手形取引のルールが変わる。交付から満期まで「60日以内」
中小企業の取引環境の適正化を進める上で、柱の一つに数えられるのが「支払条件の改善」だ。特に約束手形を用いた決済は、手形が交付されてから実際に現金が入ってくる満期日まで長期間のものがあり、下請中小企業の資金繰りの負担となっていると問題視されてきた。
このため、中小企業庁と公正取引委員会は下請法の運用ルールを変更。2024年11月以降、交付から満期日までの期間(手形サイト)が60日を超える約束手形、電子記録債権、一括決済方式は、行政指導の対象とした。各事業者団体などに、60日以内ルールの遵守徹底を求めている。
江戸時代からの商習慣。高度成長期に発注側企業の資金繰り救う
「手形で支払いを受けるというのは、無利子・無担保で融資をしているようなものだ」「手形の使用は事務処理コストが非常に大きい」「手形で支払いを受けると、直接的な費用以上に手間が増える。その会社のために担当者を採用しなければならなくなってしまう」――。
中小企業庁などのヒアリングに対して、中小企業からは手形支払いへのこんな不満が寄せられている。
手形とは、特定の期日に決められた金額を支払うことを約束する有価証券。江戸時代から商習慣として存在し、明治期以降に制度や法の整備が進められ、支払い手段として確立・普及してきた。日本、韓国、中国など世界でも限られた地域でしか見られない商習慣だ。
手形を振り出すことで、取引先への支払いを一定期間猶予してもらい、発注側の資金繰り負担を軽減する手段として用いられてきた。高度成長期には企業の資金需要に銀行融資が追いつかず、発注側企業が資金不足を補うために、原材料の買い入れや下請事業者への支払いに、手形が盛んに使われたという経緯がある。
「やめたい」けれど「やめられない」。惰性で続く長年の慣行
法人企業統計調査によると、支払手形残高は1990年度の107兆円をピークに減少傾向にあったが、2009年頃からは25兆円前後の横ばいで推移している。
中小企業庁・公正取引委員会が実施した2024年度の「下請取引等の実態に係るアンケート調査」で、手形を利用する理由を聞いたところ、支払い側は「長年同じ慣習を続けているため」47.5%、「資金繰りのため」38.6%。受け取り側は「取引先の要望のため」55.9%、「長年同じ慣習を続けているため」38.4%となった。受取人に手形受取を続けたいかどうかを尋ねたところ、「やめたい」と「やめたいが、やめられない」が合わせて9割を超え、やめられない理由は、「取引先の希望」が最多の73.7%、次いで「業界の慣行」が24.0%だった。振出人についても、「やめたい」と「やめたいが、やめられない」は約7割を占めている。
調査結果で示された数字の行間からは、積極的な理由でというわけではなく、多くの企業が「長年の慣行だから」と惰性で続けている実態が垣間見える。
下請企業の負担を軽減。日本のビジネス環境の魅力高める意図も
こうした現状を踏まえ、政府は2021年6月に閣議決定した「成長戦略実行計画」では、「5年後の約束手形の利用の廃止」に向けて、取り組みを促進する方針を明記した。
さらに2024年11月から、従来は「繊維業は90日、その他の業種は120日」を上限としていた交付から満期日までの期間を、「60日」に短縮。これを超える手形などの交付は行政指導の対象とするよう下請法の運用ルールを見直した。
長い期間現金支払いを猶予されることで、事実上、下請企業に資金繰りを負担させるという弊害を軽減すると同時に、手形が多用されることで、国際的に見て長い傾向にある日本の支払いまでの期間を短縮して国際的観点から日本のビジネス環境を魅力あるものに整備していくという意図もある。
サプライチェーン全体での取り組みが重要
ただ、期間短縮を迫られる企業の中には、「60日以内にするという取り組みは理解するが、それをやるには系列の『川上』から浸透させていかなければならないのでは」「上位の取引先から期間短縮や現金化が進めば、それに合わせて仕入れ先に対しても対応できる」といった声がある。
中小企業庁取引課の川森敬太課長補佐は「下請法の対象となる取引かどうかに関わらず、サプライチェーン全体で手形などの期間を短縮していく必要があります。手形での支払いを行っている事業者には、発注者として、直接の取引先との間で定めた支払い条件が、さらに先の取引先、サプライチェーンの深い階層の取引の支払い条件に影響を与えることを意識して、この機に支払い条件の見直しに取り組んでもらいたい」と強調する。
中小企業庁と公正取引委員会では、下請法対象外の取引についても、サイトを「60日以内」に短縮することや、可能な限り代金の支払いは現金で行うよう、業界団体や金融機関、監督官庁などに対して要請していく方針だ。