自動車革命とキーデバイス半導体
「CASE」で100年に一度の大変革
「私のゴールは、トヨタを車の会社からモビリティー(移動手段)の会社に変えることだ」。2018年1月上旬。トヨタ自動車の豊田章男社長は米家電・IT見本市「CES」の場でこう語り、トヨタを単なる自動車の製造・販売会社から車を使ったサービス「MaaS」を手がける企業に転換させると宣言した。以来、トヨタは決算発表の場や労使協議会、入社式に至るまで豊田社長の発言を引用し、自己を変革する姿勢を社内外に訴えかけている。
自動車産業にはいま、「CASE」(C=コネクテッド、A=自動運転、S=シェアリング、E=電動化)と呼ばれる四つ技術革新が同時に到来。これらの開発を支える人工知能(AI)の進化と相まって、クルマは「100年に一度の大変革期」を迎えている。
トヨタが商用の完全自動運転EV
トヨタがCESで発表したコンセプト電気自動車(EV)「eパレット」は、冒頭の豊田社長の発言が決して言葉だけではないことを物語っている。eパレットは低床の箱型EVで、完全自動運転機能を搭載。ニーズに応じ、ライドシェアや移動ホテル、オフィス、物販店などに設備や内装を変えられる。
事業化にあたり、米アマゾンや中国の滴滴出行、米ピザ・ハット、米ウーバー・テクノロジーズ、マツダの5社と協業。5社と新たに「eパレット・アライアンス」を立ち上げ、2020年にはeパレットを使った移動サービスの実証実験を始める計画だ。協業相手はネットサービスやライドシェアの巨人から飲食まで幅広く、マツダに関しては往年の「ロータリーエンジン」技術をEV向けに復活させるという役割も担っている。
勃興するMaaS市場
完全自動運転車の実用化とともに、人々の車内での過ごし方が多様化し、これまでにはなかった巨大なMaaS市場が新たに立ち上がる可能性がある。米インテルなどは17年6月、自動運転車が将来生み出すモノやサービスへの経済効果が、2035年の8000億ドル(約88兆円)から、50年には7兆ドル(約770兆円)規模にまで拡大するとの予測を発表。「パッセンジャー・エコノミー」(搭乗者経済)という新たな概念を提唱した。
それによると、新たに登場する車内サービスとして想定されるのは、髪やネイルを手入れするビューティーサロンから、タッチスクリーン型のテーブルを使った遠隔会議、レストラン、販売店舗、健康クリニック、ホテル、移動映画館、移動中の地理的位置に合わせたロケーション・ベース広告など。企業やオフィスビル、マンション、大学、公営住宅などが特典や差別化のために、社員や居住者にMaaSによる移動サービスを提供するケースなども考えられるという。
また、車通勤者が運転から解放されるのと併せ、自動運転による道路渋滞の緩和により、年間で延べ2億5000万時間を超える時間が自由に過ごせるようになるとした。交通事故も減少し、35~45年の10年間に、控えめに見積もって58万5000人の人命が失われずに済むと試算している。
自動運転の実現時期は?
こうした未来を想定しつつ、足元で進むCASEのビジネスチャンスを日本はどう取り込んでいくのか。経済産業省は人、モノ、技術、組織等が様々につながることにより新たな価値創出を図る「コネクテッド・インダストリーズ」の取り組みで、重点5分野のひとつに「自動走行・モビリティサービス」を掲げ、データ協調のあり方やAI人材の育成を図ってきた。
15年に経済産業省と国土交通省が合同で立ち上げた産学官の検討会「自動走行ビジネス検討会」(座長=鎌田実東京大学大学院教授)が18年3月30日にまとめた、自動走行の実現に向けた取組方針の第2弾となる報告書。この報告書をひもとくと、「20年」、「25年」という二つの時間軸がキーワードとして浮かぶ。
まずは自動走行の実現時期の見通しだ。自家用車では20年以降に高速道で「レベル3」(条件付き運転自動化)、一般道では「レベル2」(部分運転自動化)の実現を見込む。一方、MaaS用を想定した「事業用」の車では、20年頃に一定の地域での「レベル4」(高度運転自動化)を実現。25年以降は対象地域が拡大していくと予測した。
その上で、企業が単独で開発するには膨大なコストがかかる自動運転用の地図や通信インフラ、安全性評価などの10分野を「協調領域」と定め、国が主導して業界横断的な取組を進める考えだ。
トラックの隊列走行や、中山間地域での自動運転サービス事業化に向けた検討、自動駐車などの実証実験も、20年頃の実用化を視野に全国的に進めていく。
