を取り巻く環境を考えると、国民の健康増進は極めて重要な課題です。人々が健康であるほど、労働力が拡大しますし、生産性にも良い影響があるでしょう。社会保障制度を支える側が増えることにもなります。データに基づき、その人ごとに適した健康づくりを手助けするPHRサービスは、ゲームチェンジャーの役割を果たす可能性があると認識しています。
皆さまの企業はどのようなサービスを展開していますか。
鈴木 SOMPOホールディングスには生命保険事業がありますが、これまでは主に、病気になった際に、入院や手術の費用のための保険金をお支払いしてきました。これからは医療や介護を受けずに済むようなサービスも提供していこうと考えています。「リンククロス 健康トライ」というアプリは、スマートフォンに顔を向けるだけでストレスのレベルが分かったり、健康診断結果から6年後の生活習慣病のリスクを予測したりできます。「1駅前で降りて歩く」「カリウムの多い野菜を増やす」などといったアドバイスもします。
松原 シミックホールディングスは臨床試験で薬の有効性や安全性を調べるビジネスを展開してきた経験も生かして、PHRサービスを始めています。例えば、ワクチン接種記録です。母子手帳に記入しますが、どのワクチンを接種したかが分からなくなることがあります。「harmoワクチンケア」というアプリでは、接種記録が自動で登録され、次の接種時期の目安が通知されます。医療従事者が接種するワクチンを間違えないようにする機能もつけています。服薬記録を電子化した「harmoおくすり手帳」も大勢の方にご利用いただいています。
田口 KDDIは通信会社ですが、通信事業基盤を活用しながら、非通信事業にもサービスを広げ、お客さまの生活パートナーとなることを志向しています。健康・ヘルスケアはその重点分野の一つに位置付けています。「auウェルネス」というアプリは、歩数のような活動データを記録・管理しますが、設定した目標をクリアしたらプレゼントと交換できるコインを付与するなど、ユーザーの健康的な活動に対してモチベーションを与える仕掛けになっています。同時に、医療機関の受診や服薬指導をオンラインで受けられたり、薬を自宅に届けてもらえたりすることも可能です。
橋本 政府でも、公的機関が保有する個人の医療・介護情報、あるいは健康診断などの情報については、個人が自らマイナポータル経由で把握し利活用できる環境を整える「データヘルス改革」を進めています。こうした情報に加え、ウェアラブル機器などにより民間で取得されるライフログのような情報も併せて活用して、事業者の方々にはPHRサービスをぜひ進化させていただきたいです。
鈴木 サービスの質を高めていくためには、より多くのデータが必要です。民間がデータを集めるとともに、公的なデータを活用することは、とても大切です。
田口 特に、体調を崩された方へのサポートという局面では、電子カルテのようなデータの利活用が重要になってきます。
ユーザーの信頼獲得が必須。民間事業者団体がルール作りを主導
橋本 PHRサービスは健康というセンシティブな情報を扱うだけに、ユーザーから信頼を得ることなど多くの課題があります。その解決を目指し、本日お集まりの3社は、中心になって事業者団体の設立に向けて動いていらっしゃいます。現在の検討状況はどうなっていますか。
鈴木 2022年6月に15社によって「PHRサービス事業協会(仮称)」の設立を宣言し、今年6月に正式スタートさせようと準備をしています。多くの事業者に参加を呼びかけています。ユーザーに安心して使っていただくために、きちんとしたルールが必要であり、様々な業種をまたいだ形で、事業者間で議論していこうと考えています。そのうえで、行政にどのような施策を求めるのか、あるいは医療機関やアカデミアとどう連携していくのかなどについても、事業者がまとまって対話や提言する役割も担いたいです。
松原 団体設立に向けた分科会の中で、私はデータの標準化をテーマに議論しています。PHRで使うデータは、例えば、血圧でもどういう機器で測定したのか、どういう状態で測定したのかなどがまちまちで、医療の現場では使いづらいです。医師やアカデミアの方々の意見も参考にしますが、医療とはデータに求める精度が異なる場合も想定されます。また、どこまで標準化するかというのも、大事なポイントです。企業間の競争によって決めるべきという面もあり、標準化すべき項目は何かを模索している段階です。
鈴木 純粋な医療の世界であれば、データは同じ形式が望ましいのでしょうが、それではPHRサービスのイノベーションを損なう恐れもあります。ユーザーがサービスを使いやすい環境にするにはどうすればよいかという観点を持つべきです。
松原 標準化と関係するのが、異なるPHRサービス間でのデータ移行です。優れた別のサービスが登場してきたら、乗り換えたいというユーザーの需要にもこたえないといけません。
田口 私は別の分科会で、サービスの品質に関して議論しています。PHRサービスが推奨する運動や食事について全くエビデンスがない、あるいは、それで健康を害してしまうような事例が出たら、サービス全体に対する信頼を失ってしまいます。また、情報の利用に際して必要となるユーザーからの同意の取り付けに関し、どのような表示が望ましいかという論点もあります。最終的には事業者向けガイドラインのような形でまとめ、ユーザーの安心感が得られようにしたいです。参入を目指す事業者にとっても参考になるので、産業として盛り上がることにつながるとも考えています。
橋本 サービスを生む民間の事業者が主導する形で、ルールづくりを進めていただきたいです。
幅広い企業の参入を歓迎。イノベーション実現に連携を
橋本 さらにどのような点が重要でしょうか。
松原 ユーザーの方にPHRサービスを正しく理解していただくための努力が欠かせないでしょう。正しい使い方をしないと、十分な効果が出ません。また、日本だけで閉じた世界になってはいけません。他の国の動向なども常にウォッチしていく必要があります。
田口 健康に関心が高い方は、シニア世代に多いですので、スマホの使い方教室のような地道な活動も大事です。同時に、自分で入力するのは手間がかかりますので、IoTデバイスも含め、ストレスなくデータが取得できる環境を整備しなければなりません。
鈴木 健康になるので使うという方がいて当然ですが、他方で、単純に楽しいから使うという方がいてもいいのではないでしょうか。そのためにも、医療や介護などに限らず、幅広い業界から企業が参入していくことは大歓迎です。ユーザーに使っていただくことでデータも集まり、サービスの精度向上にもなります。
橋本 楽しく使っているうちに、結果として健康になったという世界がつくれたら、とてもハッピーですね。難しい課題はありますが、皆さまには適切な競争環境をつくるとともに、事業者間の連携を深めていく中でイノベーションを起こし、画期的なサービスを実現していただくことを期待しています。政府も新しいサービスの実証事業を検討するなど、きっかけ作りを支援していきます。
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