日本の戦略とパートナーシップ(上)
経済産業省 水ビジネス推進室に聞く
「水」は生活や産業活動に欠かせない貴重な資源だ。海外の水インフラを改善し、安定的に水を供給できる環境を整えることは、その国々での社会課題の解決にもつながる。世界の水ビジネス市場ではフランス、中国、アメリカなどの企業が高い売上高を誇る。一方で、日本企業もその優位性技術やノウハウを背景に存在感を強めている。日本が海外水インフラ市場への進出を加速するための戦略や支援事業など、政府の取り組みについて経済産業省 国際プラント・インフラシステム・水ビジネス推進室に聞いた。
日本の水インフラ技術で地球規模の課題解決に貢献
―世界の水ビジネス企業の売上高をみると、クボタや栗田工業(第5回で紹介)といった日本企業もプレゼンスを発揮しています。昨今ではSDGs(持続可能な開発目標)への関心も高まっており、こうした企業の活躍がきれいな水への需要を支えているわけですが、水ビジネスの重要性をどのように捉えていますか。
水は世の中のほとんど全ての産業で必要であり、我々の暮らしに欠かせませんが、世界には安全な飲み水やトイレを利用できない人も未だ多いです。先進国においても、干ばつなど気候変動の影響から、半導体生産用の産業用水不足が顕在化する例もみられます。さらに地震による断水や洪水など、激甚化する水災害による被災・経済損失は地球規模の課題です。水インフラの整備改善は、こうした課題に対応するものであり、企業の社会的意義を高めるとも言えるでしょう。水ビジネスの発展は、持続的な社会のために大きく貢献していると言えます。
水ビジネスのサイクルを通じて、5つのビジョンを整理
—海外水インフラ市場への進出を加速するために、政府ではどのような議論をしているのでしょうか。
我が国のインフラシステム海外展開については、内閣官房長官を議長とした「経協インフラ戦略会議」において国別・地域別課題や分野別・分野横断的課題をテーマとした会議を開催し議論しています。昨年12月、2021年から5年間の新目標を掲げた「インフラシステム海外展開戦略2025」が決定され、目的を「カーボンニュートラル、デジタル変革への対応を通じた経済成長の実現」、「SDGs達成への貢献」、「FOIP(自由で開かれたインド太平洋)の実現」の3本の柱立てにしたほか、2025年のインフラシステムの受注額の目標として「34兆円」を掲げました。
経済産業省は、「インフラシステム海外展開戦略2025」が策定されたことを受け、今年3月に「水ビジネス海外展開」を公表。2010年4月に水ビジネスの海外展開施策を取りまとめて以降、10年間にわたり水ビジネスの海外展開を推進していますが、新たに海外水ビジネスの現状や、海外展開に向けたビジョン、水ビジネス海外展開施策の方向性について取りまとめました。
—世界の水ビジネス市場の拡大や、日本企業の売上高の成長、世界の国・都市における水ビジネスのポテンシャル、海外展開施策の方向性について、第1回の記事で東京大学大学院工学系研究科の滝沢智教授にお話を伺いました。官民が連携した戦略的な展開が期待されますが、海外展開に向けたビジョンを教えてください。
相手国でのプロジェクトの発掘から実現~継続化という水ビジネスのサイクルを通じて、5つのビジョンを整理しました。
現地の水事業に対する法制度やルールを整備することによるビジネス環境の整備や、日本の経験を共有し、相手国との信頼関係を構築することはプロジェクト初期から重要なポイントです。また、機器売りに留めず、オペレーションや維持管理まで関与を広げていること、日本の技術の優位性やライフサイクルコスト※1に対する理解を醸成しながら相手国の目線で案件に継続的に関与すること、現地の官民関係者としっかり連携して事業を進めることなどが必要です。
※1 製品、サービス、施設、建造物などを、製造または利用することにあたり、そのライフサイクル(構想・企画・研究開発、設計、生産・構築、調達、運用・保全、廃棄)の全てに亘って発生する総コストのこと
新興国が相手の場合、将来自律的な運営をするために、現地の人材育成や出資を伴うような事業運営への積極的な関与が重要です。また、関係者と協力し、水利用サービスへの対価を支払う意識も醸成させ、受益者負担の原則を確立させることが重要です。新興国は人口も増えていますし、ビジネスの相手として今後も長い付き合いをしたい“大切なお客様”。そのためにも、ソフト・ハード両面での努力に、政府はサポートを推進しようというスタンスです。
多様な支援を通じて水ビジネスの海外展開を加速
—経済産業省はこれらのビジョンを実行するために、具体的にどのような支援をしているのでしょうか。
相手国政府との対話や、公的資金による実現可能性調査(フィージビリティスタディ※2)、官民連携の推進など、様々な支援ツールを活用し、ビジネス機会の創出、案件形成を支援しています。また、水ビジネスに関わる国内外の各省庁や公的機関など、様々な関係者と連携し、各国の要人の招へい、日本からの専門家の派遣等も実施しています。
※2 計画された新規事業や新製品・サービス、プロジェクトなどが、実現可能かどうかを事前に調査し、検証すること。
降水量の少ないサウジアラビアや南アフリカでは、日本の技術を活用した海水淡水化プラントや再生水の活用を実証するプロジェクトが進められています。海外に実証プラントを設置して日本の技術の商用化を進める、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を通じた取り組みです。相手国政府を発注者とした大規模なプラント建設などは初期投資が大きく、事業リスクの見極めも必要です。民間企業だけでは対応に困るトラブル解決にも、政府間協議を通じてサポートしています。
―水ビジネス分野における新技術の活用は拡がっているのでしょうか。
政府は、デジタル技術などの積極的な活用を支援し、インフラシステムの輸出を促進しています。「水×デジタルイノベーション」による技術も拡がっており、世界の先進的市場だけでなく、新興国や途上国などの潜在的市場での水インフラ整備においても活用が期待できそうです。
(後編に続く)