政策特集文化と経済の好循環の創出~経産省が文化経済政策に取り組む意義 vol.3

デザインの再定義

2015年から福井県鯖江市・越前市・越前町で開催される、持続可能な地域づくりを目指した工房見学イベント「RENEW(リニュー)」。
地域のコンテンツが全国から注目されている取り組みのひとつだ。

 先が見えない時代、どう生き抜いていくかのアイデアが必要とされる中、デザインへの興味・関心が増大している。デザインの対象が広がり、様々なデザインが登場する中で、「デザイン」の定義もこれまでとは大きく変わってきている。これまでの+αの価値を付加する手段から、課題解決・価値創造を行う手段として、これまでにない組み合わせや関係性を創り上げるデザインの力に企業、地域、行政などあらゆる経済主体から注目が集まっている。

職人の思いを「見える化」する

 「良いものだから売れるわけではない。相手にとって価値があるか否か」。いつの時代もものづくりに関わる人にとっての共通の悩みだ。福井県鯖江市。眼鏡や漆器、繊維が全国的に有名なこの町も例外ではない。
 「職人さんと話をしていても『バブルのときは良かったな』という昔話が多く、何を始めるにしても『補助金はあるの?』からスタートする。OEM産地なので知名度も低く、廃業する会社もどんどん増えていた。なんとかして、職人さんたちの意識を変えたかった」。TSUGI(ツギ)の新山直広代表はこう振り返る。
 新山代表は大阪府出身。学生時代に鯖江市河和田地区で開かれた芸術イベントに参加したのをきっかけに2009年に移住した。鯖江は職人の息づかいがあちらこちらから聞こえてくる町だ。だが、新山代表にはこの地域が持つものづくりの資源をいかしきれていない現実がもどかしかった。
 ものづくりにこれだけ熱心なのになぜ、知られていないのか。見せ方や売り方次第では輝くのではないか。デザインによってものに込められた職人の思いを「見える化」できないだろうか。13年に仲間たちと地域特化型のデザインスタジオ「TSUGI」を立ち上げ、15年に法人化した。
 TSUGIは商品のデザインや情報発信の支援にとどまらず、事業者と二人三脚で商品開発も手がける。目指すのはデザインの力による地域活性だ。デザインによって、価値は磨かれ、地域も変わる。受け継ぐところは受け継ぎながら、新しい風を送りこみ、単につくるだけの産地から顧客に支持される創造的な産地に変える。
 「僕はデザイナーになりたくてなったわけではない。ものづくり企業が多いこの地域の中で自分が何をすべきか、この地域に必要なことは何だろうと問い続けていたら、デザイナーにたどりついた」。

TSUGI(ツギ)の新山直広代表

インタウンデザイナーという役割

 新山代表は自らを「インタウンデザイナー」と呼ぶ。
 「インハウスデザイナーのタウン版。広義のデザイン視点を持って、その土地の資源を活かした最適な事業を行うことで、地域のあるべき姿に導きたい」。
象徴的な試みが15年から毎秋開催しているイベント「RENEW(リニュー)」だ。漆器、眼鏡、和紙などの地元企業が工房を公開し、ワークショップなども開催する。
 ヒントになったのは新潟県で13年から始まったイベント「燕三条 工場の祭典」。金属加工の産地として有名な同地域の工場を来場者が食い入るように見つめる光景に衝撃を受けた。
 新山代表の狙いは当たった。来場者と触れ合う中で企業が自分たちのものづくりの魅力を自覚した。いかに見せるかというこれまでになかった意識も育まれた。地域のコンテンツが全国から注目されるコンテンツであると多くの企業が気づき、職人たちの目の色も変わった。
 開催当初の来訪者は1200人程度だったが、近年は県内外から3-4万人が訪れる。地域の一大イベントに成長した。

来場者は開催当初の約30倍規模に。

価値観の厚み、多様性の増大のきっかけに

 昭和の時代と違い令和の今、全国の全ての地域が東京のような都市を目指す時代ではない。差別化が求められる今、その地域だからこそ生まれるデザイン、地域の風土に根付いたデザインこそが希少性の高い、人々を魅了するものづくりにつながる。大都市圏と距離があったり、アクセスが悪かったりしても「ガラパゴス」が弱みではなく、強みになり、脚光を浴びる可能性すら秘める。
 新山代表は「地域に何が求められるか、眠っている価値は何かを考え、地域をともに創造する。そういうデザイナーが地方に増えるべきだと思うし、増やしていきたい」と語る。
 その土地固有の歴史やDNAを踏まえた新しい価値を提供することで、その町自体に興味もない人の参加も後押しする(このような地域活性化・多様性向上の文脈には、アートが重要な役割を果たすが、この点は第4回で触れる)。そのことでさらに地域に価値観の厚みや多様性が増す。
 「鯖江はおもしろい」と多くの人が感じ、移住や起業する人が後を絶たなくなる。その日まで、新山代表は鯖江の「デザイン」を問い、魅力を発信し続ける。
 価値観が多様になる今、デザイナーは何のために存在し創造するのか、根本の在り方が問われている。

新たな文化創造は、地域・コミュニティ単位から

 文化と経済の好循環エコシステムの起点となる文化資源の創造は、地域・コミュニティ単位で創発される。このような新たな文化創造に必要なデザイナーを、単なる観光客やサービス消費にとどまらず、インタウンデザイナーのように地域側の人間として新たな文化創造に取り組んでいただくことが重要だ。経済産業省においては、デザイナーの2拠点居住促進などの人口減少下における国全体でのクリエイティブ人材のシェアリングを促す振興策を検討するなど、新たな文化創造が全国の地域・コミュニティから創発されつづける環境構築を目指している。

TSUGI llc.(合同会社ツギ)