実践!知的財産経営
中小企業こそ知財が武器に
知的財産経営というと、中小企業にとってハードルが少し高く感じられるかも知れない。しかしグローバル競争時代に勝ち残り、成長し続けようとするならば、知財戦略は欠かせない。実際、知財を経営の中核に据えて成功した企業も出始めている。知財はもはや大企業や専門家だけのものではない。
石川啄木の故郷である盛岡市渋民。北上川の美しい流れと雄大な奥羽山脈を望むこの地に、自動車や情報通信機器のグローバルプレーヤーが注目する表面処理企業がある。昭和34年(1959年)創業の東亜電化(岩手県盛岡市)。金属とプラスチックを接合するための表面処理技術「TRI(トライ)」、高離型性薄膜処理技術「TIER(ティア)コート」はオンリーワン技術だ。
岩手大とパイプ太く
同社を語るキーワードは「オープンイノベーション」と「知的財産」。転機は1976年に見た一本の新聞記事だった。三浦宏社長の母校、岩手大学が硫黄有機化合物トリアジンチオールに関する研究開発を進めているとの内容で、この技術シーズを表面処理に活用できると踏み、相談に訪れた。翌年から産学連携による研究開発をスタート。卒業生を採用するなどパイプは次第に太くなった。
そして2003年。トリアジンチオールを活用した成形接着技術が大きな成果を得る。東亜電化、トーノ精密(岩手県遠野市)、岩手大、岩手県工業技術センターとの共同開発としてホンダの燃料電池車(FCV)の心臓部であるウルトラキャパシタ用部品に採用された。これを機に、自動車業界との関係を深める。
「御社の技術に興味があります」。ホンダとの取引が成立してからまもなく、別の国内大手自動車メーカーからも声がかかる。リチウムイオン電池の部品に東亜電化の表面処理技術を使えないかという打診だった。この際、相手方から技術の裏付けとして「基本特許を押さえて欲しい」と言われたことが同社が知財経営に本格的に歩み出す一里塚になる。
オープン戦略へ転換
それまで、東亜電化はノウハウを秘匿するブラックボックス戦略を経営の基本方針に据えていたが、オープン戦略にかじを切る。開発技術は国内のみならず、海外にも出願。かねて検討してきたライセンスビジネスの本格検討も進める。自動車、自動車部品メーカーと共同開発した技術は量産には至らなかったものの、富士通の目にとまり、スマートフォン部品に採用される。
以降、世界のスマホメーカーから受注が舞い込み、現在では経営の大黒柱に成長した。リーマン・ショックなど極めて苦しい時期を乗り越えてきただけに「企業経営に安定をもたらしたのが知的財産」と東亜電化の三浦修平専務取締役は語る。売上高はピーク時には及ばないが、ビジネスモデルは大きく転換した。製造ライセンスを海外企業に供与し、ロイヤルティーや薬品販売などの収入を得る。
知財で融資枠
経営は筋肉質になり「従業員100数十人のうち約1割が開発に携わっている。弊社のような規模では勇気ある決断だと思う」と三浦専務。研究開発型企業に衣替えし、アメリカの大学とも共同研究を始めた。今年6月、岩手銀行との間で「知財ビジネス評価書」に基づく1億5000万円の融資枠を成約した。無形資産の特許は担保にならず、一般に融資を受けるのは難しいが、知財の価値が認められた。
三浦専務は「新技術が要求される時が打って出るチャンス」と力を込め、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)などの普及を見据える。「メッキはミクロ世界だったが、今要求されているのはナノ膜の表面処理。それをカバーリングしたい。ミクロの世界からナノの世界へのチャレンジ。ロボット、航空機、医療機器などあらゆる業界に使われる技術だ」と前を見据える。
従業員に知財資格
従業員へ知的財産に関する資格取得を促進しているのは、エンジニア(大阪市東成区)だ。製品開発から販路拡大まで経営戦略に幅広く生かしている。中小製造業として知財を成長の要として位置づけ、独自の技術力で市場をつくる。
頭のつぶれたネジなどを簡単に取り外せる同社のプライヤー「ネジザウルス」シリーズは、日本発明振興協会の発明大賞などの表彰を受けたヒット商品。1代目は、ネジをつかむ先端部分の角度に関し、2003年に特許を取得した。その後、現在の6代目に至るまで取得した知財権は特許、意匠、商標など国内22件、海外32件にのぼる。
販売戦略の主軸に
高崎充弘社長は、知財を販売戦略の一つの主軸として位置づける。好評を受けたネジザウルスシリーズでも新製品を開発する際は、他社製品を侵害するかもしれない課題に突き当たる。また工具では模倣品が出現しやすく、似通った製品では価格競争に陥りがちだ。そのため知財を重視しているのだが、「中小企業は知財部の設置や弁理士を雇うことが難しい」(高崎社長)のが実情。そこで社内にノウハウを蓄積するべく、知財人材の育成に踏み切った。
まず自ら、知的財産管理技能検定の前身である知的財産検定を2005年に受験し、2級を取得。その上で従業員へも資格取得を促した。2017年11月時点で、43人中20人が資格を保有している。高崎社長は「製品の新規性や他社の侵害などを見抜ける」と、そのメリットを話す。製品開発においては、弁理士との専門的な意見交換が円滑になる。また社内の有資格者が勉強方法を社内で継承するという好循環も生まれている。
同社は知財権の取得について「独自の技術ブランドへの先行投資」(高崎社長)と位置づけている。今後も社内で資格取得をさらに進め、設計開発から営業戦略まで知財を生かす。特許保有を強みに優位性を発信し、他社に先駆けて販路を築く構えだ。
2008年から国家試験に
国家試験である知的財産管理技能検定は2008年に始まった。受験者は累計で30万人近くに達する。そもそも知財部門の実務者数は決して多くはないが、受験者数はいまだ落ちていない。その背景には、「受験者が多様化している」(知的財産教育協会の近藤泰祐さん)ことがある。もともと受験者の大半を占めていた職種は知財・法務だったが、その割合は最近では2割を切っている。研究開発や生産、販売・営業・マーケティング、経営企画など、受験者の職種は大きく広がっている。
加えて、中小企業からの受験者も増えている。最近では全体の3割近くを占め、大企業に匹敵。知財経営は、特許や商標だけにとどまらず、企業が持つ技術、ノウハウ、ブランドなど、競争力の源泉となるあらゆることが関連する。特に知財専任部門を持たない中小企業にとっては、経営者のみならず、社員一人一人が知財に対するマインドを持つことが知財経営には欠かせない。そのため検定試験自体でも、中小・ベンチャー企業が取り組みやすくするために、大企業のみならず中小・ベンチャー企業でも起こりうる事例を出題している。
知的財産教育協会では2011年に知的財産アナリスト認定を民間資格としてスタートしている。こちらはファイナンスやマーケティングなども含めて、知財を経営に生かすためのスキルを養成するのが目的だ。知財を使いこなすことが企業の経営に欠かせないのと同様に、ビジネスパーソンのキャリア形成にも知財は必須となりつつある。