効率と軽量化を実現 夢の超電導線材
航空機の電動化に挑む開発者たち【後編】
超電導技術によって軽量かつ高効率の電動推進システムが実現できれば、長距離を飛行する電動航空機実現の道が拓ける。ここへきて脚光を浴びる超電導だが、その裏には地道な開発に挑み続けた20年近くにわたる日々がある。
開発競い合う
発見当時はマイナス269度Cでしか発現しなかった超電導だが、酸化物系の超電導物質の発見で臨界温度はマイナス196度C以上にまで引き上げられた。この温度は液体窒素の温度であり、マイナス269度Cまで温度を下げるために必要な液体ヘリウムに比べ、液体窒素は10分の1以下のコストで済む。冷却コストの問題が大幅に改善されたことにより、高温超伝導体の一種である酸化物系超電導材料に大きな期待が集まった。だが同材料はいわゆる陶器(セラミックス)でできており、壊れやすいという課題を解決しなければならなかった。
超電導線材は大電流を流せてかつ長いほうが良い。コイルで発生する磁場の大きさは電流の強さとコイルの巻数に比例するからだ。このセラミックス材料を超電導用線材として利用するための研究をめぐって2000年以降、日米が競い合ってきた。
コイルだけで磁場が
ひとつの突破口となったのは2012年。産業技術総合研究所(産総研)や九州大学などの研究グループが、断面積1平方ミリメートルの線材に600アンペアの電流を流せる線材を開発。その中で電流が流れる部分はさらに少なく、わずか2マイクロ~3マイクロ(マイクロは100万分の1)の厚さのテープ状の超電導材料のみに電流が流れる。大電流を流すことで鉄心を使わずにコイルだけで大きな磁場を作れる。モーターの大きなパワーを引き出すために必要だった鉄心が不要になることでモーターの軽量化が可能になった。産業技術総合研究所エネルギー・環境領域省エネルギー研究部門の和泉輝郎主任研究員は「航空機は軽さが重要で、超電導技術はその軽さを実現できることが魅力」と強調する。
超電導線材は温度と磁場の強さで超電導の特性が変わることが知られている。研究グループは、超電導線材を利用したケーブルなどを試作してきた。その経験から線材の作り方で超電導の効率が大きく変わることが分かった。和泉主任研究員は「実際に超電導線材を使用する温度が低いほど多くの電流を流せる。しかし、安全性と小型・軽量化の両立のために、できる限り高い温度と強い磁場の中で多くの電流を流せる線材を作りたい」と目標を掲げる。
超電導は直流に対しては電気抵抗ゼロと優れた特徴を示すが、交流に対しては磁場の向きが変わることに伴ってわずかに発熱して超電導状態を壊しやすいという欠点がある。超電導物質は臨界温度以下で超電導状態になるが温度が上がると不安定。高い温度や強い磁場で急激に元の常電導状態に転移する。
そこで研究グループは、数マイクロメートルの厚さの超電導膜に切り込みを入れることで、磁場の向きの変化による熱損失を減らすことを試みた。産総研ではレーザーの加工技術でわずか数十マイクロメートルの幅の切り込みを入れる高度な技術を開発。この技術と線材の特殊な巻き方で線材のエネルギー損失を従来の数十分の一に減らすことに成功した。
実現のカギ握る
この技術はほどなく海外の航空機メーカーの目にとまることとなる。米ボーイングは現在、九大や産総研などの日本の研究グループと、月に1回ほどのペースで議論を重ねている。日本の技術がボーイングが開発を目指す電動化航空機を実現するため重要な技術の候補となっているためだ。
これまで超電導開発の研究者らが行ってきたのは、超電導技術のシーズ(技術の種)を既存の技術に置き換えるような提案が中心であった。しかし、ボーイングは実現したい目標を解決するために必要な技術を必死に探している。電動化を実現するための要素技術を広く世界で探した結果、日本の研究グループにたどりついた。海外ではできなかった日本の優れた技術が評価された結果だ。
九州大学大学院システム情報科学研究院の岩熊成卓(まさたか)教授はこう語る。
「これからは100~200人乗りクラスの航空機が電動化のターゲットとなる」。1機あたりの機体価格はおよそ100億円で、そのうちエンジンが20億円程度を占める。さらに線材のコストはわずか5000万円程度。通常の産業では超電導技術を使うメリットは薄れるが、従来手法では実現し得なかった電動化航空機であれば超電導技術を用いることによるコスト増を吸収しやすいと考えられる。和泉主任研究員は「資金と人材があれば、100人乗りの電動航空機を2030年頃には実現できるのではないか。さらに小型機はそれより早くできると考えている」と展望する。
ジェット機が開発されてから80年あまり-。電動化は航空機産業にそれ以来のパラダイムシフトをもたらす可能性を秘めている。日本はそのカギを握ろうとしている。