【マネーフォワード・瀧俊雄 取締役兼Fintech研究所長インタビュー】スピード重視で、失敗を糧に
「付加価値を生んでいる人が、より稼げる社会を」
フィンテック社会の到来には、新たなフィンテックビジネスの担い手が次々と現れてくることが欠かせない。それはベンチャー企業となるのか、それとも既存の金融機関が踏ん張るのか。フィンテックベンチャーの1社で、9月末に上場したマネーフォワード取締役兼FinTech研究所長の瀧俊雄さんに、フィンテックに期待することや、どのように発展を遂げるかといった見通しなどについてうかがった。
―マネーフォワードで目指していることは何ですか?
「お金の不安を無くすこと。お金の流れを丁寧に可視化して、自分が何をすれば良いか分かるようにする。それが個人向けだと家計簿であり、企業向けだと会計ソフトとなる。家計簿は、概念としては昔からあり、ちゃんと使いこなせば効果は大きいが真面目な人であっても続かないもの。だからこそ勝手に帳簿が記入されていくサービスを目指している。まるでお母さんの代わりに、子どもが毎日通帳を記帳しに行くような感じ。それをバーチャルで実現していく。ユーザーは家計簿を付けることではなく、自分の仕事などに集中した方が良い。それが我々の初期的な存在意義であると考えている」
ダイエットと同じ
―どのように役に立つのでしょうか?
「現在550万人が利用するPFM(個人資産管理)では、ユーザーの稼ぐ力、節約する力を強靱にする。ダイエットと同じで努力のみで貯金は難しいから、いかに習慣化し自動化するかが大事。お金の悩みは、貯金さえできていればほぼ解決する。企業向けのクラウド会計ソフトでは、バックオフィスを効率化する。日本の最大の問題は人手が足りなくなるということ。これは社会保障関連だけでなく、企業活動においても同じ課題がある。バックオフィスはできるだけ自動化、効率化し、企業の本来の仕事を取り戻せば、トップラインを引き上げられる。当社が手がける、請求から回収までを請け負うサービスもそう。掛け売りでも支払い前に当社が入金するので、資金繰りを心配せず本業に専念できるようになる」
「お金の流れがどう流れていくのか見えるようになれば、企業の経営判断もよりデータに基づいたものになる。いわば“血流”を見ることで、流れが太い相手とは経営統合した方が良いのではないかなど、M&Aを促進することにもつながるだろう。我々はお金のプラットフォームになり、そこで圧倒的な付加価値を提供したい。フィンテックによって、付加価値を生んでいる人がより稼ぐことができる社会をつくりたい」
―フィンテックはベンチャー企業でないと難しい?
「人間は環境が変われば変容する。銀行だからといって、常にイノベーティブでない訳ではない。ただフィンテックのような新しいビジネスは最初から成功はしないもの。ユーザーに良かれと思っていざ開発したものでも、失敗に終わるケースも多い。それはベンチャー企業であっても同じ。そのリスクを許容した上で、次々と改善を繰り返していくスピードが必要だ。いかに失敗を糧にできるか。その繰り返しとハードワークでしか事業は回っていかないのが、このようなビジネスの宿命だ。最近では銀行もイノベーションを起こすべく取り組んでいるが、そこに関わっているのはIT企業出身者など銀行の中でもリスク許容度がそもそも高い人が多い。ここに銀行の保守本流にいるような人材がどんどん送り込まれるようになれば面白い」
“シリコンバレーが来るぞ”
―フィンテックのけん引役は、やはりスマートフォン?
「確かにスマホの登場で生活が大きく変わった。わずか10年前と現在では、食事をする場所をどうやって探すかとか、友達とどう待ち合わせるか、書籍をどうやって買うかなど、あらゆることが変化した。これはすべての産業について言えることで、それが金融の世界にもとうとう来た。もともとは米国で金融危機のため銀行が中小企業に融資をできなくなったことがきっかけ。これでP2Pレンディングが立ち上がり、銀行ではない人たちが貸金業として振る舞いだした。そこに経営を立て直した銀行が挑むことで新旧の戦いが起き、盛り上がり始めた。JPモルガンが2014年の年次報告書で、“シリコンバレーが来るぞ”と危機感を示したことが象徴的」
―日本ではどのようなニーズがけん引役となるのでしょうか?
