政策特集食を支えるイノベーション vol.2

スーパーで食品ロスを削減。「データマトリックス」採用の新方式で価格変更柔軟に

まだ食べられるのにもかかわらず、ゴミとして捨てられる食品ロスは、日本では1年間に523万tも発生している[1]。国民1人が毎日114gを無駄にしている計算になる。食品ロスの削減は社会課題になっている。

スーパーマーケットで生じる食品ロスの削減に向けては、需要などに応じて柔軟に価格変更させる「ダイナミックプライシング」の活用が模索されている。店頭である程度時間が経過した商品は、値段を安くして売り切ることができれば、廃棄を避けられるからである。

ダイナミックプライシングは航空券やホテルではすっかり定着した。最近ではライブや遊園地のチケットなどでも採用されるケースが増えている。ところが、スーパーマーケットは商品数が膨大で導入にコストがかかることなどから、本格的には広がっていない。

この壁を突破する挑戦が、地方のあるスーパーマーケットで始まった。

食品ロス削減に向け、ダイナミックプライシングの実証事業が行われたスーパーマーケット「まいづるキャロット浜玉店」のパン売り場(佐賀県唐津市で)

ダイナミックプライシングの実証事業が行われたスーパーマーケット「まいづるキャロット浜玉店」のパン売り場(佐賀県唐津市で)

[1] 我が国の食品ロスの発生量の推計値(令和3年度)の公表について(環境省)

ダイナミックプライシングを実証。データマトリックスは低コスト化を可能に

佐賀県唐津市の国道沿いにあるスーパーマーケット「まいづるキャロット浜玉店」。地方都市でごく普通に見かける店舗の一角に今年1月、少し変わったパンコーナーが登場した。

同じパンでも、ラベルには「B」「C」「D」などの異なるアルファベットが目立つように記入されている。陳列棚では、「B 90円」「C80円」「D95円」「その他99円」といったようにアルファベットごとの価格が電子表示されている。価格は開店前、午後1時、午後4時の1日3回、自動で変更される。買い物客は商品をレジに持って行くと、アルファベットで示された価格で精算できた。

食品ロス削減に向けダイナミックプライシングの実証事業が行われた「まいづるキャロット浜玉店」のパン売り場。(写真左)同じパンでも、値段は表示されたアルファベットによって異なる (写真右)パンの裏側に張られたラベルには、データマトリクスによる2次元コードが描かれてい

(写真左)同じパンでも、値段は表示されたアルファベットによって異なる
(写真右)パンの裏側に張られたラベルには、データマトリックスによる2次元コードが描かれている

これは、IoT技術などを活用して、流通や小売といったサプライチェーンの効率化を目指していく経済産業省の実証事業の一環。賞味期限情報をデジタルデータ化して、ダイナミックプライシングを導入することで、食品ロスの削減がどのくらい実現し、店舗運営の改善にどの程度役立つかを検証している。

今回の仕組みでカギを握っているのが、パンの裏面に貼られているもう1枚のラベルである。爪のサイズほどで「GS1 DataMatrix(データマトリックス)」という2次元コードが描かれている。見た目はQRコードに似ていて、JANシンボルと呼ばれる通常のバーコードに比べて多くのデータを管理できる。このため、スーパーマーケットのPOSシステム上で値段が変われば、ラベルを貼り替えなくても、レジで価格を正しく読み取れるように設定できる。

ダイナミックプライシングで商品情報を伝える方式の特徴。JANシンボル、データマトリックス、RFID

小売業界で通常、ダイナミックプライシングを導入する際は、商品にRFID(Radio Frequency Identification)という電子タグを付けることが多い。アパレル分野を中心に採用されている。電波を利用するため、ICチップとアンテナを内蔵し、1枚10円程度かかる。

スーパーマーケットには1万種類以上という膨大な商品があり、それも激しく入れ替わる。また、単価も安い。そのうえ、RFIDタグは水に弱いという性質もあり、スーパーマーケットは使いにくい面があった。

データマトリックスはJANシンボルと同じように、ラベルに印字すればよいので、扱いやすい。最初のシステム対応さえ済ませば、運用コストを低く抑えられるのが、魅力である。

創業90年の老舗スーパー。DXで生産性向上に踏み出した背景とは?

