政策特集繊維が紡ぐ未来 2030年に向けた繊維産業の展望 vol.3

衣料品、国内事業はリメイクで高付加価値化、東南アジアは生産地から市場へ脱皮

東日本大震災から12年。福島県双葉町で、「思い出の再生と創出」をテーマにした工房の建設が進んでいる。長野県千曲市に本社を構えるシャツメーカー、フレックスジャパンの衣料品リメイク事業の中核拠点となる「ひなた工房双葉」だ。2023年夏の操業開始を予定している。

福島県双葉町の創生に事業を重ねる キーワードは思い出の再生

フレックスジャパンの矢島隆生社長は、双葉町の復興への思いに、大切な思い出のある衣料品を別のアイテムに作り替えることで再生するリメイク事業を重ねる。「双葉町の創生を一緒に体験させてもらえると感じる」という。

思い出の洋服の生地がテディベアの洋服にリメイクされる。

 

フレックスジャパンの「ひなた工房双葉」は、東日本大震災と原子力災害で産業が失われた地域に新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」に基づいて産業復興と雇用創出を目的に整備された中野地区復興産業拠点の一角に位置する。初年度は現地で数名を採用し、今後、事業の拡大とともに増員する計画だ。東京電力福島第一原発が立地する双葉町は全町民避難が続いていたが、2022年8月末から一部の地域で住民の帰還が始まった。2023年1月には、江戸時代から続く新春恒例の「ダルマ市」が12年ぶりに双葉町で開催された。

再生のシンボル 双葉町のブランド力に期待

双葉町を中核拠点とするリメイク事業では、フレックスジャパンが2021年に郡山女子大学短期大学部に協力し、震災当時から残されたままの双葉町の小学校の教室のカーテンや体育館の紅白幕を使って作ったペンケースなどを、双葉町の小学校出身者に成人式で贈るプロジェクトに参加した経験が生きている。

矢島社長は、双葉町を訪ね震災から10年近く経っても、震災当時のまま、崩れかかった家が存在していることにショックを受けたという。一方で、思い出の生地から生まれたリメイク品とともに新しい記憶がつくられ、思い出の再生と創出になると実感できた。矢島社長は「双葉町を拠点に発信することで、衣料品再生事業にかける我々の思いを多くの人の心に響く形で届けることができる」と双葉町のブランド力に期待をかける。

フレックスジャパンは、2021年にリメイクを中心とした衣料品再生サービス「リステッチ」をスタートさせた。なかなか捨てられない思い出の洋服や和服をクッションや小物、ぬいぐるみの洋服にリメイクするほか、子どもが描いた絵を刺しゅうにして残すサービスも行っている。矢島社長は、リメイク事業は、今の時代のマーケットとしてニーズが高いととらえている。物質的な価値ではなく、手にすることで幸せを感じるといった精神的な価値を提供していかなければならない時代に入っていると考えているためだ。衣料品再生サービスについて、価格競争ではなく高付加価値のモノづくりのモデルになるとみている。

「顧客の心に響く付加価値の高いモノづくりを目指したい」と語るフレックスジャパンの矢島隆生社長

リメイクの注文はインターネットが中心となるが、今後は子どものイラストの刺しゅうでは幼稚園や保育園、このほか日用品を扱う様々な事業者とタッグを組んで事業を広げていく考えだ。思い出の衣類などのリメイクでは、顧客との窓口として仏具店などとも提携を進める。

日本の縫製技術と気候風土が東南アジアでビジネスチャンスに

こうしたモノづくりを実現しているのが、フレックスジャパンが長年、シャツメーカーとして培ってきた縫製技術だ。シャツの縫製は、細かい作業が多く、襟部分のカーブの縫い合わせなど難易度の高い技術が必要とされるため、さまざまな縫製のオーダーに対応できるという。これまでに愛用のレーシングスーツをクッションにするというオーダーも実現した。シャツは、襟先と腕時計を身に着けることが多い左のカフスが傷みやすいという。傷んだ部分を直して再生する。

フレックスジャパンの縫製技術は自社の海外展開を支えている。自社工場で製造しているシャツを「軽井沢シャツ」として2004年からブランド化し店舗展開しているが、海外では2015年に生産拠点のあったインドネシアに進出し、6店舗を運営している。温暖な気候の東南アジアは、普段着を含めシャツの需要が大きく、高温多湿で、日本の生地メーカーの技術を背景に吸水速乾性に優れた素材を取り入れるなど、湿気が多い日本向けの商品開発が市場で強みを発揮している。

インドネシアの「軽井沢シャツ」の店舗。生地やデザインを自由に選べるオーダーメイドが人気となっている。

フレックスジャパンは、サイズ、生地、ボタンの種類、襟やポケットのデザインなどを細かく選ぶことができるシャツのオーダーメイドを得意としてきた。インドネシアは、オーダーメイドの民族衣装のシャツを正装として着用する文化があり、「軽井沢シャツ」の店舗でもオーダーメイドを選ぶ割合が約4割とオーダーシャツの比率がシャツ全体の1割未満の日本と比較して高くなっている。現地に自社工場があり、自社工場で生産したシャツをファクトリーブランドとして構築することに成功した。インドネシアでは、経済発展とともにビジネスでワイシャツを着用する人が増え、日本のワイシャツが人気を集めている。オーダーメイドは材料を無駄にしにくいという環境面からも受け入れやすいという。

人間の不自由や不安を解消へ 繊維産業企業としてまだまだできることがある

2018年にフィリピンにも進出し、6店舗目が2022年11月にオープンしたばかりだ。2023年1月には、経済産業省の「次代を担う繊維産業企業100選」で、優れた取り組みとして、フレックスジャパンは「海外展開」の分野で選定された。生産拠点は、1990年代にはコストを抑えることができる場所に移転しなければならなかったが、それぞれの国が経済発展するとコストが上がる一方でマーケットになっている。「インドネシアは、すでに日本向けに商品を生産する場所ではなく、我々の商品を売る市場」という。スーツなど紳士服はヨーロッパが競合相手となっているが、高温多湿といった気候や文化の面から東南アジアとの相性はいいという。

「人間は不自由や不安を意識していないことがある。ストレッチ素材でスーツをつくった時も画期的だった。不自由や不安を解消するために、アパレルとしてまだまだできることがある」と矢島社長は言葉に力を込める。

長野県千曲市の本社工場は、国内外の拠点に高度な縫製技術を伝承していく役割を担っている。フレックスジャパン本社で。