「もともとは米国でのブームが波及しただけの状況だったかもしれない。日本では決済ネットワークは完備しているし、融資も相対的に受けることができる。ベンチャーキャピタルも次々とできており、決済や融資の領域で不満や不便が大きくない。それでは何が必要となるのか。私は将来不安へのソリューションが中心に来ると思っている。政府の債務残高が積み上がり、年金など社会保障システムへの不安が高まる中で、個人や経営者としてどう振る舞えばいいのか。まず現状を認識できるようにして、将来を安心できるようなソリューションを示す。そうして皆が安心して働き続けることができるように後押ししてあげることが、国を挙げてフィンテックを普及する意義ではないか」
NFCの強み生かせ
―フィンテックの普及に向け、日本では18%とされるキャッシュレス決済比率の低さも課題となっています。その一方で中国で普及するアリペイが日本に参入するなど、キャッシュレス決済で海外勢に主導権を奪われてしまうのではと懸念されます。
「日本では(Suicaや楽天Edyなどで使われている非接触タイプの)NFCを最大の武器にしたら良い。インフラが何もないのであれば、(アリペイのように)スマホを決済に使うのも悪くないが、日本には200万台以上のNFC決済端末がすでにある。Suicaなど電子マネーでP2Pの送金だってできるようになれば面白い。“来年のお年玉はSuicaで”というのが実現すれば良いのにと常々思っている。アリペイは中国で(スマホで読み取るための)QRコードを大量に配布して普及を進めたが、NFC端末を設置済みの日本で、どれだけの店舗が導入するのだろうか。それにQRコードを読み取るのは、スマホカメラの起動もあり手間。NFCの方がよほどスピーディで簡単だ。NFCってすごいと言いたい」
江戸時代に戻る?
「ただ将来の本命は顔認証などの生体認証だろう。決済の領域では、これから江戸時代に戻っていくんだと言っている。江戸時代の商人は大晦日になると集金に走り回ったものだが、それは皆ツケで飲んでいるから。いわば顔を見て与信している。これと同じ世の中がフィンテックでやってくる。もちろん大晦日に集金して回ることはないだろうが」
―フィンテックでは仮想通貨などブロックチェーン分野がもっとも注目されています。
「実質的な技術の価値はこれからという段階。ブロックチェーンが一般の決済システムに取って代わるにはまだ時間がかかる。ビットコインも希少性があるから金の代替物になると言われるが、実際には次々とアルトコイン(ビットコイン以外の仮想通貨)は作ることができるから、仕組み自体は希少ではない。むしろ全銀ネットなどの既存インフラに分散型台帳を活用する動きの方に価値がある」
―仮想通貨による資金調達「ICO」も盛り上がっていますが。
「本質的には購入型のクラウドファンディングと同じであると考えている。ICOは現状では資金繰り手段にも近いところがあり、何らかの制度整備が必要だろう。ただ、それを詐欺だといって騒ぐのも行き過ぎである。投資の対価は必ずしも配当や返済金とは限らない。また、世の中のベンチャーは誰だって世界を変えられると思っているが、たいていは失敗するもの。クラウドファンディングもそうだが、友達に金を貸すなら、あげてしまった方が良いという考えもあり得るだろう」
【略歴】
瀧俊雄(たき・としお)2004年に野村証券に入社し、野村資本市場研究所で家計行動などの研究業務に従事した。野村ホールディングスの企画部門を経て、2012年からマネーフォワード(東京都港区)の設立に参画。自動家計簿・資産管理サービス「マネーフォワード」を展開している。2015年には同社Fintech研究所長に就任した。経済産業省「産業・金融・IT融合に関する研究会」に参加。金融庁「フィンテック・ベンチャーに関する有識者会議」メンバー。