政策特集ダイバーシティ経営の春です vol.1

多様な人材が企業を、日本を強くする!キーパーソン2人が「ダイバーシティ経営」を語り合う

性別や年齢、人種、障害の有無、価値観、キャリア、働き方の意向などに関係なく、それぞれ異なる知・経験を持った「多様な人材」の活躍によって、イノベーションや新しい価値を創造していく「ダイバーシティ経営」はますます重要性を増している。

経済産業省は2017年、「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」を策定して以降、企業がダイバーシティ経営を進めるためのツールの普及や「なでしこ銘柄」の選定など、ダイバーシティ経営を推し進める政策を展開。今春には、企業に対してダイバーシティ経営の考え方や推進方法を示す新たなレポートを公表する予定だ。

3月の政策特集は「ダイバーシティ経営の春です」――。初回は、経済産業省経済産業政策局の藤木俊光局長と相馬知子経済社会政策室長に、なぜダイバーシティが重要なのか、ダイバーシティで日本は何を目指すのかなど、縦横に語ってもらった。

多様性を競争力に変えるには――。研究会を設置し議論重ねる

 相馬 経済産業省は2017年に「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」を策定し、ダイバーシティ経営の推進に努めてきました。ただ、イノベーションの創出状況や経済全体の状況を見ると、世界の中での日本のプレゼンスは今一つです。様々な経営課題がある中、特に人材や組織のあり方について、日本の企業経営者は課題を感じているという調査結果も出ています。経済産業省の担当者として、多様性を企業の競争力につなげていくというところに、課題感を感じています。

女性活躍の観点からも、東証プライム市場に上場している企業の女性役員数を2030年に30%以上にするという目標が定められるなど様々な取組がなされていますが、日本のジェンダーギャップ指数は2024年に146か国中118位と諸外国と比べてかなり遅れていることが、データの上でも見て取れます。

そんな中、経済社会政策室では「多様性を競争力につなげる企業経営研究会」を2024年11月に発足させ、ダイバーシティの観点がいかに企業の競争力強化につながるのか、有識者と一緒に議論を重ねています。今日は「なぜ日本経済にとってダイバーシティが重要なのか」について、藤木局長と一緒に考えていきたいと思います。

藤木俊光(ふじき・としみつ) 経済産業省経済産業政策局長。1988年、通商産業省(現経済産業省)入省。大臣官房総務課長、資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部長、商務・サービス審議官、製造産業局長、大臣官房長を歴任。2024年7月より現職。神奈川県出身

「人材の力」が価値を創造。不確実な世界を多様性で乗り切る

藤木 2014年の「伊藤レポート※」以降、経済産業省は企業の持続的、中長期的な価値創造に取り組んできました。その中には「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」もあります。今、産業構造審議会・価値創造経営小委員会で、これまでの取組をおさらいし、足りないところはどこなのか、様々議論しています。当然、ダイバーシティは大きな柱の一つです。

価値を創造する、付加価値を生み出していくことの根っこにあるのは「人材の力」です。どういう人材がいて、どのように力を発揮するかが価値創造の基本にあり、国や企業の成長もそこにかかっています。目指す方向が決まっていて、「右向け右」で一斉に走っていけばいい時代ではありません。イノベーションが急速に進み、ものすごいスピードで世の中が動いている中で、多様性のある人材をいかに確保・定着させ、その多様な視点やスキルをいかに仕事にいかすことができるのか。ダイバーシティを経営に取り入れていくことが、これまで以上に重要になっています。

その意味で、日本企業の現状を見ると、残念ながら世界標準に達するには、やらなければいけないことが相当あるのではないか。できることを一つ一つ実践していくことが、非常に大切だと思っています。

※伊藤レポート…2014年8月に公表された、伊藤邦雄一橋大学教授(当時)を座長とした、経済産業省の「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」の最終報告書の通称。17年10月にはアップデート版にあたる「伊藤レポート2.0」、22年8月には「伊藤レポート3.0」が公開された。

相馬知子(そうま・ともこ) 経済産業省経済社会政策室長。(株)日立製作所に入社後、事業部門・工場・海外拠点等において、一貫して人材・組織関連の業務に従事。2020年5月からは、本社にてグループ全体のDEI推進に携わる。2023年8月より現職

新卒一括採用・終身雇用から脱却。専門性が重視される時代に

相馬 ダイバーシティと関連して、日本の雇用慣行や組織文化について何か感じるところはありますか。

藤木 新卒一括採用され、定年まで働き続ける。日本の企業では、これが一つの基本となってきました。就職というよりは「就社」。会社に勤め、会社の中で何をするかは人事異動次第というところがあり、自分の専門を磨いて何かを成し遂げるということになっていません。当然、良いところもあったし、良いところはこれからも残していかないといけないと思う一方、雇用環境を含め世の中の環境は変わってきています。

