海外からも優秀な人材を!変革迫られる日本企業
リクルートワークス研究所人事研究センター長/主任研究員・石原直子氏×ジェトロ副理事長・赤星康氏
グローバル化が進展する一方で、人材不足も深刻化し、我が国が成長し続けるためには高度外国人材の重要性がかつてなく高まっている。だが、島国である日本では企業の多国籍化を阻む“壁”も決して少なくはない。リクルートワークス研究所の石原直子人事研究センター長/主任研究員、そして日本貿易振興機構(ジェトロ)の赤星康副理事長に我が国の企業が取り組むべき課題などについて語り合ってもらった。
―日本企業は人材の国際化で遅れがちです。どんな問題があるのでしょうか。
石原 海外とは就業観が大きく違います。日本企業ではいったん入社したら定年まで働くのが当然とされています。この共通認識はある意味社会に安定をもたらしてきましたが、もはや現代的とはいえません。
赤星 知り合いに外資系銀行に勤めていた人がいて、就業観の違いが分かります。その人が経験した計3~4回の転職は、常にレベルアップを伴うものでした。つまり外資系企業では、より上位のポストが社内になければ社外に活路を見いだす考え方が基本になっているようですね。
「自分のキャリアは自分で決める」が当たり前
石原 同じアジアでも、中国人などはその考え方にフィットしていますね。日本だと、すぐ辞める人は「我慢強くない」とか「信用できない」などと評価されてしまいます。海外では、社外に良いポストがあれば誘いを受けるのが自然な流れです。逆に、社内における昇進は当然の権利でも約束されたものでもありません。昇進競争では社外の人もライバルになります。
日本の特に男性は、入社して何年か経ったら課長、その後問題なく勤めたら部長、定年までには執行役員、といった具合に幻想を抱きがちですが、現実はそうはいきません。上位のポスト数は限られるのだから当然です。一人一人が会社との関係性を認識し直すべきではないでしょうか。「自分のキャリアは自分で決める」というのが海外の若者の当たり前の態度です。一方、日本人は企業に入るとキャリアを会社に任せてしまいます。
赤星 海外人材についてよく聞く話ですが、日本だと課長、マネージャーになるまでに10年くらいかかると伝えると、彼らはすごく驚きます。この感覚のギャップは日本企業における外国人材の離職率の高さにつながっているようです。
石原 優秀な海外人材は、いつまでもマネジメントをやらせないと、組織による自分の能力への評価に不信を抱くようになります。海外駐在が長いある日本企業の役員は、まずやらせてみることが大事だと仰っていました。仮に結果が出なければ、他の仕事を通じた成長が必要ということが、本人にもわかります。このやり方で納得しない海外人材は、ほとんどいないようです。一方、日本では20代で課長になる人は限られます。大抵、30代の半ば以降です。不文律でそうなっている場合もあれば、制度で決まっている会社もあります。この特異な慣習は、自分でキャリアを切り開こうとする海外人材と共に働く上で、齟齬(そご)を起こしやすい要素です。
求められるマインドセットの変化
赤星 ビジネスのグローバル化と人手不足が加速する中、外国人材の必要性は否定しようがないと思います。彼らを受け入れるためには日本企業にもマインドセットの変化が求められています。ただ、難しい部分もあります。例えば、私が知るある地方の中小企業は社長が先頭に立ってトイレ掃除をするような会社なのですが、入社したアジア系の人は「掃除をするために入ったのではない」と困惑してしまったようです。私は、この会社の文化を全否定すべきとは思いません。ではどこで折り合いをつけるかですが、明確な答えは見えていません。
石原 難しいですね。そのアジア系の人には、掃除をすることによって得られること、例えば奉仕の精神が身につくとか、こんな人になれるとか言葉を尽くして説明すべきかもしれません。説明さえすれば、大抵は分かってくれるのではないでしょうか。一方、「掃除をするのが当たり前」という感覚を説明せずに押しつけるのは明らかに間違っています。日本人は暗黙知に頼ることが多いですが、説明がないと文化の違う人たちには傲慢(ごうまん)に感じられてしまうことがあります。説明力の不足は、日本企業の管理職の典型的特徴かもしれません。
明確なルールで評価、処遇を
米国のゼネラル・エレクトリック(GE)は世界的にマネジメントが上手いとされていますが、同社には、管理職が持つべきリーダーシップの一つとして、「従業員をアカウンタブルにする」という要件があるようです。何をやることが求められていて、それを達成したらどうなれるのか、逆に達成できなかったらどうなるのか、明快なルールを提示すること、そして、実際にそのルールにのっとって評価や処遇をすることは、リーダーの責任の一つだという考え方だと聞きました。日本だと、個人の評価や昇進について、管理職がその理由を明確に説明できないこともある。横並び主義や年功序列が横行する現状は、アカウンタブルとは言えません。
赤星 アカウンタブルでないということは、海外人材だけでなく、日本人の若手人材にもマイナスアピールになりますね。
