ダイバーシティの観点からフェムテックに向き合う
フェムテック活用事例2、小田急電鉄
働きながら不妊治療を行う人が増える中、社員支援策を用意する企業がでてきた。小田急電鉄は、ダイバーシティ(多様性)を重視する観点から、「フェムテック」を活用し、働く女性の生活と仕事の両立をサポートする。今回は、同社の取り組みから、背景や課題を探っていく。
気軽に相談できる窓口として、相次いでフェムテックサービスを導入
小田急電鉄は、2018年9月に不妊治療・流産相談窓口「ファミワン」、同年12月に産婦人科に特化したオンライン医療相談「産婦人科オンライン」と、いわゆる「フェムテック」関連のサービスを相次いで導入している。
2021年3月まで人事部ダイバーシティ推進担当として、各種施策の導入、普及を進めてきた相馬慈課長(現IR室課長)は、その狙いについてこう語る。
「当社は鉄道会社であり、鉄道現業に従事する社員が大半で、その9割を男性が占めている。女性社員の周りは上司も同僚も男性であるため、身体の悩みを相談しづらい懸念があった。女性が安心して働ける環境を整備するためには心身のケアが重要であり、まずは、気軽に相談できる、適切な情報を得てもらえる相談窓口が必要と判断し、本サービスを導入した」。
1999年、男女雇用機会均等法の改正により、女性の深夜労働・残業や休日労働の制限が撤廃された。同社でも、現業部門の女性社員の採用を本格化し、宿泊を伴う勤務をする女性も増えてきた。まずは女性社員が働きやすい職場環境整備(設備面)を整えるところから始まり、社員に占める女性社員の数も徐々に増えてきて、育児休業をとる女性も増えた。
育児と仕事を両立しながら働く女性社員が、時間に制約があってもやりがいをもって働けるように、両立支援制度の拡充とあわせ、制度を利用しやすい「お互い様といえる職場づくり」を推進するなど、活躍支援のための仕組みづくりに力を注いできた。
また、近年においては性別や属性にとどまらず多様な人材が活躍できるよう、2018年2月に、会社の経営方針・戦略として「ダイバーシティ&インクルージョン」を掲げた。
こうした取組の結果、フェムテックサービスを導入する土壌が社内にできており、導入に抵抗がなかった。例えば、女性従業員が宿泊勤務する際に、本人はもちろん、周囲の男性もどのようにフォローすれば良いかという不安や心配がある場合もある。女性の身体についての不安を気軽に相談でき、正しい知識を身に付けられる窓口があれば、こうした不安や心配は軽減されていく。もちろん、一筋縄ではいかない。まずは社員の声をよく聞き、不安を受け止めながら、さまざまな試行錯誤を重ねていくしかない。
鉄道現業の監督者向けに妊活・不妊治療に関するセミナーを開催
同社は、2019年10月、駅や運転現業の監督者向けに、妊活・不妊に関するセミナーを実施した。「ファミワン」のサービスを導入した背景や、不妊治療の実態への理解を深めて職場運営に役立ててもらうためだ。厚生労働省の発表によると、夫婦の約5.5組に1組が不妊の検査や治療を受けたことがあるが、実際に職場では言い出せないなど、仕事との両立に困難を感じている人が多いという。こうした不妊治療に関する実態や、本人たちが抱えている具体的な悩み等について、現業監督者も専門家から体系的な話を聞くことで、理解が進みやすくなる。
このような内容のセミナーを実施するにあたって、相馬課長は「どういった形、内容が当社に合っているか、どのように訴求するかに苦悩した」と当時の心境を吐露する。
任意参加にすると、興味のある人だけの参加になってしまい、社内全体の認識の底上げにつながらない。男女含めての不妊治療に関する話や、女性特有の身体の仕組みについて理解することは、ダイバーシティマネジメントを進めていく中で、リーダーとして必要なスキルと位置づけられる。例えば、不妊治療においては、急に通院が必要になる場合もあり、現業監督者にその認識がないと、「突発の休みが多い」などと懐疑的に思われてしまうことにつながりかねない。このため、将来は、能力開発の一環として、研修の中にこのようなセミナーを組み込み、広く知識向上できる環境を整えていく方法もあると考えている。
一方で、不妊治療については、女性だけの問題と思われがちだが、実は原因の半分は男性にもあると言われ、男性が多い職場である同社だからこそ、その事実を知ってもらいたい、という事情もある。
実際に参加した監督者からは、「言葉としては知っていたが、詳しい内容までは把握していなかったので、勉強になった」や「部下や同僚が安心して働ける環境をつくることが大事だと思った」など好意的な声が多かったという。今後も、女性特有の更年期障害などを想定し、同様なセミナーの展開を検討していく方針だ。
思い込みや無意識の偏見に気が付かないと、必要以上に気を遣ってしまい、本人の意思に反して仕事を限定してしまうなどのケースも発生しかねない。しかし、知識や経験を蓄積することで、着実に、男女問わず安心して働ける環境整備が進み、更にはモチベーション向上を図れる職場環境の好循環がつくりだされつつある。
ほんの第一歩を踏み出したに過ぎない
相馬課長は、セミナー開催も一連のフェムテック関連サービスの導入も「まだ、周知というほんの第一歩を踏み出したに過ぎない」と強調する。妊活・不妊治療や、女性特有の身体の悩みに関する相談件数は増えてきてはいるものの、まだまだ悩みを抱えたままで、「相談する」ことに対しても高いハードルを持っている女性職員も多いと感じている。気軽に話せる場や機会をいかに設けていくかが課題だ。例えば、健康診断の会場に、妊活や不妊治療など専門家を呼んで、問診を受けられる一室を設ける方法もある。何かきっかけがあれば、継続的に専門家のアドバイスを受けることにもつながる。
女性特有の身体の悩みが、キャリア形成を阻害する要因にもなっている可能性もあるとしたら、これを取り除いていく必要がある。ダイバーシティ&インクルージョンの推進に取り組む中で、多様な人材が生き生きと働き、長期的に活躍できる会社にすることが目標だ。
※次回は、お茶の水女子大学・名古屋大学の佐々木成江准教授に話を伺う