クルマの進化、カギを握る半導体
現在進行形で進むクルマの劇的な進化「CASE」。コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化のどれをとっても欠かせないのが、情報処理量の増大を支える半導体とソフトウエアだ。
「将来の車はソフトウエアが定義する」。米エヌビディアを創業したジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)はこう話す。同社は画像処理半導体(GPU)の世界大手。もともとゲームコンピューティング用のGPUで業績を伸ばしてきたが、最近は自動運転用のソフトウエアを動かす半導体としてGPUの採用を広め、急速に存在感を高めている。
ファンCEOは1月のCESで、エヌビディアの半導体を使う自動車関連企業が既に世界320社以上に達したことを明らかにした。トヨタ自動車なども採用している。同社は車載用のGPUを「自動運転用のAIプラットフォーム」と称し、自動車業界への攻勢を強める。
半導体王者として長らく君臨する米インテルも黙ってはいない。インテルが強く主張するのは、コネクテッド(つながる)化された社会で爆発的に増えるデータの重要性。「コネクテッド社会を構成するモノには必ず膨大なデータの処理という問題がつきまとう」(ブライアン・クルザニッチCEO)。
インテルは17年、自動運転向けシステムを手がけるイスラエル・モービルアイを約1兆7500億円の巨費で買収した。データを生み出す主要要素として自動運転システムを手中に収め、モビリティー産業の中枢を握る算段だ。パソコンならぬ自動車版「インテル、入ってる」作戦といえる。
一方、同じく半導体大手の米クアルコムは、車載半導体に強いオランダ・NXPセミコンダクターズの買収を目指すことを表明。しかし、今度はそのクアルコムの買収を米ブロードコム(シンガポールから本社を移転)が目指すと発表するなど、世界の半導体業界は大規模再編の様相を呈してきた。
日本はルネサスが先行
日本の半導体大手ルネサスエレクトロニクスも、着々と自動運転車向けの事業展開を進めている。17年10月には、トヨタが2020年に実用化予定の自動運転車にルネサスの車載半導体が採用されたと発表。量産車への採用をいち早く決めたことで、自動運転技術の中核を担う車載半導体の競争で先行し、シェアを獲得する考えだ。
ルネサスの半導体はトヨタが20年の実用化を目指す高速道路での自動運転技術「ハイウェイ・チームメイト」への採用が決まった。車載カメラなど各種センサーから取得した多量の情報をリアルタイムに処理し、障害物の検知や危険予測を基に運転を判断し、車両を制御する。20年頃からはトヨタ以外の複数社の自動運転車にも採用される見通しだ。周囲環境の認識から車体制御、走行の判断まで一貫してソリューションを提案できる点を強みに、採用拡大を目指す。
こうした中、自動車部品国内首位のデンソーは18年3月、ルネサスへの出資比率を従来の0・5%から5%に引き上げた。ルネサスの筆頭株主の産業革新機構が保有する株式の一部を取得した。取得額は株価換算で約850億円もの巨費。自動運転や電動化の普及を見据え、車両制御システムの開発でルネサスとの関係を深める狙いだ。デンソーはルネサス株を追加取得し、第5位の株主となった。
ソニーは18年1月、車載向けのイメージセンサーをトヨタ自動車や日産自動車、韓国の現代自動車や起亜自動車などに供給すると明らかにした。自動運転技術の開発で不可欠な、「車の眼」としてイメージセンサーを活用。各社との協業を通じて車載事業の拡大を目指す。ソニーは14年に車載向けのイメージセンサーの商品化を発表。これまでもデンソーや独ボッシュ向けには供給してきたが、今後は供給先を完成車メーカーにも広げ、自動運転技術の実用化を後押しする。ソニーの平井一夫社長(現会長)は米CESでの記者会見で、「自動運転などの“移動革命”に貢献できると確信している」と述べた。
世界にモータリゼーションをもたらした「T型フォード」の発売は、いまから110年前の1908年。現在押し寄せる「CASE」の技術革新は、T型フォードを先頭に勃興した世界の自動車産業で有史以来、最大の激変期といえる。電機・ITや半導体大手、ベンチャー企業などさまざまな異業種も巻き込んで加速するニュービジネスに、日本の基幹産業の行く末がかかる。