政策特集2023年日本開催G7 3つの経済テーマで先読み vol.3

G7の論点②「デジタル化」データの自由な流通と信頼を確保

安倍首相(当時)がDFFTを打ち出した2019年のダボス会議(首相官邸ホームページより)

日本が議長国を務める2023年のG7は、世界的に加速するデジタル化において、日本の存在感を一気に高めるチャンスかもしれない。

言わずもがな、現代はインターネットが地球規模で普及し、PCやスマートフォンをはじめ、多くのモノが「つながり合う」時代になりつつある。膨大なデータが国境を越えて時々刻々とやり取りされる。これを自由に流通させて経営資源として有効活用することが、企業や国家の成長に欠かせない。データが「21世紀の石油」と言われるゆえんだ。

一方で、プライバシーや知的財産といった人、企業の根幹に関わる情報も多い。捏造の恐れがあるほか、データ取引に関する一般的な国際制度もない。データの安全性、信頼性は常に確保される必要がある。この意味でデータは「石油」という例えでは語り尽くせない特異な性質があり、データの越境移転とプライバシーや知的財産、セキュリティーの保護は一元的にトレードオフ(一方を重視すればもう一方が軽視される)の関係と捉えるべきではない状況にある。

これを両立させるため日本が打ち出した新たなコンセプトが「Data Free Flow with Trust(DFFT=信頼性のあるデータの自由な流通)」だ。2019年のダボス会議では、安倍首相(当時)が、デジタルデータがこれから何十年間の成長をもたらすとしたうえで、「私たちの新しい経済にとってDFFTが最重要の課題になる」と演説した。これにより、データを巡る新たな秩序になりうると世界から注目された。

課題を明確化し実現へ 新たな国際枠組み「IAP」

DFFTはこれまで、日米デジタル貿易協定や二国間・複数国間のEPA(経済連携協定)で、通商ルールという形での議論がされてきた。データの流通の自由化を原則とし、個人情報やアルゴリズムといった企業機密の保護、情報通信機器に使われる暗号情報の開示要求の禁止などを柱とした。

ただし、地球規模のデジタル化が急速に進展する中で、データ流通や規制に関する考え方は異なる。ある国は自国経済のためにデータを囲い込もうとするし、ある国は巨大IT企業による「データ支配」を潔しとしていない。データの扱いは各国の国益が深く絡んでいるだけに、そもそも国際的な合意に至るのは非常に難しい。

「データの自由な流通」と「データの信頼性確保」という一見すると矛盾する概念をどう両立させるか。経済産業省はG7に向けて、DFFTを具体化させるための新たな国際的な枠組み「Institutional Arrangement for Partnership(IAP=相互運用のための制度的取り決め)」の設立を目指している。IAPの基本的なスタンスは、「各国の規制のあり方には口を挟まない」ことだ。規制がある中で互いにどう協力できるかを探り、両立に少しでも近付ける。DFFTを実装するための技術の革新、活用も重要なテーマに据えている。

政府だけでなく、民間企業、大学などデータに関する複数の利害関係者(マルチステークホルダー)の会合(パネル)を実施する。このIAPを設立するにあたり、まず企業に対するヒアリングなどで、データの自由な流通に向けては何が障壁になるかを抽出。障壁に関する共通の認識に基づき、優先するべき政策課題についてG7やG20など主要国が集まる場を活用して、ハイレベルで政治的に合意する。IAPはこのような優先度の高い政策分野に関する様々なプロジェクトを、政府や利害関係者の両パネルの承認を経たうえで設置する。恒久的な事務局を構えて各プロジェクトの行程管理や、両パネルの実施を続ける環境を整え、単発では終わらない課題解決の制度として合意形成を図る。

