G7の論点③「通商」自由、公正で開かれた貿易投資を
「G7として輸出規制の抑制など、市場を開き、貿易投資を促進するための取り組みをリードするべきだ」。ドイツ・ノイハーデンベルクで2022年9月に開かれたG7貿易大臣会合。西村康稔経済産業大臣は、こう強調した。
資源の乏しい日本は海外から原材料を輸入し、高い技術力で加工した製品を輸出して経済成長を遂げてきた。為替対策として企業が海外生産を進めた現在も、この構造は変わらない。西村大臣の発言は、G7発足から日本が一貫して掲げる信念といえる。
それが近年、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大やロシアのウクライナ侵略による供給不安をはじめ、これを揺るがす事態が地球規模で同時多発している。日本がG7議長国として「自由、公平で開かれた貿易投資」を主導する立場は、一段と鮮明になっている。
自由貿易を取り巻くリスク
日本の年間輸出入額は中国と米国が4割近くを占める。その両国はトランプ前政権時代に「関税合戦」を繰り広げた。中国は最近では、新型コロナの発生源の調査要求を機に豪州との対立が露呈。石炭などの輸入を制限し、一時は中国に入港できない石炭の輸出船が相次いだこともある。リトアニアとも関係が悪化している。首都ビルニュスに台湾の代表処開設を許可したことに強く反発。リトアニア産品を税関で止めたほか、輸入を許可しないなどの事例が確認されている。こうした動きに対して、自由貿易を求める日本をはじめ各国の関心は高まっている。
一方の米国は、トランプ前政権時代に、TPP(環太平洋経済連携協定)を脱退したり、鉄鋼やアルミといった日本においても重要な輸出品に関税を課したりするなど、自由貿易に逆行する政策をとった。バイデン政権で転換されると期待されたものの、自由貿易推進に舵を切るには至っていない。
また、バイデン大統領は2022年8月、「インフレ抑制法」に署名した。北米で最終的に組み立てられた電気自動車(EV)などの購入者に対する税額控除が盛り込まれた。実行されれば輸入したEVが販売価格で不利になり、日本の産業を支える自動車業界の脅威になりかねない。日本政府は3か月後の11月、日本メーカーのEVにも同様の措置を取るよう求める意見書を提出した。
世界全体を見渡すと、先端技術を持つ商品について、設計から開発、生産までの全工程を自国内で実施するよう外国企業に求めるなど、「不公正な貿易」につながり兼ねない動きが散見される。政府からの潤沢な資金供給を受けるというアドバンテージを持つ国有企業が、他国の民間企業よりも国際競争力で優位に立つという問題も出ている。
経済産業省は30年前から、外国企業に対する技術の強制移転をはじめ不公正貿易につながりかねない措置をリサーチし、公表とともに政策に反映させてきた。これは、本サイトの政策特集「不公正貿易とニッポンが戦う」の回に詳しく記している。2023年のG7でも各国と問題意識を共有する方針だ。
サプライチェーン、WTO改革…複雑化する課題
サプライチェーン(供給網)を巡っては、米国や欧州を中心に強制労働、児童労働といった人権侵害につながりかねない企業活動に厳しい目が集まる。一方で、途上国に進出しようとする企業にとって、人権を巡る事業リスクをあらかじめ正確に把握するのは難しい。
経済産業省が重視するのは、リスクに関する予見可能性を高めることだ。欧米などの規制、法律や進出する国の人権状況を示し、企業がそれを考慮して進出すれば、現地の人々の生活を豊かにしながら人権の保護も図れる。実現にはG7各国だけでなく、途上国との連携がカギを握るため、経済産業省の2023年G7での役割に注目が集まる。新型コロナの感染拡大やロシアのウクライナ侵攻で脆弱性が露呈したサプライチェーンの強靱化も主要テーマとなる。
このように「自由、公正で開かれた貿易投資」には、数多くの課題がある。これまで以上の貿易摩擦の多発が想定される中で、世界164か国・地域が加盟するWTO(世界貿易機関)の紛争解決機能としての役割は一段と増している。
だが、前述の政策特集「不公正貿易とニッポンが戦う」で指摘したように、WTO上級委員会の委員は米国の反対で選任できず、空席の状態だ。WTOが機能不全と言われるゆえんである。このままでは強力な貿易措置が二国間交渉で突き出された場合、対抗する手段が著しく狭まる。数多くの貿易紛争を経験した日本をはじめG7は、本来の機能を取り戻すための改革を目指している。
日本は自由な貿易の結節点
貿易を巡る課題が複雑化、多様化する中、日本は2023年のG7で何を訴え、目指すのか。経済産業省通商機構部の木村拓也参事官に聞いた。
ロシアによるウクライナ侵略で国際秩序が揺らぎ、世界経済の落ち込みが懸念される中、2023年のG7では「自由で公正な経済秩序の再構築」に向けた道筋を打ち出したい。具体的には、貿易投資の促進や、WTO改革、市場を歪める不公正な貿易措置にG7としてどう対処するか、経済安全保障の強化をどう図るか、などが柱になる。足元では大国の間にも「保護主義」的な考え方がみられる。G7という価値観を共有する国々や、日本と同様にルールに基づく貿易投資の発展を求める国々と連携し、経済活動を深める議論がしたい。また、市場を歪曲する不公正な措置に対処するため、多くの国と連携して新たな国際ルール作りを進める必要がある。WTOに関しては2022年6月の第12回WTO閣僚会議で、機能不全に陥っている紛争解決制度を2024年までに機能させられるよう議論をすることで合意した。だが、いきなり加盟164国・地域の合意を得るのは難しい。まずは、有志国で交渉し、方向性を打ち出せたらと思う。
サプライチェーンで近年、大きなテーマとなっている人権問題について、通商政策の中でどう対処できるか。各国企業のサプライチェーンが途上国を含めて広がる中、人権尊重の取り組みをどう自主的に強化するかが重要だ。そのための望ましい国際的な連携について議論を深める。また、サプライチェーンの強靱化では、半導体などの重要物資へのアクセスを失わないよう、平時、有事の情報共有を含めた有志国との協力のあり方が大きなテーマになる。
資源の乏しい日本が1970年代から貫いてきたのは、力によって貿易を制限するような恣意的な経済・貿易政策を国際的なルールで排除することだった。この点を世界で最も重視しているのは日本だと思う。G7の中でも様々な動きがあるが、日本は自由で公正な貿易に向けた貿易秩序の維持を先導していきたい。