実証事業の舞台となった店舗を運営する「まいづる百貨店」は、スーパーマーケットを中心に佐賀県内で20近くの店を展開している。今年で創業90周年を迎えた老舗である。

佐賀県でも人口減少は深刻で、昨年12月には戦後初めて人口が80万人を割った。有効求人倍率は1.5倍を上回っている。まいづる百貨店も働き手の確保には頭を抱えてきた。

DXによる労働生産性の向上を目指そうと一念発起し、ITコンサルタント「今村商事」(東京)のデータ分析の人財育成研修(営業DDXプログラム)に参加した。これをきっかけに交流が深まり、今村商事や日本総合研究所(東京)などとともに、実証事業に加わることになった。

まいづる百貨店も、ダイナミックプライシングを導入して、食品ロスの削減という社会課題の解決につながることは大歓迎である。もちろん、それにとどまらない。売上高や利益の増加など経営へのプラス効果が出ることにも期待を抱いている。

食品ロス削減に効果。売り上げや利益はビッグデータ活用で改善余地大

実証事業は約1か月間続いた。対象商品や期間が限られるなど、特殊な条件ではあったが、ダイナミックプライシングのポテンシャルを十分に感じさせる結果を残した。

対象となったパンは25品目。開始直後は買い物客が慣れない販売方式に戸惑ったためか、売れ行きは落ち込んだ。しかし、店頭でのPOP広告を見直したり、電子表示される価格の文字を大きくしたりする工夫を重ねて、徐々に回復。特に、値引きした商品がよく売れた。

廃棄率は一時、9.2%に達したが、開始3週間目には0%台に低下した。一方、値引き商品の拡大が響き、売上高は最終盤でも開始前の約9割の水準となり、粗利はマイナスに沈んだ。

食品ロス削減に向けたダイナミックプライシングの実証事業の結果。廃棄率(廃棄数/販売数)の比較と廃棄率の期間平均のグラフ

食品ロス削減に向けたダイナミックプライシングの実証事業の結果。売数、売上の推移のデータ

食品ロス削減に向けたダイナミックプライシングの実証事業の結果。値引率別売上構成比と粗利率の推移のグラフ

ただ、これも決して悲観的な数字ではない。というのは、今回のダイナミックプライシングでは、あらかじめ設定した価格変更ルールに基づき機械的に値引きを実行した。ダイナミックプライシングをもっと続けていけば、値引きの効果についての情報が集まる。ビッグデータとして解析することで、値下げ幅や値引きタイミングなどより優れた価格変更ルールに修正できる。売上高や利益には伸びしろがたっぷりあると考えられるからである。

パンを供給した食品メーカーからは、データを共有できれば、必要な生産個数の予測精度を高められるとの意見が寄せられた。サプライチェーン全体で食品ロスの削減につなげられる可能性も見込める。

実証事業でまいづる百貨店をサポートした今村商事シニアバイスプレジデントの林拓人氏は「データを使う有効性が確認できたが、販売当初に売れ行きが落ちるなど、試したからこそ見えてきた課題もあった。現場のオペレーションに見合ったシステムをつくることが重要で、そのためには、小売業者自身がテクノロジーを学び、データに基づいて判断できるデータドリブン人材を増強していくことが求められる」と話した。

「食品ロスの削減に向けてダイナミックプライシングの実証事業で大きな成果があった」と語る今村商事シニアバイスプレジデントの林拓人氏

「ダイナミックプライシングの実証事業で大きな成果があった」と語る今村商事シニアバイスプレジデントの林拓人氏

▶この記事で触れた実証事業

経済産業省 令和4年度「流通・物流の効率化・付加価値創出に係る基盤構築事業 (IoT技術を活用したサプライチェーンの効率化及び食品ロス削減の事例創出) 報告書

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