政策特集航空機のカーボンニュートラル~アフターコロナを見据えた”空”の変革への挑戦 vol.4

オールジャパンで目指す航空機の電動化

JAXAの航空機電動化コンソーシアム

未来の電動航空機イメージ(JAXA提供)

 「水素」「軽量化」に加え、次世代航空機技術として、世界で注目されているのが「電動化」だ。燃料の効率を高め、CO2(二酸化炭素)排出量を減らす航空機分野での電動化は、脱炭素化の世界的な潮流に乗っている。国内では、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が中心となり、航空機だけでなく、自動車、電機、素材など幅広い分野のメーカーで結集した混成チーム「航空機電動化コンソーシアム(Electrification ChaLlenge for AIRcraft(ECLAIR) Consortium)」がその最前線に立つ。航空機の電動化実現に向け、どんな展望を描いているのか。具体的な活動の取り組みや課題などを聞いた。

増加する航空輸送量とCO2排出低減を両立するために

 今後、20年間で航空輸送量は約2倍に増えるとされ、脱炭素化に向けて何も対策を講じなければ、航空機から排出されるCO2も倍増する(IATA(国際航空運送協会))。増加が予測される輸送需要に応じながら、CO2の排出量を削減するには、運航の工夫や化石燃料以外の燃料の活用の他、新技術の導入により対応するしかない。

 JAXAは、航空機分野に限らず、国内のトップ企業を集結し、航空機の電動化技術を開発することで、CO2の排出量の削減に取り組もうとしている。

電動化の鍵は分野を超えた連携

エクレアコンソーシアムの組織図イメージ

 現在の我々の生活に欠かせないリチウムイオン二次電池(充電可能な電池)は、2019年ノーベル化学賞を受賞された吉野彰氏らによって開発された。最近では、諸外国に押され気味ではあるが、二次電池は日本のお家芸と言っても過言ではないだろう。航空機の電動化には、他分野で開発が続けられてきた「日本の強み」である電動化の要素技術を集結させることが必要不可欠だ。

 2018年7月、JAXA主導のもと、幅広い分野のメーカーで結集した混成チーム「航空機電動化コンソーシアム(Electrification ChaLlenge for AIRcraft(ECLAIR) Consortium)」(以下、エクレアコンソーシアム)が発足した。航空機関連メーカー、自動車メーカー、電機メーカー、素材・部品メーカーなど、現在、100を超える国内の有力企業・団体・大学が顔を揃えている。政府も、経済産業省、国土交通省、文部科学省が参加するなど、有数の成長分野を全面的に後押しする姿勢をとっており、オールジャパンでの取り組みといっても過言ではない。

航空機エンジンの電動化方式(JAXA提供)

 エクレアコンソ-シアムは、どんな電動化の未来像を描いているのだろうか。

 同コンソーシアムでは、電動化を実現するための技術的なロードマップをまとめた。まずは、比較的低出力・短距離飛行を想定した機体への実装を目指し、社会的なニーズを踏まえつつ、重量・距離を伸ばしつつ取り組む方針だ。電動化に向けた技術的な課題を共有し、一歩一歩前進していく道筋を描き出すことで、多様な構成員が持つ技術や知見を活用し、役割分担を促す。

 JAXA航空技術部門の伊藤健次世代航空イノベーションハブ長は、「まずは、ジェットエンジンと電動モーターのハイブリッド方式に取り組む。これは、ジェットエンジンで飛行機を飛ばしながら発電をし、その電気で(補助動力である)電動エンジンを動かす方式で、従来型のジェット燃料を燃焼させるだけの方式と比べて推進効率を向上できる」と話す。まずは、電気と燃料のハイブリッド形式のエンジンに取り組み、少しずつ電動化を拡大させていく狙いだ。

 

 立ちはだかる課題-高出力と軽量の両立、安全性、信頼性

 航空機の電動化には、技術的な課題が立ちふさがる。伊藤氏は、「航空機の電動化には、バッテリー、モーターの軽量化が重要だ。さらに、『上空』という環境においても安全性・信頼性を損なうものであってはならない」と指摘する。

 電気自動車やハイブリッドカーなどと比べて、航空機は離陸し、機体を上昇させるために高出力が求められる。一方で、バッテリーを大型化すると、高出力を得やすくなるものの、機体が重くなり燃費は悪化する。効率よく運航させるためには、出力と重量のバランスが求められるのだ。

 また、旅客機が飛ぶ高い高度では、低圧環境により放電しやすくなってしまうことへの対策や(宇宙から降ってくる)放射線による影響への対応、電動モーターやバッテリーの発熱に対する管理・制御も課題になる。

 エクレアコンソーシアムに参加する企業・団体は、これらの課題にも取り組む。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の実施する、次世代電動航空機に関する技術開発事業(令和3年度予算額:19億円)を受けて、リチウムイオン電池よりもエネルギー密度の高いリチウム硫黄電池の開発や、鉄心を使わなくても磁力密度を落とさず高出力を出すことのできる軽量モーターの開発を進めているところだ。これらのバッテリー、モーターは、海外の航空機メーカー等の意見も取り入れつつ、2030年頃の社会実装を目指している。(第1回で紹介した多摩川精機もこの課題に取り組んでいる)

 技術を磨きながら、日本発の国際標準化も視野に

宇宙航空研究開発機構(JAXA)航空技術部門の 伊藤健次世代航空イノベーションハブ長

 航空機電動化という技術の変わり目において、研究開発に加えて見逃せないのが国際標準化をめぐる動きだ。世界中のプレイヤーによって構成される航空機産業においては、いかに優れた部素材、技術が開発されても、それらが国際的な標準として認められなければ普及されない。

 伊藤氏は、「日本が電動化技術で世界のトップレベルを保てれば、これまで不得手とされてきた国際標準化も実現できる可能性がある」とし、期待を寄せる。

 航空機産業においては、FAA(米国連邦航空局)やEASA(欧州航空安全機関)といった航空当局が、SAE(米自動車技術者協会)やEUROCAE(欧州民間航空電子装置機構)等の民間標準化団体での議論を踏まえて国際標準を策定している。したがって、日本企業は、こうした議論の場に積極的に参画することが重要だ。

 特にSAEでは、電動推進システムや安全性評価の検討などいくつかの項目がテーマとしてあがっており、日本からもJAXA等の団体や企業の研究者が参加。彼らは、エクレアコンソーシアムのバックアップの下で、標準化団体での議論に積極的に参画している。最新の動向について、エクレアコンソーシアムでも共有し、情報交換して、その後の技術開発や標準化活動に役立てている。

 1社では難しくても、複数の力が集まれば、大きな課題にも立ち向かえる。

 そのことを証明しようとしているのが、エクレアコンソーシアムというプロジェクトだ。電動航空機の実現には、いくつもの壁が立ちはだかる。しかし、世界のトップレベルにある日本企業が分野の壁を越えて連携することで、その力をいかんなく発揮できれば、電動航空機が飛び、そして、そこに日本企業が貢献することは決して夢ではないと感じさせる。

 ※次回は、海外の政府や企業を取り上げて、日本企業への期待を浮き彫りにする。