中途採用の人も増え、会社に雇われる形ではなく、コミュニティーとしてつながりネットワークの中で仕事をするといった働き方も出てきています。一人一人の専門性を高めていくことが重要になってきており、会社員である前に、自分はこの専門分野に属している人間だというアイデンティティが重視されるようになったのが、これまでとの大きな違いです。「ジョブ型」と言われる人材マネジメントも入ってきていますが、様々な能力を持った人を、どのようにいかし、どのように働いてもらうか。これが本当に企業にとって重要になってきました。

企業ごとに異なる多様性の形。同調圧力を排し、「独自の成長戦略を」

相馬 ダイバーシティ経営と言っても、決して一つの型があるわけではありません。研究会の中の議論でも、「企業の置かれた状況、これまでの経緯、どういう人材がいるかで、企業ごとに必要性や推進方法が全然違う」という意見が出ています。

ダイバーシティを自社の文脈に置いて考え、しっかりと経営に紐(ひも)付けて、競争力につなげていくことが、ますます重要になってくると感じています。

藤木 私も日本人の一人として、同調圧力というものは意識してしまいます。「隣の会社が始めたからうちも」とか「隣の家がこうだから、うちもこうだ」とか。しかし、そうではなく、個々の企業には独自の成長戦略があり、独自のネットワークを持っています。それをどう生かして伸びていくのか、その戦略は多様であっていい。人材戦略もそこに紐付けられたものでなければ意味を持ちません。

企業としてどういった人材を保持し、どう活躍してもらうかという中で、企業にはダイバーシティのあり方、関わり方をしっかり考えていただきたい。そこが重要だと思います。

海外で揺り戻しの動きも、日本は「手戻り」する状況にはない

 相馬 研究会は今後、議論の内容をレポートとして報告していきます。企業の皆様にもしっかりと読んでいただけるような内容にしたいと思います。

今、世界を見渡した時、ダイバーシティに対して、揺り戻しの動きがあります。海外の企業がダイバーシティの取組を縮小するといった報道も出ていますが、そのあたりの動きについてどう考えていますか。

藤木 特に米国企業の中でDEI※の取組を縮小する動きがあることは、承知しています。ただ、DEIの問題は、それぞれの国、企業が置かれた歴史的、文化的、社会的なコンテクストを抜きに議論しても、あまり意味がありません。

日本企業はダイバーシティの面では世界に大きく遅れをとっているわけですから、今ここで「手戻り」する状況では全くありません。もっともっとダイバーシティを高めることが、企業の成長につながっていくというフェーズにあることは間違いありません。欧米の企業はそれぞれが置かれた立場、これまでの歴史的なコンテクストの中で判断していくのでしょうが、日本企業の経営戦略にとってダイバーシティが極めて重要なことに何ら変わりはないと思っています。むしろ、ダイバーシティというものを深く考えるきっかけになってくれればとすら思っています。

DEI…「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion(包括性)」の頭文字を取った略語。企業経営における多様な人材の活躍の考え方として注目されている。

中央省庁でも進むダイバーシティ。制度、習慣、意識のセットで改革を

相馬 日本における女性活躍も大きな課題だと感じています。藤木さんは官房長時代、経済産業省の中でダイバーシティ経営を進めてこられたと思います。女性を含め多様な人材が省内で活躍するために、どのように取り組まれましたか。

藤木 大変厳しい質問です。日本の中央官庁は典型的な男性社会で、毎日夜中まで働くといったことを長年続けてきました。そうは言っても十数年来、頑張って女性の登用を進めてきています。経産省では、まだ、本省課長・室長職だと13%ぐらい。課長補佐で24%、係長クラスになると40%と、若くなるに従って女性の比率は増えてきています。

男性の育休取得率も一つの指標として語られます。そもそも「そんなもの取るのは変わり者だ」と言われた時代から、今はむしろ取るのが自然だという感覚で、7割超の男性職員は子どもが生まれたら育休を取得する状況です。ただ、これもよく見てみると「1か月未満」が大半です。意識改革が行動変容につながっているかというと、そこまで至っていないことも事実だと思っています。

いろいろな能力を持った人に活躍してもらわなければいけないところは、企業も役所も同じです。相馬さんのように外部でキャリアを重ねてこられた方をお迎えして、経産省で活躍してもらうことも大切だし、活躍できる環境を整備して女性にもっともっと頑張ってもらうことも大切です。役所の外で活躍している人とのネットワークを生かして成果を上げるような働き方も重要です。新しい時代の中央官庁のあり方をつくっていけたらと思います。

相馬 私自身、民間企業の経験があり、経産省の中に入って、「こんなに多様な人がいるんだ」と驚きました。民間企業、地方自治体や他省庁から来ている方もいて、本当に多様だなと思います。ただ、意識や働き方をもう少し変える必要があるというのは、そのとおりだと思います。制度、習慣、意識の改革にセットで取り組んでいくことで、多様な人材が活躍できる組織になっていくと感じます。

藤木 そうありたいし、努力していかなければならないと思います。

相馬 これからも日本の企業のダイバーシティ経営の推進にしっかりと取り組んでいきたいと思います。

藤木氏「ダイバーシティを高めることが、企業の成長につながっていくというフェーズにある」。相馬氏「ダイバーシティを経営に紐付けて、競争力につなげていくことが重要」