【滋賀発】世界の「YUBA」へ、「安全・安心」の 徹底追求から生まれるオンリーワンの味わい
滋賀県守山市 比叡ゆば本舗ゆば八
IT企業や営業職を経験した現社長。自社製品アピールにノウハウ生かす
「湯葉」、「湯波」、そして「油皮」……。漢字でそう書くゆばは、実に単純明快な食べ物だ。原料は大豆と水のみ。大豆をすりつぶして作った豆乳を温め、表面にできた薄い膜をすくい上げるだけ。近年は高たんぱく、低カロリーなヘルシーフードとしても注目を集める。もっとも、同じ大豆加工食品の豆腐と比べると、ゆばの歩留まりは悪く、大量生産にも向かない。だから、食品流通上は酒盗や辛子蓮根などと同じ「珍味」に分類されるのだとか。そんなマイナーな食材の魅力をどうしたらアピールできるのか? 京都や日光といった有名なゆば産地がひしめく中、滋賀県で創業した「比叡ゆば本舗ゆば八」はその難問に取り組み、「地域で輝く企業」として存在感を示している。
創業は戦前の1940年。八木裕社長(46)の祖父母が京都から滋賀に移って「ゆば八商店」を営んだ。69年に会社を設立し、父親が初代社長に就任。ところが94年に父親が心臓発作を起こして急死。母親の幸子副社長(77)が2代目社長となり、2017年に長男として社長業を引き継いだ。同時に先代社長は会長に就いた。
「会社を継ぐ気持ちはありましたが、父親が亡くなった時はまだ高校生でした」と八木社長は話す。京都の立命館大学を卒業後、IT系の企業に就職。その後、複数の企業で主に営業を担当し、03年3月に「平社員」としてゆば八に入社した。そこで前職の経験をいかして、社内の通信や連絡網の効率化を進めたり、首都圏のホテルや飲食店などを回ったりして、自社製品の売り込みを積極的に行った。「他の企業で働いた経験がゆば八での仕事でプラスに働きました」
業界初の「食品安全システム認証」。鉄壁の衛生管理でイメージアップ
ゆばは1200年ほど前に、最澄が中国から仏教と共に日本にもたらしたとも言われている。ゆば八は、その最澄が開いた比叡山延暦寺の御用達としてゆばを納めているが、京都や日光のゆばに比べて一般消費者の知名度は今ひとつ。「作っている会社が違ってもゆばの味わいや見た目はそれほど変わらない。そんな中で、どうしたら自社商品の存在感を高めることができるのか、さまざまな試行錯誤を重ねてきました」と八木社長はこれまでの取り組みを振り返る。
もっとも、素材や工程がシンプルなだけに、奇策はないという。「愚直に品質向上を追い求めただけ」。で、具体的にどうしたか? まず、ゆば作りの衛生面を徹底的に改善した。「よく『安心・安全』と言いますが、客観的な事実で示しやすい『安全』を優先しました」と八木社長。14年、滋賀県守山市に、直売所を併設した工場を新設し、FSSC22000(食品安全システム認証)を取得。FSSC22000は、国際規格のISO22000に衛生管理の具体的な手法を追加した食品の安全を守るための万国共通の仕組みで、ゆば業界では初の認証取得となった。実際、工場内部の様子を写真で見ると、ゆばを作る工場というより、精密機械の工場のような清潔な雰囲気。スタッフも目だけしか露出していない白衣姿で作業をする。工場内の微生物検査も毎日行っている。こうすることで「ゆば八の製品は安全」というイメージを対外的にアピールすることができるようになった。その取り組みを見せてほしいと全国から見学や取材の依頼が寄せられるが、菌の混入を防ぐため、一切応じていないという。それほど衛生管理を徹底しているわけだ。
原料は契約栽培の近江大豆のみ。味覚センサーで「おいしさ」見える化
次が「安心」。10年から国産大豆を原料に使っていたが、14年からは滋賀県で契約栽培された近江大豆のみを使っている。さらに16年には、同社の生ゆばがイスラム法に則って生産されたものであることを認めるハラール認証も取得した。「これらの取り組みはどちらかといえば気持ちの問題。こうすることでお客様や取引先に心理的に安心して食べてもらえるようになりました」と八木社長は話す。「比叡山延暦寺御用達」というレッテルも自社商品が安心な食材であることのお墨付きになっているという。
そして「味」。あえて豆腐は作らず、ゆば専用の豆乳を使い、たんぱく質が豊富なだけでなく、甘みを感じる大豆も加えている。それを客観的に示すため、第三者機関に依頼して味覚センサーを用いた味覚検査の結果を公表している。「単に『おいしい』と言っているだけでは納得してもらうのが難しいので、自社の生ゆばにいかに甘みがあり、雑味が少ないことを見える化する取り組みです」
実際、生ゆばの「本さしみゆば」(648円)を購入して、自宅に戻って夕食で食べると、ぷりぷりとした食感で何ともまろやかな味わい。わさび醤油に軽くつけて口に入れると、優しい甘みが広がる。「どこかで食べたことがある」と思って記憶をたどると、フレッシュなモッツァレラチーズと似ていることに気がついた。そこで、台所にあった岩塩とバージンオリーブオイルを振りかけて食べると、これがいける! その日は純米酒に合わせたが、きりりと冷えた白ワインやスパークリングワインにも合いそうな気がした。
これらの取り組みが、ゆばを売り込む際に有益な副産物をもたらした。食品衛生を徹底することで、ゆば八の生ゆばは賞味期限が冷蔵で2か月と、以前は1週間から10日程度だったので、飛躍的に日持ちするようになった。八木会長も「ゆばの消費拡大につながれば」と「ラザニア」から「ホットケーキ」まで、ゆばを使ったレシピ本『比叡ゆばから始まるおいしい話』(西日本出版社)を05年に出版。最近はクラウドファンディングを利用して、滋賀県産の米粉とゆばを使ったシフォンケーキも開発した。「経営のことは社長にまかせて口出ししませんが、ゆばの魅力を伝えるためだったら、何だってやります」と八木会長は話す。そうした活動の根底には、「買い手よし、売り手よし、世間よし」という近江商人ならではの思いも反映されているのかもしれない。
高級店からコンビニまで普及。目指すは「世界に通用するヘルシーフード」
「ゆばというシンプルな食材だからこそ、他社との違いをアピールできる取り組みに夢中になってきました」と八木社長。そのかいあって、コンビニで売っているおにぎりから「NOBU TOKYO」といった高級レストランまで、ゆば八のゆばが広く使われるようになった。「ゆば八」という名前を知らなくても、日常生活で同社のゆばを口にしていることがあるのかもしれない。コロナ禍で一時足踏みしていた売り上げも、コロナ前に回復して、「需要に応じるので精一杯な状況」が続いているという。
さらに一般消費者への浸透を図り、ゆばの食材としての魅力を知ってもらおうと、都市部でゆばを使った飲食店の出店も検討している。「豆腐」が「TOFU」として世界で通じるように、「ゆば」も「YUBA」として世界で通用するヘルシーフードとして育てていくのが夢だという。現状、「ゆば」は英語で「Bean Curd Skin」と翻訳されるのが一般的だ。もっとも、奇をてらったことをするつもりは八木社長になさそうだ。地域に眠る資産を丁寧に掘り起こし、それを商品開発に着実に反映させていく――。世界を見据えたゆば八の挑戦には、「地域で輝く企業」となるための貴重なヒントが詰まっている。
【企業情報】
▽公式サイト=https://hieiyuba.co.jp▽社長=八木裕▽売上高=7億円▽社員数=30人▽創業=1940年▽会社設立=1969年