関税の撤廃 中小企業の海外市場開拓の追い風に
それぞれのビジネス戦略の裏にある「期待」
他の経済連携協定(EPA)と同様、RCEP協定の大きな柱は関税の撤廃・削減だ。国内の少子高齢化で、日本の中堅・中小企業の多くは海外に活路を見いださざるをえない。RCEP協定が発効すれば、初のEPA相手国となる中国を含む地域の各国への輸出に追い風になるのは間違いない。そうした3社の声を紹介する。
「人気の日本酒 市場でさらに優位に」秀鳳酒造場
「アジアで日本酒の需要が増加を続けている」と語るのは秀鳳酒造場の武田秀和専務だ。
4年前から輸出を始め、現在の総生産に占める輸出比率は15%ほど。これは日本の清酒の総生産に占める輸出比率が5%前後で推移(酒造組合中央会調べ)していることと比較すると際立っている。
同社の輸出の仕向地は台湾や香港が中心だったが、近年、伸びているのが中国大陸向けだ。2019年から始め、2020年は19年比で約100倍に増えた。中国大陸向けの増加により、2020年の総輸出金額は19年比で約3倍に拡大した。
中国市場では「米をしっかりと磨き上げたお酒が人気」(武田専務)という。同社の、しっかりと原料と手間を惜しまない贅沢な造りが広く支持されている格好だ。プライベートブランドの製造委託の打診も多いという。
日本産の清酒は中国では高級酒だ。関税は40%かかり、輸送費などコストを上乗せすると市場に出回ると「日本の3倍はする」。それでも強い引き合いがある現状を考えると関税が撤廃されるRCEP発効への期待は自ずと高まる。
武田専務は「RCEPの参加国と日本酒人気の高い地域が重なる」と語る。マレーシアとの商談もあるほか、ベトナムも射程に入れる。
「中国市場さらに深耕」ハムス
中国市場にかける思いはハムスの宮地康次社長も同じだ。
同社は創業以来、縫製工場の自動化や省力化に注力してきた。工業用の自動ミシンの開発製造が主力で今では輸出比率が8割を占める。ブラジャー留め金部分の縫い付けミシンの世界シェアでは9割を握る。ブラジャーだけでなく、ジーンズや運動靴など私たちの身の回りの物の多くに同社の技術は不可欠になっている。
高い輸出比率を誇るが、宮地社長は「海外に出たくて出たわけでなく、出ざるをえなかった」と振り返る。1990年代に国内アパレルメーカーが相次いで海外生産にシフト。生き残りをかけ海外市場に活路を見いだした。言葉もできなければツテもなかったが、現在では60数カ国に輸出する。
海外と広く取引しながらも、深耕する余地が大きいのが中国だ。 中国は縫製工場も多く、巨大市場だが、同社の中国向けの割合は1割程度(金額ベース)。
競合が100社程度ひしめいていて、価格競争にさらされる中、「(関税の)13%は重い」とこぼす。
RCEPが発効されれば、この重荷がなくなる。「私たちの想定を上回るスピードで中国企業の品質も上がっているが、我々はさらに先を行く」。モノづくりのすりあわせの技術や長年培ってきた顧客からの信頼は揺るがない。
巨大市場を攻めながら、アフリカ市場にも進出するなど新市場の開拓になお意欲を見せる。「言葉を売るのではなく、売り物は機械。海外といっても、基本は人と人。何も変わらない」と微笑む。
海外市場に活路 田島硝子
「日本らしさが評価されているのでは」。田島硝子の田嶌大輔社長は海外での人気の理由をこう説明する。
明治初めから東京でつくられているガラス製品「江戸切子」。同社ではグラスの底を富士山にかたどった「富士山グラス」を6年前に発売した。飲み物を注ぐと、グラスの底に色が反射し、富士山が浮かび上がることが国内外で話題になり、予約が殺到。注文に対して、数カ月待ちの状態が続いた。
同社では、ガラス溶解から仕上げまで全工程を職人が手がける。設備を入れれば生産を増やせるわけではない。「日本国内向けだけで生産能力が埋まってしまう。新型コロナウイルスの感染拡大前は海外向けは10分の1程度」(同)。当時も現在も、自社で直接輸出はしておらず、国内の卸元が海外に販売している。
状況が一変したのがコロナ禍だ。宴会や婚礼の自粛で、ホテルなどで使う業務用の需要が激減。国内向けの生産能力に余裕ができたことで海外比率は約3分の1程度までに高まっている。先行きの見えない状況で海外に活路を見いだそうと、「新製品のデザインも、これまでよりは海外を意識したデザインを考えるようになった」(同)。
中国への輸出時、江戸切子に対する関税は10%。ユーザーが買い求める際は日本の価格の1.2倍から1.5倍程度になるという。「当社の商品は嗜好品。競合商品はない。ただ、関税が撤廃されれば、中国のお客様にも手に取ってもらいやすくなる」とRCEPへの発効に期待を込める。