GX推進のドライバーに!「排出量取引制度」で投資を生み出す
【イノベーション・環境局 GXグループ 環境経済室】に聞く、GX(グリーントランスフォーメーション)実現のための鍵を握る「排出量取引制度」とは?
経済産業省という複雑な組織を「解体」して、個々の部署が実施している政策について、現場の中堅・若手職員が説明する「METI解体新書」。今回は、イノベーション・環境局 GXグループで「排出量取引制度」の仕組みづくりをする中山 竜太郎さんに話を聞きました。
炭素の排出に値段をつける仕組みづくり
――― 2024年12月の政策特集テーマでもあったGX。GXグループのミッションは何ですか。
GXとは、CO2の排出削減と経済成長を同時に実現していく取り組みです。排出削減が所与の前提となり、経済活動に組み込まれてきている中で、日本が経済成長を実現していくために必要な政策を考えています。私自身は、炭素の排出に値段をつけて、企業や消費者の方が行う取引の中に環境価値を組み込んでいくための制度づくりをしています。
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――― なぜ、炭素の排出に値段を付けることが必要なのですか。
CO2を排出すると、直接的に目には見えないですが、経済的な不利益がありますよね。気候変動が進むことによって、社会全体にとっての不利益が生じるはずなのに、直接計算しにくいので、経済活動の意思決定の中に組み込まれにくいという課題があります。直感的にぱっと計算できないような経済価値を、制度を作ることにより見える化することで、投資の意思決定などに反映されやすくすることが狙いです。
具体的には、二つの仕組みを検討しています。一つは炭素賦課金です。例えば、石油石炭税は、化石燃料を使う時に使う量に応じて税の負担が発生しますが、それと似たような仕組みで、化石燃料を使うときに発生するCO2の量に応じて金銭の支払いが生じる制度を新しく措置しようと検討しています。もう一つは、排出量取引制度という仕組みです。
「排出量取引制度」が目指すもの
――― 排出量取引制度とはなんですか。
発電セクターや鉄、化学、セメントなどの、事業活動に伴ってCO2を多く排出する大規模排出事業者を主な対象とした、排出量を管理するような制度です。制度の対象になる企業は、政府からCO2を排出する場合に必要となるチケットのようなものとして「排出枠」を割り当てられ、基本的にはその範囲内に排出量を収めることが求められます。ただ、やむを得ずそのチケットの分を超えて排出してしまった場合には、他の方からチケットを買ってくださいという仕組みになっています。反対に、努力の結果、排出量を抑えてチケットが余れば他の方に売ることができます。排出削減という行動が他者にそのチケットを売ることによって、金銭価値に変わるので、排出削減の価値が制度の中で見える化されます。取引を通じてのチケット(排出枠)の価格が決まるので、それを見て企業が「これぐらいの値段で排出削減の価値が取引されているのだったらこういう投資をしてみよう」といった形で投資を促すことが期待されます。高いお金をかけないと、どうしても削減が進まない業態や企業もあるのですが、そういう方たちは、他の方からチケットを買うことで、間接的に排出量削減を後押しするということが選択肢になります。経済学的には、社会全体として費用効率的に、最も費用を安く削減を実現するための手段として、排出量取引制度が評価されています。特に排出量の多い方たちはこういう制度に参加してもらい、取引することで効率的に削減してもらう。削減を頑張った方は、余ったチケットを売ることで収入になって、また新しい投資を行ってもらう。GXに向かっている企業が、どんどん投資を生み出して行くドライバーになるような制度となればと思っています。
――― 排出量取引制度の制度設計とはどのようなことをしているのですか。
誰が対象になるか、チケット(排出枠)をどう配分するか、どのように取引するかなど、法律を作る前提となるような制度の骨格、枠組みのルールを考えています。有識者や産業界の方々とも、制度のあるべき姿を議論しながら、日々ルール作りを進めています。
排出削減をした製品が選ばれる世界に
