政策特集スポーツ産業は社会を変えられるか? ポスト東京2020のDX・エンタメ・部活・施設・資金循環の姿 vol.1

トップスポーツと地域スポーツは「車の両輪」

「稼ぐ力」を意識することが、地域のスポーツ産業を育成することにつながる(写真はサッカーベルギー1部リーグのシント=トロイデンVV提供)。

 6月に経済産業省の研究会が公表した報告書「地域×スポーツクラブ産業研究会第1次提言」には日本におけるスポーツの今後のあり方が多角的に論じられている。世界を見渡せばDXがスポーツをエンタメとデータの掛け算の産業に変え、資金循環の姿を一変させている今、日本はどうあるべきか。日本のスポーツが「支援される対象」から「社会の公益を実現するサービス産業」に変わるには何をすべきか。5回にわたり特集する。

地域×スポーツクラブ産業研究会の第1次提言

「日本の部活」と「欧州の地域スポーツクラブ」の差

「部活動問題が、議論のはじまりだった」。
経済産業省サービス政策課の浅野大介課長はこう振り返る。

 経済産業省と部活動。つながりのなさそうな両者。浅野課長は「欧州の地域スポーツクラブの多面的な機能を知っていたので、日本の学校部活動の限界を、地域密着の新しいサービスが育つきっかけだと考えた」と言う。教師の無償ボランティア頼みではなく、指導資格のある人材が対価をとって指導し、生涯スポーツ人口の伸びにもつながるスポーツ環境が日本でも広がる可能性を見たと言う。

経済産業省サービス政策課・浅野大介課長

 こうした問題意識から、経済産業省が2020年10月に立ち上げた「地域×スポーツクラブ産業研究会」。今年6月にまとめた第1次提言ではこの「部活動問題」は入口にしながら、トップスポーツと地域スポーツが「車の両輪」になって資金と人材が循環する、スポーツ産業の成長ビジョンに広げた。

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「スポーツ機会保障」を支える資金循環の創出

 浅野課長は「地域スポーツクラブが成長するには、プロや実業団などのトップスポーツの成長も必要になる」と指摘する。

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サービス業としての地域スポーツクラブを可能にする社会システムに必要な5つのポイント

 トップスポーツの成長で生まれる収益が地域に環流される。指導者の質や量も確保できる。部活動が有償サービスに変わるなら低所得家庭への補助財源が必要になるように、地域での生涯スポーツの成長には「トップスポーツの稼ぐ力」も同時に必要になる。

欧米のスポーツ界の成長エンジン、「ウォッチ・アンド・ベット」

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ベッティングを通じたスポーツ産業の循環例(データ)とウォッチ・アンド・ベットのイメージ

 トップスポーツの「稼ぐ力」のカギはDXだ。海外では有料専門チャンネルのスマホ配信と共にスポーツ産業の牽引役になっているのがスポーツベッティングだ。G7諸国の中で合法化されていないのは日本だけだ。人々は試合の勝敗だけでなく、「ウォッチ・アンド・ベット」、つまりスマホを片手に試合中もリアルタイムで様々な「インプレイ予想」を楽しむエンタメとデータのビジネスだが、DXが楽しみ方を増やすと同時に、依存症対策や不正防止の味方にもなっている。

 アメリカでは2018年の合法化以降、NBAやNFLとテレビ局との放映権契約額が爆発的に増額改定された。生まれる税収が様々な福祉に活かされる資金循環を生む。一方、すでに日本のスポーツも海外のベッティング市場経由で予想の対象になっているのだが、そこでの収益は日本には全く還元されていないという見逃せない現実もある。こうした点も含め、日本でスポーツベッティングをどう捉えるか、議論の余地が多い。

「稼ぎを生み出し、循環させる」システムの必要性

 「いかに稼ぐか」はこれからの議論が必要だが、稼ぐ力を意識することが、地域のスポーツ産業を育成することにつながる。そうした観点で、浅野課長が「ひとつのモデル」と語るのが、サッカーベルギー1部リーグのシント=トロイデンVV(STVV)だ。

 ベルギーリーグは自分たちで育てた選手をビッグクラブに売却して収益をあげる「ステップアップリーグ」として知られる。STVVは2017年に日本の合同会社DMM.comが経営権を取得し、今は日本代表候補の若手選手の「欧州市場の登竜門」の役割も果たしている。STVVの立石敬之最高経営責任者(CEO)は「クラブはオーナーのものではなく、『街のもの』という意識が強い。選手の移籍が頻繁だからこそ、地域に根ざした活動がより重要になる」と語る。

立石敬之氏 シント=トロイデンVV NV CEO(取締役社長)、公益社団法人日本プロサッカーリーグ 理事、アビスパ福岡 顧問

 実際、人口約4万人の街でクラブの存在感は大きい。地域を支えるのがSTVV傘下のNPO「フレンズ・オブ・シント=トロイデン」。プロを目指すユースチームだけでなく、サッカーを楽しみたい若年層や女子、障がい者、シニアなど幅広い層にサッカースクールを展開する。スクールでは今後、陸上や新体操などのスクールの展開も検討している。

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トップスポーツと地域スポーツが一体となった資金循環のエコシステム(ベルギーの事例)

 ベルギーには珍しいスポーツ税制があり、「プロサッカー選手の払う所得税の最大8割」が所属チームに還付され、全額20歳未満の青少年のスポーツ支援に充てることが義務付けられているのだが、地域スポーツクラブを支える財源はそれだけではない。立石CEOは「フレンズ・オブ・シント=トロイデンだけで『稼ぐ』仕組みをつくっている」と語る。

 例えば、試合当日のスタジアムでのグッズ販売や飲食店の運営もSTVVではなく「フレンズ・オブ・シント=トロイデン」が担い、そこから生まれる収益を得る。

 スタジアムはホテル、ショッピングモール、スポーツクラブ、オフィスも入る複合施設で、試合がない日もこうしたビジネスが動くため、大きな駐車場収入をはじめ毎日収益が上がる構造である。

 立石CEOはシント=トロイデンVV(STVV)のCEOに就任する前はFC東京でGMを務めていた。欧州と日本ではプロサッカーの歴史も違うが、「時間だけの問題ではない」と語る。

 「日本は地域にスポーツが根付く仕掛けが少ない印象だ。例えば、Jリーグだったら、地域密着を掲げているが、スポーツを通じて子供たちを果たして育てられているのか。今はトップアスリートの指導にほぼ限られているのが現状だ。基本理念に立ち戻れば、これからは違った視点も必要になるだろう。サッカーだけをやっていればいい時代でもないし、トップアスリートだけを育てる時代でもない」と語る。

 日本にサービス業としての地域スポーツクラブを根付かせるには、「関係者が課題を共有できるかがカギ」と指摘する。前述のように、教員がボランティアで部活を支えてきた仕組みは限界にきている。そもそも欧州でボランティアというのは日本のような「無償奉仕」ではなく「安いバイト」。対価もなく人を働かせる文化はない。地域によっては少子化で従来の枠組みが機能不全を起こし、プロスポーツも少子高齢化で地域とのありかたを再考せざるをえない時期にさしかかっている。「そうした意味では(今回の提言は)良いきっかけになるのでは」と期待を込める。

「未来のブカツ」フィージビリティスタディ事業
(詳細はvol.3で紹介します)
 
 議論の出発点となった部活動の現場は今、どのような課題を抱えているのか。第2回では学校部活動の地域移行の先進事例を紹介する。