「製品安全市場」創出へ。消費者保護と製品の価値向上を両立
あなたが手にした品物は本当に安全だろうか?
品物を安全に使える「製品安全」は、人々の日常の暮らしを支える大前提である。当たり前だが、目には見えにくく、消費者が普段は意識することは少ないかもしれない。しかし、これまでも製品の欠陥などにより、大規模なリコールに発展したり、多くの被害者を出した重大な事故が起きたりした。
めざましい技術開発に加えて、経済のグローバル化の進展により、市場には新しい製品が次々と登場している。膨大に流通する製品の安全性をどのように確保していくかが改めて問われている。
そこで、製品安全行政を担う経済産業省製品安全課の佐藤猛行課長にインタビューした。時代の変化に合わせて規制を見直す一方で、企業が安全を追求した製品を消費者が選びやすくする「製品安全市場」を創出し、消費者の安全の確保も重要な製品価値の1つとして約束されることが目指す姿だという。
重大製品事故は年1000件前後。ネット購入品のトラブル目立つ
――日本での製品事故の現状は。
佐藤 身の回りの製品で死亡者が出たり火災になったりした重大製品事故の件数は近年、年間1000件ぐらいで推移しています※。死亡事故が多い製品には、石油ストーブ・ファンヒーター、除雪機、電動車いすなどがあります。また、充電式の掃除機で正規のメーカーとは異なる事業者が製造、輸入した非純正品のバッテリーを使用して火災になるなど、バッテリー関連のトラブルが目立っています。
※経済産業省が所管する製品安全4法(消費生活用製品安全法、ガス事業法、電気用品安全法、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律)で指定する製品が対象。電気製品、石油製品、ガス製品など。食品や医薬品、自動車などは含まない。
事故件数は、2018年までは減少傾向でしたが、その後は横ばいです。背景として考えられるのが、インターネット取引の拡大です。重大製品事故が起きた製品の入手先を調べたところ、インターネットで購入した割合は、2019年は10.7%でしたが、2022年は19.4%に増えています。
製品安全4法において製品の安全性に責任を負うのは、国内製造品の場合はメーカー(製造事業者)であり、輸入品の場合は国内の輸入事業者です。しかし、インターネットモールで販売される海外の出品物の中には、製造事業者や輸入事業者が日本国内にいないものもあり、規制が実質的に機能せず、安全性に懸念のある製品が販売されている恐れを否定できません。
「製品安全誓約」でネットの問題商品を削除。子ども向け製品に事前規制導入
――どのような対策をとっていますか。
佐藤 2023年6月、消費者庁や経済産業省など国の関係省庁と、アマゾンジャパンや楽天グループなどの大手インターネットモール事業者が協働し、日本版「製品安全誓約」という枠組みがスタートしました。製品安全誓約に署名したインターネットモール事業者は、安全性に懸念がある製品に関する情報を入手して適切に対処すること、国側からの削除要請を受けた出品物については、2営業日以内にそのウェブサイトから削除することが大きな柱となっています。
――おもちゃやベビーカーなど、子ども用製品の事故はなくせないでしょうか。
佐藤 子ども用製品は、誤飲などが多く、通常の製品より配慮が求められます。海外には、子ども向け製品に特化した基準を設け、基準を満たさない製品は販売できないといった事前規制を導入している国がありますが、日本にはありません。海外で販売禁止になった製品が日本に輸入されても、販売を事前に止められないのです。2023年5月には、マグネットセットや水で膨らむボールを規制対象にしましたが、事故が起きてからの事後対応になってしまっているのが現実です。
業界団体の「日本玩具協会」は、協会が設けた安全基準を満たしたおもちゃに「STマーク」を交付しています。ただ、民間による自主的な制度であり、STマークの取得は義務ではありません。海外から様々な製品が入ってくる中で、国として子ども用製品での事故を未然に防ぐための制度が必要と考えています。技術基準を定め、それを満たさない製品については販売できなくする方策を検討しています。
誤使用による事故減少も課題。企業のより安全な製品づくりを後押し
――製品事故を抜本的に減らすには、どうすればよいでしょうか。
佐藤 重大製品事故が起きた要因を分析すると、製品に問題があった場合は3割程度です。一方で、消費者による誤使用や不注意、あるいは製品が古くなった経年劣化が重大製品事故の原因となっている場合もあります。特に、身体・認知機能が低下することから、70歳、80歳代では、重大製品事故のうち誤使用や不注意などを原因としたものが7割ほどを占める結果も示されています※。消費者の皆様に製品の正しい使い方を意識していただこうと、国やメーカーは事故に関する注意喚起や製品安全の啓発活動には力を入れてきました。
※製品起因と誤使用・不注意等(偶発的事故等を含む)による重大製品事故の合計件数を分母とした場合における、誤使用・不注意等の割合を示したもの。
それでも、国などの基準を守っている製品で重大な事故が起きているというのが現実です。そこで、これまでのように、国はルールを作るだけではなく、例えば、誤使用や不注意による事故も起こりづらい、より安全なモノづくりを企業に促していくことが必要ではないかと考えています。
――具体的にはどういうことですか。
佐藤 例えば、扇風機です。小さい子どもが指を突っ込み、ケガをすることがあります。これは、確かに正しい使い方ではありません。しかし、カバーの隙間を狭くして、指が入らないようにする、あるいは、一部メーカーの製品のように羽根のない扇風機にすることによっても、こうした事故のリスクを本質的に低減できます。
もっとも、そうした製品をメーカーがコストをかけて開発した場合でも、どれだけ安全になったかを消費者の皆様にご理解をいただくのは難しい点もあります。そこで、誤使用などによる事故のリスクを低減する機能を持つ製品について評価するスキームを作り、その機能によってどれだけリスクを低減できたかを審査し、承認された製品についてはそうしたリスクを低減した製品であることを表示する制度の創設を考えています。
より安全になった分、販売価格が多少高くなっても、消費者に価値を認めてもらえれば、数ある製品の中から選ばれる機会も増えてくるはずです。こうした「製品安全市場」を創出したいのです。より安全な製品の開発は、日本企業にとっては競争力の源泉の一つにもなるでしょう。
専門家を交えた議論を進めており、2025年度から運用を始めることを念頭に置いています。
行政の取り組みだけで、製品事故をゼロにすることは難しいです。私たちは「製品安全文化」と呼んでいますが、製品安全のための業務運営の仕組みを整えて実行し、安全を優先する風土を醸成している組織や製品が評価・選択されるような環境を行政、企業、消費者で作っていくことを目指しているところです。
【関連情報】
製品安全ガイド(経済産業省)