石原 その通りです。ただ、日本の若者は意外にも早い段階、半年とか1年で日本的な組織風土に順応するようです。つまり、会社の論理に従って賢く振る舞うことが幸福につながるということを知ってしまうのです。日本の大企業では、ものを言わずおとなしく暮らすことが経済的なメリットにつながります。その意味で、日本では従業員と組織は共犯的な関係にあり、秩序を維持しようという圧力が強く働いてしまいます。それを打破する意味でも、海外人材の力は有効です。
中小企業の人材不足は深刻
赤星 ジェトロでは全国各地で海外人材の獲得支援を進めています。ある地域で行ったワークショップを実際に見に行っておもしろかったのが、企業が入社してほしい外国人に向けて、具体的に何を期待するのかというポイントを紙に書いてみるというタスクでした。つまり、暗黙知を可視化する試みです。
石原さんのリクルートワークス研究所の調べだと、現在の大卒有効求人倍率は約1.78倍だそうですね。一方で海外から日本に来ている留学生の多くが、日本での就職を希望しています。彼らを採用しない手はありません。
石原 中小企業の人材不足は大手企業以上に深刻です。大手企業は今後も優秀な人材をまとめて採れるとまだ考えているのに対し、中小企業の方が正しく危機を認識できていると思います。中小企業から変革が起きる可能性は十分にあります。変革は時に痛みを伴います。社長の独断で決めていた幹部人事や労働時間などに明確なルールを持ち込むと、最初はやりづらいかもしれません。でも時代の変化を受け入れるには良い機会です。これだけの危機がないと、変わる理由になりません。
ダイバーシティー関連の話も同じでした。1980年代以降、何度も女性活躍推進が議論されてきましたが、本格化したのはここ10年程度です。ようやく本格化した理由は人材不足です。男性だけでなんとかなる会社が減り、いろいろなルールが変わってきています。何げなく行われてきたセクハラなども、撲滅すべきというコンセンサスができてきました。海外人材の受け入れも同じです。これまでの「当たり前」を変える必要があります。キーワードはダイナミック(動的)な均衡です。変わっていきながらバランスを取り存続する企業のあり方を考えないと、事業運営が難しくなる時代です。
IT技術者受け入れへ環境整う
―ジェトロでは先ほどの全国各地でのイベントをはじめ、さまざまな角度から海外人材の獲得を支援していますね。
赤星 近年重視している事業の一つが、インターンシップです。経済産業省の委託を受け、外国人留学生などを対象に、最大3カ月の就業体験プログラムを用意しています。その中で私が注目したのは、山形県のある和菓子屋さんの事例です。タイ人留学生をインターンで受け入れ、輸出業務や外国人観光客への応対などで大いに効果が出たようです。
また、海外人材を日本に呼び込む取り組みも強化しています。一例が、民間企業と協力して行ったインドのプネでのマッチング事業です。この都市は日本語教育が充実しており、日本語を話せるIT技術者がたくさんいます。現地の人材と日本の中堅・中小IT企業の交流を促しており、かなり良い結果を出せそうです。「日本版高度外国人材グリーンカード」制度が2017年4月に創設されるなど、海外からIT技術者を受け入れる環境は整っています。インドと日本は文化的に相性も良く、初の試みですが大いに期待できます。
石原 それは画期的ですね。企業にとっては、同時期に複数人採用するチャンスかもしれません。複数というのは、マイノリティーの力で組織を変えるには一定程度のボリュームが求められるからです。ハーバード大学のロザベス・モス・カンター教授は、組織の中で影響力を持つには全体の10%の数では足りないと主張しています。彼女が必要だとする割合は35%。仮に多数決で否定されても、違う意見を支持する人が35%いるとなれば多数派の記憶に残るためです。35%とまでいかなくとも、高度外国人材にも同じことが言えます。今の日本の組織を考えると、たった一人の声だとかき消されてしまいます。つまり、マイノリティーとしての存在意義を発揮できないことになります。
赤星 複数のタイ人の方を採用している会社で、ある人が仲間のメンター的存在になっているケースを聞きました。
石原 そういう環境は大事ですね。日本の特異性について愚痴を言いたくなる時もあるでしょうし。ガス抜きしながら定着していくというのが、自然な流れだと思います。
【略歴】
石原直子(いしはら・なおこ)慶應義塾大学法学部卒。銀行、コンサルティング会社を経て2001年よりリクルートワークス研究所に参画。人材マネジメント領域の研究に従事する。2015年から2年間、機関誌Worksの編集長を務めた。2017年4月から人事研究センター長/主任研究員。タレントマネジメント、リーダーシップ開発、女性リーダー育成、働き方改革等を専門とする。
赤星康(あかほし・やすし)1987年東京大学法学部卒、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2003年資源エネルギー庁総合政策課、2004年ジェトロ・シンガポールセンター産業調査員、2007年大臣官房広報室長、2008年通商政策局米州課長、2011年在アメリカ合衆国日本国大使館公使、2015年ジェトロ副理事長に就任。