――― 制度の活用によって、効率的な削減と投資の拡大を目指すのですね。
私たちは、制度の活用が投資を促すための手段であると考えています。排出量削減を行うことが、経済的価値としていくらになるかをわかるようにすることが目的なので、そういう思いが皆さんにも伝わったらいいなと思います。もう一つ大切なのは、企業の皆さんの排出削減努力の結果として生産される低炭素な製品の出口がちゃんと市場において作られている、需要家が排出量削減をして作った製品を選択してくれる世の中にしていくことだと思っています。この制度の中では排出削減をすることが経済的な価値を持ちますが、制度の外側の人から見ても、そうした企業の努力が評価され、低炭素な製品が選択される流れを作らないといけないと考えています。まずは機運醸成からはじめることが必要であると考えており、消費者の皆様にもご理解いただくべくきちんと発信していかなければいけないと思っています。
――― 制度作りをする中で苦労していることややりがいは。
制度作りをする中で、様々な知識が必要となる分野だなと感じています。取引参加者がどういう行動をするかといった知見も必要なので、取引所や商品の取引に詳しい有識者とも議論が必要ですし、自分自身が議論できるぐらいの知識持ってないといけません。この制度では、およそ300から400社ぐらいが対象になる想定ですが、排出量でいうと日本の半分以上6割ぐらいの事業者がカバーされるぐらいの巨大な制度です。対象事業者の業態も様々ですが、それぞれにおいてきちんと投資が促されるような仕組みにすることを考えると、横断的に各業の特性がわかってないといけません。国際的な気候変動周りの動向や脱炭素の動き、海外制度の勉強も不可欠で、様々な知識が求められるのは大変な部分でもありますが、面白いところでもあると思っています。私は経験者採用で、前職はメーカーに勤めており、ものづくりのプロセスをどう作ると効率的かといった研究開発をしていたのですが、その経験も生きています。
ものづくりのプロセスを研究した経験が糧に
――― 中山さんのバックグラウンドも強みになっているのですね。
もともと技術系の出身で、大学では化学製品をつくるときの条件を最適化するための方法について研究していました。経産省に入った時は、その経験が仕事に直接生かされるとはあまり思っていなかったのですが、色々な人と話をするときに、ものづくりのプロセスを理解していることがすごく役に立っていると感じています。昔自分が学んだ知識を生かせることは楽しいですし、勉強することが多く大変なこともある一方、各分野の第一人者の方々ともお話する機会があり、とても充実しています。
――― 前職との違いを感じる部分もありますか。
今回の制度もそうですが、直接的に社会に影響するような仕事が多いと感じます。前職の研究開発は、社会実装に至るものは1000のうち3つ程度とも言われる世界ですが、経産省の仕事は社会実装する機会がすごく多いなと感じています。その分責任も感じています。
――― 制度設計に必要となる知識はどのように身につけているのですか。
脱炭素や気候変動関連の状況は、世の中の議論がどんどん変わっていくので、自分で能動的に情報収集する必要性が高いと感じています。取引所周りの専門的な話などは、自分で有識者を探して話を聞きにいっています。既存のマーケットで確立されている考え方がある中で、そういうもの知らずに制度を考えるのはとても怖いことだなと思い、よく勉強しなければいけないと思っています。前職の研究所で働いていた頃は、文献をあたってこれまで誰が何をしてきて、どこまで何がわかっているのかを調べてから、自分で新しいことをそこに積み上げるというアプローチをしていたので、なじみのあるやり方ではあります。
――― 日々忙しくされていると思いますが、リフレッシュ方法は。
散歩が好きなので、お休みの日は公園を散歩したり、3歳になる子供を遊びに連れて行ったりしています。平日忙しい分、料理を作って家族に振る舞うこともあります。昨年末の審議会で、制度の大枠が固まり、今後は制度の詳細設計をしていくことになります。より深い知識が求められますが、うまくリフレッシュしながら、効率的な排出削減と投資の促進がかなえられる制度となるよう、しっかりと取り組んでいきたいと思います。