具体的な動きはすでにあり、経済産業省は2021年11月にデータの越境移転に係る研究会(通称:DFFT研究会)を立ち上げ、自由なデータの越境で生じうる障壁について産官学で議論し、優先する政策分野のリポートを作成した。さらにDFFT研究会の成果を元として、経済協力開発機構(OECD)と協働で、OECD加盟国などの幅広い国・地域から情報を集めて分析を実施。DFFTの具体化に関する政策提言をまとめている。こうした一連の動きにより、IAPのプロジェクトで想定される政策課題として、データ流通に関する規制の透明性の確保やデータの品質、プライバシー保護の技術などが浮かび上がった。例えば、世界各国のデータ流通に関する規制の一覧ができれば、企業は対応策を講じやすくなる。G7では課題解決に焦点を置いたDFFT具体化の方向性を打ち出す方向になっている。

DFFT提唱で高まるデジタルでの日本の存在感

日本はこれまでデジタル分野で世界を先導する立場にないどころか、「遅れている」とも指摘されてきた。米国は「GAFA」と呼ばれる巨大IT企業を有し、圧倒的なシェアと競争力で世界のデジタル分野を席巻してきた。一方、EU(欧州連合)はGAFA支配を警戒し、個人情報の保護や扱いについて詳細に規定した「EU一般データ保護規則(GDPR)」をいち早く2018年に施行した。欧州という重要市場で、違反企業には巨額の制裁金が課せられるため、世界的な影響力は大きい。国を越えたデータの流通で、米国がより自由を重視し、EUは規制的とも言える。

日本は企業、経済の成長には世界を巡るデータの活用が重要で、信頼性も確保するという立場で、これは多くの国が実現できるのなら好ましいと考えている。その意味で日本は「中立的」。G7の構成国ということもあり、世界に先駆けてDFFTというコンセプトを打ち出すのに適している。さらに、DFFTというデータの一般国際制度を先導することは、失いかけたデジタル分野での地位を引き上げる好機となる。

デジタルでの危機感を原動力に

DFFTはデジタル分野で遅れを取る日本の重要な経済戦略だ。一般国際制度化を目指す経済産業省商務情報政策局の目黒麻生子・国際室長にDFFTへの思いを聞いた。

DFFTについて語る経済産業省の目黒麻生子室長

以前、欧州に6年間おり、3年ほど欧州委員会で法務官を務めた。デジタル分野で欧州域内のルールを作るという仕事だった。欧州は当時、GAFAの台頭でデジタルから遅れた「後輩国」と言えた。彼らの危機感は尋常ではなく、「産業革命以来、初めて途上国に転落する」という状況だったと覚えている。

欧州は人権や個人の自立性を遵守するという価値観を持っている。打開策として、デジタルでもこの価値を優先し、これに賛同する人々のフィールドをつくるという考え方を重視し始めた。新たな経済システムの構築に向け、欧州が一丸となって仕事をしていた。危機感にあおられ、あらゆる人が様々なアイデアを持ち寄り、次々に実行されるという環境にあった。これがデータに対する現在の欧州の地位を築いた。

帰国したとき、日本ではデジタルで何を優先するべきか全く分からなかった。デジタル技術のような雲をつかむような話となると、バラバラのことをやる状況。一方で、日本がデータで他国ルールに従わざるを得ない事態は避ける必要がある。デジタル経済の競争力を確保するために日本として絶対に外せない戦略の柱が必要だった。

スピード感を持って対応しなければ日本はデジタルの分野で地位を確保できなくなる。上流に行く可能性を残すための最後の策がDFFTだった。日本は2023年にG7の議長国を務める。優先度の高い自国の政策が世界でも優先されうる機会を得る中で、DFFTを先導できるのはラッキーだった。

自然の状態では、デジタルで先行する特定国の覇権的なアプローチに従う流れになる。しかし、長い目で見たときに、様々なアプローチの包摂性を維持していくことは、経済社会の健全な発展に寄与する。必要な相互運用性を確保しながら、日本を含めた他の国、地域の人々の考え方やイノベーションが反映されるようにするのがIAPの提案だ。日本政府として、特定国のアプローチが世界のスタンダードになっていくことに任せるのではなく、日本企業がやりたいことで闘う足場を整える、攻めの姿勢を維持したい。